第34話 本命「ホンメイ」
日曜の夜、美奈と莉奈のチョコレート作りは良いものができて、仕上がった。美奈はチョコレート味のパウンドケーキで、莉奈はチョコレートクッキーを作った。出来栄えに2人とも満足していた。
しかし、2人が考えていたのは渡す時間や、渡すタイミングについてだ。同じ家に住んでいるからといって、朝起きて来て、いきなり渡すのも何か違う気がして、軽い感じで渡すのも作った甲斐がないというか。そんな考えで、2人は朝、渡すことはしなかった。
そうして、朝の時間は過ぎて行った。
「いってきます 」
「はーい、いってらっしゃい〜 」
快斗を美奈が送り出す。
唯斗と莉奈も準備ができて、学校に向かった。
「今日バレンタインだな、莉奈は誰かにあげる予定あるのか? 」
「あげるかも、一応ね 」
「へぇー、いいじゃん 」
「唯斗はもらえるのかなー? 」
「まぁそれなりにくれる子はいるかもなー 」
「ほんとー? 」
「わからないけど 」
「なによそれー 」
2人はそんな会話をしながら学校に向かい、学校に着き教室に入ると、甘いチョコレートの匂いが広がるバ
レンタイン特有の教室の雰囲気だった。
「おはようー 」
「おはよう桃香ー 」
「おはよう桃香 」
「おはよう2人とも 」
「朝から今日なんかすごいねー 」
「そうだねー、莉奈も持ってきたのー? 」
「一応持ってきたけどー 」
「そうなんだー 」
「ね、桃香ちょっと話したいからどこか違う場所へ行かない? 」
「え、あうん、いいよ 」
そう言って莉奈はカバンを自分の机に置いて、桃香と2人教室から出て行った。
「あいつらなんだ? 」
「わからないけど、女の子には女の子の事情ってやつがあるのかもな 」
「なんだそれ 」
「唯斗にはわからないのかもな 」
「なんだよ、陸はわかるのか? 」
「僕にはわかるよ、痛いほどね 」
「なんだそれー 」
「まぁ、女子からのバレンタインをお互い貰えたらいいね 」
「そうだなー 」
陸の気持ちは恐らく、誰も理解していない。それはそうかもしれない。なぜなら陸はその素振りを一切見せない。周りもそれは理解できないだろう。それでも陸の気持ちは強かった。
その頃…
莉奈と桃香は自動販売機がある一階の広いスペースのところに来ていた。
「はいこれ 」
「え、ありがとう 」
「いいよー、私が呼んだから 」
莉奈は暖かいミルクティーを桃香の分も買って渡した。
「で、莉奈お話ってなにー? 」
「うん… あのさ、分かってると思うけどバレンタイン私唯斗に渡すよ 」
「うん… そうなんだね 」
桃香は分かっていたのに、分かっていないフリをしていた。自分に嘘をついていた。
「私ね、最初は唯斗のこと何とも想ってなかったんだよね。だけど唯斗の優しさとか、人には見せない弱さとか、かっこよさとか近くで見てて好きになってく気持ちがだんだん溢れ出して、今は唯斗のことちゃんと好きって言えるくらいまで好きなの。だから唯斗にバレンタインチョコはちゃんと渡すよ 」
「うん、そうなんだね… でも何で私にそれを教えてくれたの? 」
「ちゃんと言っておきたいなって、なんか私、コソコソやったりするの好きじゃないから 」
「そうなんだね、莉奈は本当に優しくていい子だね 」
「そんなことないよー 」
「でもね… 私は唯斗幼馴染みとしか想ってないよ? 」
「え? そうなの?? 」
「うん、そうだよー 」
「えーー、ずっとてっきり好きかと思ってたよー 」
「ずっと小さい頃から知ってる幼馴染みだもーん 」
「えーそうなんだー 」
「うんだから、チョコレートあげるけど友チョコ?義理チョコ?かなー 」
「そうなんだー 」
桃香はこの時、自分でついた嘘がこの後自分自身を苦しめることを薄々理解していた。それでも面と向かって言ってきた莉奈に対して、自分の気持ちに嘘をつくしかなかった。何で自分はこうやって息を吸うように嘘をつくのだろう。相手を思えば優しい嘘なのかもしれない。それでも、簡単に片付けられない想いは宿るのであった。
2人が教室に戻り、普段通りに授業も始まって時間が過ぎて行った。
こうして、男子達が一日中フワフワして過ごすバレンタインデーの学校も終わった。
チョコレートを貰えなくて騒いでいる男子もいれば、貰えて騒いでいる男子もいた。
学校が終わり、唯斗たちも下校しようとしたその時だった…
「唯斗と陸ー! 」
「ん? 」
「どうした? 」
「はい、これチョコレート! 」
「おーー! ありがとう桃香ー! 」
「ありがとう 」
唯斗はもらった瞬間に純粋に喜んでいた。しかし、陸は違った。先週の金曜日に約束したことと結果は同じだが、思っていたのと違う。こんな形ではないはず。そう陸は桃香に対して思っていたのだろう。
貰った唯斗はお礼をしっかりと言って、莉奈と家に向かって帰って行った。
