第39話 大雨「オオアメ」


「すごいね! 綺麗だね〜! 」


「うんうん、綺麗だね 」



 莉奈と桃香は楽しみにしていたのもあって、綺麗に咲いた紫陽花やライトアップされた花のイルミネーションなどが5人のテンションを上げる。


 結衣は少し不機嫌そうな態度を取っていたが、徐々に治って行き、時間が経てばいつも通りの結衣に戻っていた。


 紫陽花祭りも、最初は少し莉奈と結衣がギスギスした様子だったがその後は5人とも楽しんでいた。


 唯斗はこの時、莉奈や結衣、桃香のことをどう思ったのだろう。どう考えたのだろう。今後唯斗自身がそれを得て変わっていくことができれば、今以上に関係も変わり、距離も近づくのだと思う。


 

 その祭りの帰りのことだった。


 梅雨の季節ということもあり、ポツポツと雨が降ってきた。



「あれ? なんか雨降ってきたー? 」


「ほんとだ、雨降ってきたな 」


「えー? 降ってる? 」



 雨に気づいた桃香と、唯斗に対して莉奈は2人に言われてから気づいた。



「せーんぱい、私傘ないですー 」


「おれたちもみんな傘ないんだよな 」


「僕、今日夜降るかもしれないと聞いていたから折りたたみ傘持ってきているよ 」


「陸さすがだねー 」



 傘を唯一持ってきていた陸を、桃香は褒める。



「でも、傘一本か…… 」



 陸が自分の傘を見つめながら言う。



「タクシーでみんな帰るしかないかなー 」


「莉奈それはむりだよ 」


「え? 桃香どうして? 」


「あの行列は待てないよー 」


「あ、え、あれ全部タクシー待ち!? 」


「多分そうだよね? ね唯斗? 」


「ああ、多分そうだな、おれ走ってコンビニ行って買ってくるよ 」


「大丈夫だよ唯斗、仕方ないからみんなで雨に濡れて帰ろうよー 」

 


 桃香が買いに行こうとした唯斗に言った。



「いや、歩いて駅まで行ってそこからまた電車やバスに乗るとなると、濡れている状態は流石にまずい 」


「それは確かにそうだねー 」


 

 莉奈も唯斗の意見に共感した。



「あ、私大丈夫でーす、迎え来てもらえるのでー 」


「乗せていって貰えないか? 」


「乗せてあげられたら乗せたいんですけど、兄がバイクで来てくれるとのことなのでー 」


「それじゃ無理だな 」


「はいー、すいませんー 」


「仕方ない、俺行ってくるからまってて 」



 唯斗は走ってコンビニに向かった。莉奈と桃香と陸と結衣は入り口近くで唯斗の帰りを待っていた。

 

 数十分経つと、結衣は兄のバイクに乗って帰っていった。


 雨は強まる一方でやむ気配がない。梅雨の季節らしくなってきた。



 時間が経って、唯斗が走って戻ってきた。


 莉奈はすぐに声をかける。それに続いて桃香も声をかける。



「おかえり唯斗 」


「おう 」


「ありがとうね唯斗 」


「大丈夫だよ 」



 陸は唯斗を見てすぐに何かを気づいたように言った。



「あれ?唯斗、傘… 」


「そうなんだよ、一本しか売ってなくてこれしか買えなかった 」


「しょうがないな、それは…… 」


「どうする? 」



 4人は少し悩んだ様子だ。誰がどう使うのか。ここには唯斗の買ってきた傘と陸の持っていた傘だけだ。


 陸がみんなのためを思ってか意見を提案した。



「僕は走って帰るから、桃香この傘使って。唯斗は莉奈とその傘2人で入れるよね? 」


「いや、入れることには問題ないけどそれでは陸が濡れちゃうじゃないか 」


「でもやむ気配もないし、早く決めて帰った方がいいと思うんだよね 」


「そうだけど…… 」


「いいよ唯斗、その傘桃香にあげて。私と唯斗なら大丈夫だから 」


「莉奈…… まぁ俺たちは2人同じだしな 」



 唯斗が桃香に傘を渡そうとした瞬間だった。



「だめだよ…… 私は陸の傘に入れてもらって駅まで行くよ。陸の家は駅から近いから私は駅からバスに乗れば大丈夫だし、唯斗と莉奈は唯斗の買ってきた傘で2人で帰って! 」


「陸それでもいいか? 」



 唯斗はすぐに陸に聞いた。



「僕は大丈夫なんだけど、桃香はそれでいいの? 」 


「こちらこそ陸が大丈夫なら、駅まで一緒に傘に入れていってー 」


「うん、わかったよ 」


「じゃ、それで決まりだな 」


「うん、じゃまたね唯斗と莉奈! 」


「うん、そっちも気をつけて 」


「うん、またね! 」



 桃香の心を殺していうまたね。莉奈と唯斗が相合傘をして帰るのなんて良いに決まってない。辛いだろう。それでも自分は唯斗のことを好きとは言えないでいた。自分は幼馴染み。それを言い聞かせる自分がとっくに限界が来てることなど分かっていた。それでも、それでも桃香のこの気持ちは……


 

 そんな言葉には表さない桃香の表情を莉奈は何かを感じとったようだ。



「桃香…… 」


 

 この時、唯斗や陸は何も気づかなかった。女の子にしか分からないのだろうか。いやこれは莉奈にしか分からないのか。



 唯斗と莉奈は家に向かって、陸と桃香は駅に向かって歩き出した。



 無事に全員傘に入ることができ、帰り道を進んで行った。莉奈は唯斗と一緒に傘に入り帰ることができたのに何かモヤモヤしていた。桃香のことだろう。帰り際のあの表情が頭をよぎる。


 

 それと同時に莉奈はあの時のことが頭によぎっていた……



 バレンタインの日のことだ。莉奈は桃香に唯斗が好きなことを打ち明けた。その時、桃香は唯斗を幼馴染みとしか見ていない。そう言っていた。しかし莉奈は少し疑うくらいで桃香の言葉を信じていた。それでも日が経つにつれて、それがどんどん信じれなくなっていた。そして今日の表情や、最近の結衣が唯斗と接する姿を見ていた桃香を見れば分かった。

 


 そう…… 桃香も唯斗が好きだ。



 そう莉奈はこの日理解し、確信した。自分も桃香も唯斗のことがしっかりと好きなんだと。



 そんな莉奈の気持ちを知ってか知らずか、唯斗は莉奈に声をかける。



「莉奈濡れるから、もう少しこっちに寄ってくれ 」


「え、あうん…… 」


「何かぼーっとしてるけど、どうした? 」


「大丈夫だよ 」


「そうか、なら良かった 」



 2人を近づけるのか離すのか、雨は強まる一方だった。




 その日を過ぎても数日間は雨が降り続けた。梅雨の季節は天気だけでなく、何か心も晴れない。気持ちが晴れないのだろう……



 夏前のこの時期は、梅雨のせいかやる気も出ないことが多い。時間が経つのが遅く感じる。指した針の数が嫌気を指す。早く梅雨明けをして太陽の熱を浴びて、空が青く澄み渡るのが待ち遠しい。



 そう思っていた唯斗たちも高校生最後の夏を迎えようとしていた。


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