第50話 心臓「シンゾウ」



 美奈の叫び声が病室に響く。それでも快斗が返事をすることはなかった。


 快斗の病気は心臓の病気だった。なるべく早めの心臓移植か補助人工心臓の力を借りなければ、この先の命の保証は怪しい。


 快斗はそんな状態だった。それでもそんな状態を見せずに振る舞っていた。身体は相当な悲鳴を上げていたこともあっただろう。



 美奈は快斗の側に座り、手を握った。それでも快斗の反応はない。



「お願い…お願いだから……。」



 そんな美奈の元へ、大阪から快斗の母親が到着した。


 大阪から急ぎで新幹線で母親は来た。焦る様子が顔に浮かんで見える。



「美奈ちゃん、本当にごめんね 」


「お母さん… どうしたら…… 」



 泣く美奈を快斗の母親は優しく抱きしめた。



「本当に快斗のことを想ってくれてありがとうね 」


「はい…… 」




 トントン……


「失礼します… 」


 美奈と快斗の母親の元へ、病院の先生がやってきた。


 快斗の母親はすぐに先生に聞いた。



「先生、快斗は助かるんですか…… 」


「正直なところ、簡単に助かるとは言えません。適切な心臓移植が必要です。補助人工心臓でなんとか少しの間は大丈夫だと思いますが…… 」


「そ、そんな…… 」


 美奈は膝から崩れ落ちていった。



 これからについて先生と美奈たちは話をした。結果、適切な心臓を提供してくれる方を待つことになった。


 先生が部屋から出て行き、再び美奈と快斗の母親の2人きりになった。



「お母さんは知ってたんですか……? 」


「うん…… 」


「なんで、なんで言ってくれなかったんですか 」


「ごめんね… 快斗の希望で私以外には誰にも言っていないの…… 」


「そんな…… 」


「本当にごめんね…しっかり伝えるべきだったね 」


「いいえ、快斗くんの意思なら仕方ないことです。唯斗くんも知らなかったってことですよね? 」


「そうだね、唯斗には謝っても謝りきれないな… 」



 唯斗も美奈も何かあることには薄々気づいていただろう。それがまさかこんなにも大事になるとは思ってもいなかった。命の危険があることなど特に……



「私病院に残るから美奈ちゃんは家に帰って大丈夫だよ、莉奈ちゃんと唯斗もいるから 」


「で、でも…… 」


「大丈夫だから、、」


「わかりました 」



 そう言って美奈は家に向かってタクシーを走らせた。



 ガチャ……


「ただいま…… 」


「おかえりなさい美奈さん 」

「おかえりお姉ちゃん 」


 美奈が帰宅すると家にいた2人はすぐに駆け寄ってきた。


「快斗くん、大丈夫だったー? 」


「ううん…… 」


「どういうことですか? 」


「心臓の重い病気だったらしい。なるべく早く移植手術を行わないと先は危ないって…… 」


「え…… 」


「…… 」



 莉奈は驚きの反応を見せた。唯斗は無言でその場から立ち去り自分の部屋へと行った。


 唯斗は自分がなにもできなかった責任感や、薄々何かに気づいていたのに深入りせずにそのままにしてしまったことや快斗への怒りもあった。嘘をつかない約束をしたのに、また事が大ごとになってから後悔する。そんな様々な感情に唯斗は押しつぶされそうになっていた。



 1階では美奈と莉奈が話していた。



「快斗くんの病気っていきなりだったの? 」


「ううん… 以前から心臓の病気だったんだって 」


「えっ? お姉ちゃん知ってたの? 」


「私は知らなかったよ… お母さんしか知らなかったらしいよ…… 」


「そんな… 唯斗がそのこと知ったら…… 」


「うん…… 」


 



 その日、唯斗はなかなか寝付くことができなかった。ここ最近は莉奈とのことを考えて、それだけでも大変だったのにそれどころではなくなってしまった。


 2階のベランダで唯斗は空を眺めていた。受け止めきれない現実と向き合うのが難しかった。


 大きく明るい月はそんなことを知らず唯斗を照らす。


 10月後半にもなると夜の外は流石に冷える。それでも唯斗は寒さを気にすることなかった。



 そこへトイレをしに起きた美奈がやってきた。



「唯斗くん、私もいいかな……? 」


「はい 」


「本当に受け止めきれないよね…… 」


「はい 」


「私たちがちゃんと気づいてあげられなかったのも問題なのかもしれないね…… 」


「…… 」



 唯斗と美奈は話にならなかった。会話ができなかった。唯斗が口を開かない状態が続いていた。




 すると、唯斗は思い切り壁を殴った。




「なんで、なんでなんだよお……!! 」




 深夜にも関わらず関係ない声量の、唯斗の叫び声だけが響き渡った。

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