第55話 深謝「シンシャ」



 退院後すぐに美奈と莉奈の父親の葬儀が身内で行われた。


 様々なことがあり、様々な想いを抱えた兄弟と姉妹、そして兄弟の母親。それでも父親が繋いだ命は快斗へと受け継がれた。


 命の尊さや大事さ、人との繋がりや深さをより深く理解することになった。それだけ今回の出来事は色々と考えるものがあった。


 

 快斗が退院してから1週間が経った。時間が経ち父親がいないことの実感が湧く。それと共に、また兄弟と姉妹は歩み出した。


 唯斗と莉奈は普段通りに学校に行く。美奈も大学にまた通い始めた。快斗は当分はモデルの仕事をすることはなく、家にいることが多かった。


 


 ある日の夕食後のことだった。


 また4人での食事ができる喜びに触れていた。母親は大阪へ父親のことや、会社のことを整理するために一度帰っていた。



「やっぱり美奈さんの料理は本当に美味しいなー 」


「あら〜唯斗くん、いつも嬉しいこと言ってくれてありがとうね〜 」


「なによ唯斗、私の料理じゃダメなのー! 」


「ううん、莉奈の料理も美味しいよ 」


「あ、う、うん、ありがとう 」


「あはは、莉奈、顔赤くなってるよ〜 」


「うるさいお姉ちゃんー! 」


「ごめんごめん〜 」


「兄さん、しっかり食べれるようになったの? 」


「…… 」


「兄さん、おーい兄さん 」


「ん、あうん 」


「何ぼーっとしてるの? 」


「いや、なんでもない、美味いよ! 」


「だよね 」



 快斗は何かを考えているようだった。


 ご飯が終わって快斗は、何かを冷蔵庫から出して2階に上がって行った。



「あれ、兄さんどうしたんだろう…… 」


「なんかあったのかな〜? 」



 美奈と唯斗は食器を洗いながら、考えていた。



「私見てようかな 」


「はい、美奈さんが行くのがいいと思います 」


「うん、じゃちょっと洗い物お願いね〜 」


「はい 」



 美奈は快斗を追いかけるように2階へ上がって行った。



 快斗はその頃ベランダにいた。冬の夜。少し寒いが心地よい。綺麗な星と月が快斗を照らす。明かりの灯らない蛍光灯があっても周りが見えるほど星と月は明るい。


 姉妹の父親の好きだったビールとつまみを持って空を眺めていた。


「おれは、今あの人のおかげで生きている 」


 この快斗の独り言は深いものを感じる。


 快斗は今自分が当たり前のように食事をとって、生きていること。ご飯の時の唯斗や姉妹との会話、今の日常が頭によぎる。自分が弟や姉妹にできること、この家族のために出来ること、そんなことを考えていた。それが自分の今生きている使命なのだと快斗は思った。


 あまり身体に良くないと分かっていても、そんな空の星と月を眺めていると、手に持っていたビールを一口だけ飲んだ。


 年末年始に姉妹の父親とこの場所で2人で飲んだ時のことを思い出していた。あの時、姉妹のことを、美奈のことを頼むと言われてから、自分はそれでも心配をかけたくない気持ちが逆に彼女たちを心配にさせていたことを心から後悔し、そしてそれが涙となって現れる。


 そんなベランダにいる快斗を美奈は窓越しに見ていた。話しかけようとしてもどうしてもその時はそれができなかった。


 それでも、何かを伝えたくて美奈はベランダに出た。



「快斗くん…… 」


「……ん美奈 」


「ごめんね急に 」


「ううん、大丈夫だよ…… 」


「どうかしたの? 」


「おれって、後からなんか後悔してばっかだなって思ってさ 」


「なら、もう後悔しないようにすればいいと思う 」


「うん、そうだよな 」


「快斗くんには私がついてるよ 」


「ありがとう美奈 」



 快斗は美奈に支えられて、以前の自分も変えられた。そしてこの病気も美奈の支えがあって乗り越えることができた。美奈には感謝をしてもしきれない。今の当たり前の日々を過ごせているのもみんなのおかげであることは明白だ。当たり前を大事にしていかないと壊れてしまうことは分かっている。


 そしてそれが、快斗を大きく変えることになる。美奈のことをこれからも好きでいたい。そして美奈を守りたい。ずっと一緒にいたい。彼女のために自分が出来ることを考えた上で、一つの答えが出た。それを伝えるのはもう少しだけ後のことだ。

 


 快斗の決意が固まった。そんな夜だった。

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