第52話 移植「イショク」



 唯斗は莉奈と一緒にいる美奈に電話をかけた。



 プルルルルル……



「もしもし唯斗くん……? 」


「もしもし 」


「パパは……? 」


「結論から言うともう助からない…… 」


「…… 」



 美奈は黙り込んでしまった。



「美奈さん、聞いて欲しい…… 」


「うん……? 」


「お父さんの財布にはドナーカードが入ってたんだ。脳死の場合のみ心臓を提供するとなっている 」


「でもそれってもうパパは…… 」


「はい、残念ながらそうなってしまいますね。でも手術がうまくいけば兄さんが助かるかもしれない 」


「快斗くんが…… 」


「これは美奈さんと莉奈がしっかり話し合って決めて欲しい 」


「そ、そんな…… 」


「じゃとりあえず俺もそっちに帰ります 」


「うん…… 」



 そう言って唯斗は電話を切った。

 

 美奈はすぐに莉奈に状況を話した。2人とも頭の中が真っ白で現状をうまく把握できていないような状態だった。


 20歳と17歳の女の子がいきなり父親がいなくなる。たとえ離れて暮らしていたとしても、そんなことをすぐに理解できるわけがない。それにこの姉妹には母親もいない。これがどんなに2人にとって辛く、難しい決断なのかは身に染みてわかる。


 もちろん快斗には生きて欲しい。それは2人とも思っているはずだ。特に美奈は。それでも父親がいなくなる。それを選択するのには時間がかかった。



 それから一日が経って唯斗も東京に帰ってきた。

美奈は病院でずっと快斗のそばにいた。莉奈と唯斗は学校があったため家に戻り、2人で家で過ごしていた。


 その日の夜のことだ。夕食を莉奈が作っていた。前に比べてかなり成長した料理の腕を見せていた。それでも唯斗と莉奈の顔は晴れなかった。



「うん莉奈、これおいしいよ 」


「ありがとう 」


「莉奈はどうするのがいいか決まったか? 」


「ううん、正直どうしたらいいのかわからない。もちろん快斗くんには生きて欲しい。そんなのは当たり前のことだけど。パパがいなくなるのはそれも辛い。もう助からないってわかっていても。それでも、それでも、私たちのパパだから…… 」



 莉奈の涙の溢れながらの発言には唯斗の心をさらに強くした。唯斗は兄が倒れたとき自分が一番よれていた。なにもやる気が出ず、なにをしたらいいのか、なにをするべきなのか、それも全くわからなくなっていた。それでも莉奈や美奈のことを思い、そして自分が莉奈のことをこの家族を…… そう決めた唯斗は口を開いた。



「莉奈、たしかにこれは辛い選択になると思う。それでもな、おれは決めたんだ。俺たちは家族とは言えないかもしれない。血も繋がっていない。それでもこれだけの時間を過ごしてきた。もうおれにとって人生で最も大事な存在なのは間違いない。だからこれからもずっと一緒にいたい。お前が嫌だって言ってもおれは勝手にそばにいる。だから、だから、そう決めたから…… 」


「唯斗…… 」



 食事中にも関わらず2人は立ち上がり、莉奈は唯斗に抱きついた。そして唯斗の胸元でこれまでにないくらい泣いた。



「でも莉奈、この問題がしっかり終わったときにもう一度言う。その時にはっきりと伝えたいことがある。だから今はおれもいろいろ辛いけど、躓いていたらダメなんだよ。おれがみんなを支える。だから一緒に辛いけどちゃんと向き合おう 」


「うんわかったよ…… 」


「ありがとうな 」


「私は、パパの意思を尊重することにするよ。パパがドナーカードを持っていてそう記してあるならば、それが一番だと思う。パパが今私たちに何か伝えれるとしたら、絶対快斗くんにって言うと思う。だから手術の成功を願うよ…… 」


「莉奈…… 」






 そして次の日に病院で、美奈も同意した。


 そうして父親の心臓が快斗の心臓へと移植することが決まった。


 手術は成功するのか。そして父親の仕事の今後や快斗はどうなるのか。



 家族みんなが成功を願う手術が始まろうとしていた。

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