第54話 退院「タイイン」



 快斗が目を覚ましたとき、病室は入院以来、初めて笑顔が見えた。


 病院の先生たちも心からほっとした様子を見せていた。


 

「快斗くん……! 」

「兄さん…… 」

「快斗…… 」


「みんな、本当に迷惑かけてごめん…… 」


「良かったよ、本当に良かった…… 」



 母親は泣いて快斗に抱きついた。



「快斗、あんたが倒れている時に美奈ちゃんはずっと側にいてくれたんだよ…… 」


「美奈…… 本当に迷惑かけて申し訳ない…… 」



 美奈は無言で抱きついた。



「美奈…… 」


「快斗くん…… 無事で良かった、、、 」



 美奈は快斗が倒れてから、沢山のことを考えただろう。今までのこと、そしてこれからのこと。それでも美奈は何一つ快斗に怒ることなく、ひたすらに無事を願っていた。そしてそれが叶った今、美奈の頬には大粒の涙が流れ落ちる。


 この涙の意味や深さは本人にしか、わからないのだろう。快斗と美奈の2人の今まで。そしてなぜ快斗が自分のことをずっと待たせていたのか。それを深く理解し、いろいろなことが思い出されていた。


 唯斗と快斗が目を覚まし、兄弟の久しぶりの会話をして、唯斗は快斗にもう嘘や強がることを止めるように叱った。それがある意味、弟からの一番の愛だ。たった1人の兄弟を大事にしたい。そう心から思えたからこその発言だったのだろう。


 快斗は唯斗の言葉に心を打たれるように深く頷いた。もう後悔しないようにこれからは兄弟、いや姉妹とも家族にも何も隠すことなく生きていくとしっかりと決めたのだろう。



「おれ、ちょっと何か買ってくるよ 」


「うん、わかった 」


「待って唯斗! 私も行く 」



 莉奈は唯斗について、病室から出て行った。


 2人は病院の中にあるコンビニで、ジュースやゼリー、お菓子を買った。


 病室に戻ろうとすると、唯斗は莉奈に言った。



「先に部屋に戻ってて 」


「え、うん、なんでー? 」


「ちょっとトイレに行くから 」


「わかったよー 」



 トイレに向かう唯斗の姿をどこか不思議そうに見た莉奈は唯斗の後を付けて行った。


 莉奈の勘は当たり、トイレではなく唯斗は屋上に向かっていた。


 屋上で1人唯斗は空を眺めていた。雲は所々にあるが久しぶりに晴れていた。


 そんな空を唯斗は1人で眺める。その唯斗を莉奈は眺めていた。



「……良かった。」



 唯斗の口からは心の底から出た言葉がそれだった。


 そして、いろいろなことを思い出したのか涙を流していた。そんな唯斗を見ていた莉奈は思わず唯斗の元へ駆け寄ってしまった。莉奈は唯斗をそっとしておこうと決めていたのに。



「唯斗…… 」


「ん…… 」



 唯斗は急いで隠すように涙を拭いた。



「莉奈、どうしたの……? 」


「唯斗が心配になってついてきちゃった 」


「おれは大丈夫だよ 」


「うん、良かった 」


「本当に良かったよ 」


「ねー唯斗、私の前だけはたまには格好つけなくてもいいよ 」


「莉奈…… 」


「もちろんずっと格好つけなくていいってわけじゃないけど、たまには本当の唯斗見せて。そう手術前にも言ったけど、やっぱり私は唯斗の側にずっといる。もう決めたの。だから私のことはお願い。唯斗のことは私に任せて 」


「莉奈、ありがとう…… 」



 唯斗は莉奈を抱きしめた。本来ならここで告白してもおかしくないだろう。お互いの気持ちが完全にわかっていた。それでも唯斗はこの場で告白することはなかった。本人の中でこの病院での一件を全て終えて、普段の生活に戻った時に告白すると決めていたのだろう。



 そんな中、快斗は病院での日々を過ごしていき、11月も過ぎて退院の準備が少しずつ整った。ご飯も普通通りに食べることもでき、生活面でも普段と何一つ変わらない生活ができるようになって来ていた。





 12月に入ってすぐの退院の日……



 退院が決まった日は久しぶりに空が晴れていた。12月に入り寒さが本格的に冬らしくなっていたが、この日は太陽からの暖かさを肌に感じる日だった。



「先生、今までありがとうございました 」


「快斗くん、無理はしないようにね 」


「はいわかりました 」


「また定期検診のときに会おう 」


「はい! 」




 こうして、快斗は無事に退院することができた。



 しかし、父親の会社の後継問題や、他にも残された問題は数々残っている。



 それを解決するのは簡単なことではないだろう。それでももうこの兄弟と姉妹ならどんなことでも乗り越えていけるだろう……




 冬の冷たい風が吹く太陽の下、久しぶりに心からの笑顔を4人は顔に浮かべていた。

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