第42話 真剣「シンケン」

 

 波が浜辺に打つ音と別荘の方で花火を楽しんでいる唯斗や莉奈の声が微かに聞こえる浜辺で、快斗は美奈に何かを打ち明けようとしていた。


 

「なぁ美奈…… 」


「うん? どうしたの? 」


「次の雑誌の表紙飾ることになったんだ 」


「えぇっー! すごいね〜! 」


「そうなんだ、ありがたいことに 」


「うんうん、よかったね〜 」


「それでなんだけど 」


「うん……? 」


「家に帰ることもあまりできなくなるかもしれないから、またあいつらのこと任せっきりになっちゃうんだよな 」


「私たちは大丈夫だから、全然気にしないで〜 」


「ありがとう美奈 」


「じゃ快斗くん、私の言うこと一つ聞いて〜 」


「うん? どうした? 」


「私のこと、必ず幸せにしてね 」


「当たり前だよ、約束する 」


「ほんとー? うれしいなぁ〜 」



 美奈は月明かりに照らされてなのか、はっきりと見えるほど照れていた。


 快斗は美奈の手を握った。お互いに2人は見つめ合う。そして唇が触れ合い、濃厚なキスを2人は交わした。


 無数の星の輝きや月の途絶えることない明るさ。その下で2人のロマンチックなシチュエーションが揃った景色、風景、快斗と美奈を含めてとても美しい。芸術的に美しい。ただひたすらに美しいものだった。



 快斗の雑誌の表紙になることは事実である。それはなにも間違いのあることではなかった。しかしこの時、本当に言うべき問題はこれではなかったのかもしれない。



 美奈はその時、どうなるのか……

 唯斗と莉奈もどうなってしまうか……



 それもそのうちに分かる。快斗の隠している真実。それが今後、弟や姉妹を動かす。





 一方、花火を楽しむ唯斗と莉奈は……



「ねえ唯斗、線香花火しようよー! 」


「なら、兄さんたち帰ってきてみんなでやった方が楽しくないか? 」


「分かってないなー、あの2人はもう2人の時間を楽しんでるんだから私たちが邪魔しちゃだめでしょー 」


「ああー、まあそうだな 」


「だから、私たちも2人の時間楽しもうよ 」


「そうだな、こんな最高な場所で2人きりなんてなかなかないもんな 」


「うん、そうだよ! 」


「じゃ莉奈、線香花火で負けた方がなんでも言うこと一つ聞くってのはどう? 」


「えっ! なんでもかー、よしいいよ!」


「じゃやろうか 」


「唯斗が負けたら絶対聞いてもらうからね〜!」


「わかったよ 」



 2人の線香花火が始まった。この2人も上手く進んでいるように見えるがそんな簡単ではなかった。お互いの気持ちに気づけない。そして素直になれない莉奈は桃香や結衣のことを考えてしまう。それでも最初の頃よりも2人の歩幅は少しずつあってきたようだ。



「うわー、やばい〜 」


「よし、おれの勝ちっぽいなー 」


「頑張ってー、私の花火ーー 」



 唯斗はそんな花火をやる莉奈を見て、笑顔になっていた。それを見れば唯斗の好意がしっかりと伝わってくる。


 莉奈の線香花火はもう落ちる寸前だ。唯斗が勝つように見えた。



「あっ! 」


「えっっ!?!? 」



 唯斗は線香花火の花火自体を手から滑ったのか、下に落とした。



「唯斗それは負けだよー! やったー! 」


「あらら、手が滑っちゃった 」


「やったー! 勝ったーー 」



 この時、唯斗は本当に手が滑ったのか、それともわざと落としたのか。それは唯斗にしかわからないが。普通に考えば手が滑って落とすことなどあり得ないだろう……



「俺の負けだな、何の言うこと聞けばいいんだ? 」


「ええっー、いきなり言われても…… 」


「考えておけよー 」


「そんなこと言われても、えーっと、ちょっと考えるからまってね 」


「うん、わかったよ 」



 莉奈は恥ずかしいのか、唯斗と顔を合わせずに何かモジモジしながら考えて言った。



「手を繋いで、ちょっとだけでいいから海のほうに行って散歩がしたいな 」


「散歩か、わかったよ 」


「う、うん…… 」



 莉奈は照れていた。このツンデレが可愛いのだろう。それが唯斗の心を掴んでいると言えるだろう。それだけではないだろうが。



 2人が花火を片付けて、散歩に行こうとした時だった。快斗と美奈が戻ってきた。



「あれ? 莉奈と唯斗くんどこか行くの〜? 」


「あっうん、ちょっと散歩してくるね 」


「気をつけてね〜 」


「うん! 」



 美奈に聞かれた莉奈は答えた。



「唯斗暗いから気をつけろよ 」


「わかってるよ兄さん 」



 唯斗と莉奈は砂浜に向かって歩き出した。


 その背中を別荘から見た美奈は言った。



「あの2人はこれからも色々と大変だと思うけど、上手くいきそうだね 」


「あの2人はなんだかんだ大丈夫そうだな 」


「うんうん 」



 そうやって周りから思われるほどに、唯斗と莉奈は変わっていた。最初の頃からは考えることができないほどに。



 唯斗と莉奈が浜辺に足を進めていくと同時に、唯斗はそっと莉奈の手を握った。



「えっ、びっくりしたー 」


「なんだよ、やめるかー? 」


「やだ、やめないでよ 」


「わかってるよ 」



 2人はいい感じ。そうそのものだった。唯斗は莉奈の気持ちに少しずつ気づいてきたのかもしれない。莉奈はただ純粋でピュア。唯斗のことがただ好きである。その気持ちが裏目に今まで出てきてしまっただけなのだろう。


 2人はもうそろそろと思うだろう。しかし夏休み明けの学校で桃香や結衣に惑わされる。そんなこともあるが莉奈はその時自分自身と向き合いしっかりと変わるきっかけになる。はず……



 こうして、4人にとっての大きな変化をもたらした2度目の別荘旅行が終わった。



 夏休みが終わって一気に変化していく関係と、快斗の隠していた真実。もうそのことを知るのも、もうすぐのことだ。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る