第36話 春風「ハルカゼ」



 時は過ぎて、また少し季節が進んだ。3月も終わって、4月に入り唯斗たちは高校生最後の年の高校3年生になった。そんな高校3年生になった最初の登校の日のことだった。


 快斗は珍しく仕事が休みで、美奈も大学はまだ休暇中だった。


 久しぶりの学校で唯斗は慌ただしい朝を迎え、時間もいつもよりかかったが、莉奈と2人で家を飛び出した。



「唯斗はいつになったら、朝もっと早くに準備できるのよー! 」


「俺も頑張ってるけどなー 」


「それはありえない! 」


「そうかー? 」



 そんないつもと変わらない会話をしていた。


 綺麗な桃色の桜が咲いた道沿いには、桜の花びらが散る。



 桜の木から落ちる花びらは一瞬だ。綺麗な花びらも散る時は一瞬で散る。人もいなくなる時は一瞬だ。そんな人と桜の花びらのようにならないように、人間は大切なものを常に大切にしなきゃいけない。そう思える人間に唯斗たちも少しずつ成長していくだろう。



 桜が咲き乱れた通学路を歩いていると、気持ちの良い春風が頬や首筋を撫でる。何かふと懐かしいものを思い出させる。



 唯斗は立ち止まった。何かを思い出していた。




―――――――――――――――――――――





「あ……!!! 」

「あ……!!! 」



 2人は数秒間目があった。



「なんであなたがここにいるのよっ!! 」


「いやそれは俺のセリフだろ! 」



 唯斗は同じ家に住むことになった、あの日を思い出していた。



 莉奈と美奈たちが引越しをしてきて、学校で初めて会ってすぐに同居が決まったあの日。唯斗や莉奈のあの衝撃は一生忘れないだろう。



 そんな日を思い出して、懐かしい思い出が蘇る。日が経つに連れて、色々なことがあって、2人は最初の頃とは全く違う関係になっていた。それは唯斗と莉奈だけではなく快斗や美奈もそうだった。あの出会いがこんなにも人生を変えることになるとは。そう唯斗は一年が経った今この時、思い出していた。






―――――――――――――――――――――



「唯斗ー 」


「唯斗ーーー 」


「唯斗! おーーい 」


「あっ……! うん 」


「何してるのー、間に合わないよ学校! 」


「ごめんごめん! 」



 少し離れた莉奈の元へ、唯斗は走って追いついた。



「もー、何してるの? 新学期から遅刻とかやだよー 」


「大丈夫大丈夫! 間に合うよ! 」


「本当にー? 」


「おう、こうすればな! 」



 そう言って、唯斗は笑顔で走り出した。



「ねえ! 待ってよー! 走るなんて全く聞いてないーーー 」



 莉奈も文句を言いながら唯斗を追いかけて走り出した。


 心地よい春風が桜の花びらを散らつかせ、その花びらを駆け抜けるように唯斗と莉奈は走り、学校へと向かった。





 その頃……



「おはよう 」


「おはよう快斗くん 」


「早いな美奈 」


「いつもと同じだよ〜 」


「あれ、唯斗と莉奈は? 」


「今日から学校だよ〜 」


「あ、そうなのか 」


「もうあの子たちも高校3年生だよ〜 」


「そうだな、俺たちも年を重ねてどんどん大人になっていくな 」


「そうだね〜! 」


「そういえば、一年経つな 」


「たしかに〜、すごい早かったね 」


「色々なことたくさんあったけど、本当にあっという間だったね 」


「本当にそうだな 」


「うんうん〜 」


「唯斗たちもいないことだし、たまには2人でどこか出掛けようか 」


「そうだね〜! たまには2人きりでどこかへ行きたいね〜 」


「じゃ、準備してくるから待ってて 」


「私も準備するね〜 」



 こうして、2人は久しぶりに2人きりで出掛けることになった。行き先は特に決まっていなくて、ショッピングと美味しいものを食べに行くという前提だけが決まっていた。





 一方、学校では…



 先生の声が教室に響く。



「今日から3年生だな、最上級生としての自覚、そして自分の進路に向けて一番努力する時だ。後悔のないようにそれぞれが目標に向かって頑張ってくれ。先生もできる限りの応援はする 」



 そんな先生の言葉や、少しずつ変わり出した周りの生徒たちの様子を見て、唯斗も自分があと1年で高校が終わることを実感し始めていた。



 時間が過ぎて、その日の学校は最初だったため、すぐに終わった。



「じぁあねー 」


「うん、またあしたー 」


 桃香や陸たちと挨拶をして、2人は教室から出て行った。



「唯斗、私たちも帰ろー 」


「おれ、先生に進路のことで呼ばれてるから莉奈は先に帰ってて 」


「えー、うんわかったよー 」


「ごめんな 」


「じゃ、またお家でね! 」


「おう 」



 そして、唯斗は先生に呼ばれて職員室に行き、進路のことを話し合っていた。


 先生も唯斗の進路のモデルという職業や、唯斗のこれからについてしっかりと話し合う必要があると思ったらしく、1時間近くも話をした。


 話が終わり、学校から帰ろうと玄関に向かっている時のことだった。先生との話や、自分のことについて深く考えていた唯斗は周りが見えていなくて、ぼーっとしていた。



 

 バンッッ……!!!



「す、すいません! 」


「あ、ご、ごめんね! 」



 唯斗は可愛らしい女の子とぶつかった。


 これは新一年生だろうか?


 唯斗はこの時はまだ分からなかった。黒髪ショートヘアーで目がとても大きく、まつ毛の長い、綺麗な顔立ちの可愛い女の子だった。



「す、すいません。制服が…… 」


「ん? あ、ちょっと汚れちゃったね 」


「クリーニングしますので… 」


「いいよ! 全然大丈夫だから、気にしなくて平気だよ! 」


「いや、そんなわけには…… 」


「ほんとに大丈夫だから、気にしないで! 」


「あ、ありがとうございます…… 」


「うん! 」



 ぶつかった女の子は急いでいたらしく、片手に持ったジュースが唯斗にぶつかった衝撃で溢れて制服を汚してしまった。


 唯斗は全然気にすることなく、その女の子の心配をすぐに振り払ってあげた。



「先輩、よろしければ名前を教えて頂いても良いですか? 」


「おれか? 3年の二階堂唯斗だよ 」


「唯斗先輩ですね、本当に今日は汚してしまってごめんなさい 」


「おう、全然大丈夫だよ 」


「では、またどこかで会ったらその時はよろしくお願いします 」


「おう、じゃあなー 」



 そう言って、唯斗はその子と分かれた。



「あの子、1年生なのかな…? てか、おれの名前は言ったけど、あの子の名前聞くの忘れてたな… 」



 唯斗はそんなことを考えながら、家に向かって歩き出した。




 この出会いがまた唯斗の心を変えるのだろうか…




 時代や年月が流れていく中で出会いと別れを重ねて、人間は成長していく。唯斗もそんな成長をする時期なのだろう。




 そして、今後に待ち受ける最大の試練をどう乗り越えるか。それが成長の結果の答え合わせだろう。そんな答えの見えない答えをこれからも探し続けるのであった。






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