その場に残った桃香に陸はすぐに問いただした。
「なんでこんな渡し方したの? 」
「なんでって、別にバレンタインだから、チョコレートを渡しただけじゃんー 」
「冗談まじりで本音を隠すのは、もうそろそろやめようよ 」
「…… 」
「僕だって、こんな形で貰うのは嬉しくない。桃香からのチョコレートはもっと違う形で欲しかった 」
「だって… 私の気持ちなんて誰にもわからない! 」
「おい、桃香ー 」
「…… 」
「まってって 」
桃香はその場から走って逃げ出した。涙を流しながら。
涙を流し、走る桃香のその姿は、見ている周りも切なくするような気持ちにさせるものだった。
その頃…
唯斗と莉奈は帰り道を歩いていた。
「唯斗桃香から貰えてよかったねー 」
「やっぱ幼馴染みは良いなー 」
「いいねー、よかったねー 」
「で、莉奈は誰にあげたんだ? 」
「うーんと…はい… 」
「え? 」
「だから、はいっ! 」
「なにこれ 」
「いらないなら、いいよ! 」
「いや貰うって! 」
そういって、莉奈からのチョコレートを唯斗は受け取った。
「え、俺にくれるのはびっくりしたよ 」
「何かまずい? 」
「いや全然、嬉しいよ 」
「そう、なら良かったー 」
「あんな必死に作ってたのって、俺のためなのか? 」
「さあねー?? 」
「なんだよそれー 」
「内緒だよー 」
「でも本当に嬉しいよ、ありがとうな 」
「な、なんでそんな改まって言うのよー 」
莉奈は照れた顔を隠すようにそっぽを向いていた。それを見た唯斗は笑顔だった。
家に着いても、2人は何か笑顔が絶えなかった。
美奈も唯斗にチョコレートケーキをあげた。唯斗は嬉しそうに貰っていた。
莉奈に、照れた唯斗はからかわれていた。
美奈もそんな2人を見て、莉奈が上手く渡せたのだと思って嬉しそうだった。自分がこの後少し辛い想いをすることはまだこの時の美奈は知らなかった。
それからなにも起こらず、時間が経って美奈も夕飯を作り終えた頃に、快斗が帰宅した。
「ただいまー 」
「おかえりなさい〜 」
美奈が快斗を出迎えた。
「え、すごいねこれ 」
「そうなんだよ、事務所にこんなにも送られてきて 」
「すごいな〜 」
快斗の手元には、両手に持つ紙袋にパンパンに入ったチョコレートがあった。
ファンからのチョコレートだと言う。こんなにも女性のファンがいると思うと美奈は少し何か不安な気持ちになった。
快斗の着替えや片付けも終わり、すぐに夕飯を食べ始めた。
「すごいねー、やっぱりモデルって 」
「あんなにも貰えんだなー 」
「もっとみんなすごいよ 」
快斗は少し謙遜するが、あの量のチョコレートは凄いことに変わりがない。
莉奈と唯斗もびっくりしていた。
その時、美奈はなにも喋らなかった。
夕飯が終わって、リビングでみんなくつろいでいた。
美奈は自分の作ったチョコレート味のパウンドケーキを渡そうか渡さないか、ずっとタイミングを見て悩んでいた。
あの量を見ると、味の自信も無くなっていた。それよりも色々な不安が美奈の頭をよぎらせていた。
そんな美奈を見た莉奈が背中を押した。莉奈に背中を押されて、美奈は快斗を二階のベランダに連れて行った。
「寒いけど、今日も星が綺麗だね〜 」
「うんそうだな、それでどうしたんだ? 」
「うん、これ作ったからどうぞ〜 」
「おー、ありがとうー 」
「いえいえ、あんな量貰ってたらもういらないかもだけど〜 」
「いやいや、俺は美奈から欲しかったよ 」
「ほんと〜? 」
「ほんとだよ 」
「う〜ん… 」
「どうしたんだ? 」
「ちょっと不安になっちゃって… 」
「大丈夫だよ美奈。俺は、美奈が隣にいるならなんでもいいって最近すごい思ってるよ 」
「え、ほんとに…? 」
「うん、本当だよ 」
「俺は美奈のおかげで変われたんだよ。大事な人を想えば、だめな自分って本当に変えられることを知ったよ。そんな美奈のことが俺はずっと好きだよ 」
「快斗くん…… !! 」
美奈は快斗に抱きついた。快斗は優しく美奈を包み込む。
綺麗な星空が広がる空の下で、2人の体温は上がり、寒さが逆に心地良かった。
「うぐっっ…… 」
「どうしたの? 快斗くん! 」
「大丈夫だ… ゴホッゴホッ 」
「咳? 喘息大丈夫? 」
「大丈夫だ、ごめんな 」
「うん、大丈夫なら良かった 」
快斗の咳はわざとらしく感じる。少し辛そうな顔をしながら、左胸の辺りを押さえていた。
美奈は快斗の言葉にほっとした束の間、また心配になる。
人間は、平気や大丈夫と大切な人の前では嘘をつく。そういう生き物なのだろう。でも正直に言わなければならない時がある。それを言わないことがいつか、相手を一番苦しめることになる……
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