第32話 冬天「トウテン」
莉奈が風邪を引き、高熱を出した土曜日。そして冬花火の日曜日の約束は無くなってしまった。
それでも唯斗のおかげで莉奈は花火を見ることができた。少し形は違ったが花火を2人で見ることができた2人にとってこの出来事を距離が縮まるいいきっかけになっただろう。
そしてその花火も終盤に近づいてきて、様々な彩りの綺麗な花火が一気に上がる。
「そろそろ終わりだな 」
「うん、綺麗だったね 」
「そうだな 」
「唯斗のおかげで本当に見れて良かった 」
「それは良かったな 」
「うん! 」
莉奈の体調も良くなってきているのが目に見えた。顔色も数時間前より良くなっていた。
「莉奈そろそろ部屋に戻るぞ 」
「もうちょっとこうしていたいな… 」
「だめだよ 」
「なんでよ、重いから?? 」
「違う、あんまりずっと外にいるのも寒いし、身体に良くないから 」
「うーん… 」
「戻るぞ 」
「わかったよ〜 」
唯斗はおんぶしたまま、莉奈を部屋まで連れて行った。そして唯斗はベットにゆっくりと莉奈を下ろした。
「じゃ莉奈、俺行くからちゃんと明日学校行けるように休めよ 」
「うん、ありがとうね唯斗 」
「おう、おやすみ 」
「ねえ唯斗、私ね唯斗のこと…… 」
「ん? 」
「ううん、おやすみなさい 」
「あ、うん、おやすみ 」
莉奈が何を言おうとしたのか唯斗は気になっていた。勘が良い人間なら普通に気づいてもおかしくない。しかし生憎、唯斗はこういった勘や恋愛に関しての他人の感情があまりわからない鈍感な人間だった。それも唯斗のいいところなのかもしれないが…
唯斗が莉奈の部屋から出て一階に降りると、ウッドデッキで快斗と美奈が話していた。
お酒を飲みながら、何か話している様子だった。傍からすれば付き合いをしている男女に見える。唯斗は雰囲気を邪魔してはいけないと無言で風呂に行った。
唯斗は、何か疲れたのかお風呂で少し寝そうになっていた。いつもより長い時間お風呂に入り唯斗はお風呂から出た。着替えてリビングに行くと、快斗が気持ち良さそうにソファーで横になって寝ていた。
「兄さん、寝ちゃってるんですね 」
「うん、快斗くん気持ち良さそうに寝てるからもう起こさなくていいかな〜って 」
「そうですねー 」
「唯斗くんも莉奈のこと大変だったと思うけど、本当にありがとうね 」
「いえいえ、特に何もしてませんよ 」
「ううん、そんなことないよ〜 」
「なら良かったです 」
「お姉ちゃんだから分かるよ〜 」
「やっぱ美奈さんは流石ですね 」
「あはは 」
「じゃ、俺もちょっと今日眠いのでお先に寝ますね 」
「うん、おやすみ〜 」
「おやすみなさい 」
唯斗は自分の部屋に向かって行った。
疲れていたせいなのか、なぜか唯斗はすぐに眠りについた。その理由は明日起きればわかることだが…
一階では、快斗が寝ているソファーの元へ美奈も行き、近くに座った。
「寝顔も、ほんとに綺麗だね〜 」
「…… 」
美奈の言葉など届くことはなく、快斗は気持ち良さそうに熟睡している。
美奈は、そんな快斗の頭を持ちあげて、自分の膝の上に乗せた。
快斗は何も変わらず気持ち良さそうに寝ている。
そんな快斗の顔を優しく撫でる美奈。幸せそうな2人。癒しの時間を過ごす。
快斗が起きていたら、どう思ったのだろう。
これを唯斗や、莉奈が見ていたらどう思っていたのだろう。
それは実際に起きないと分からないことだ。
男からすれば最高の気分なことは間違いない。膝枕をされること自体、男性からすれば気持ち良いもので、リラックスできる最高の癒しだと世間では思われている。それが美奈のような女性にして貰えたらそんなにも幸せなことはない。
そんな2人の時間は続き、美奈もそのまま寝てしまい朝まで2人はソファーで寝てしまった。
冬の朝の寒さで目が覚めた美奈、起きて朝ごはんを作り始めた。
その音のせいか、いつもの起きる時間になったからなのか、快斗も起きた。
「あれ、俺昨日ここで… 」
「おはよう快斗くん 」
「おはよう 」
「昨日の夜から、気持ち良さそうにずっとそこで寝てたよ〜 」
「そうなのか、あんまり覚えてないな 」
「そうなんだー、 今日も仕事でしょ〜? 」
「うん、準備しなきゃ 」
快斗は着替えて準備を始めた。
それから少し時間が経って、莉奈が起きてきた。
「おはようお姉ちゃんー 」
「おはよう莉奈〜! 」
「すごい元気になったー 」
「ほんとー? 良かったね〜 」
「うん、学校行けるー! 」
「唯斗くんのおかげだね〜 」
「うーん、そういうことにしておこっか 」
「ちゃんと感謝しなきゃだね 」
「うん、今回は唯斗に感謝だー 」
「じゃ、唯斗くん起こしてきて〜 」
「わかったよー 」
元気になった莉奈はすぐに二階に上がり、唯斗の部屋に向かった。
「唯斗おはようー 」
「…… 」
「まったくー、いつもこうやってお姉ちゃんに起こされてるのかー 」
「…… 」
返事がない唯斗の元へ近づいて、莉奈が勢い良く布団を剥がした。
「ほら、朝だよ起きて! 」
「……ん、うん 」
「眠いのー? 」
「ん…… 」
莉奈が唯斗の手を引っ張って起こそうとした。
「え? 」
「…… 」
「ねえ唯斗、まさかと思うけど体調悪い? 」
「そのまさか、かもしれない 」
「やっぱり、すごい身体熱いもん 」
「莉奈のが移ったのかもな 」
「えー… ほんとにごめんなさい 」
「大丈夫だよ 」
「とりあえずお姉ちゃんに言ってくるね 」
そう言って、莉奈はすぐに下に降りて美奈に報告した。
「お姉ちゃん、唯斗がね、私の風邪移ってるかも 」
「あら〜、昨日一日中唯斗くんずっと莉奈の側にいてくれたからね〜 」
「え、そうなの? 」
「あ、これ言わないほうが良かったかも… 」
「美奈、唯斗のためにそれは言わないほうが良かったかもな 」
「え、お姉ちゃんどういうこと? 」
「言っちゃったからしょうがないか、ずっと唯斗くん莉奈の側にいて看病してくれてたんだよ〜 」
「そうなんだ…… 」
莉奈はすぐに唯斗の部屋に向かった。
莉奈に気づくことなく、唯斗は辛そうに寝ていた。
「なんでよ唯斗、昨日の花火のこと本当に嬉しかったけど、それで自分が移ったら意味ないじゃん… 」
「…… 」
「唯斗。ほんとに優しすぎるよ…… 」
「…… 」
そんな慌ただしい朝を迎えた、兄弟と姉妹はそれぞれ行動を始めた。
快斗は仕事に向かい、莉奈は準備をして学校に向かった。美奈は大学に行く時間まで唯斗の看病をして、帰ってきた後も唯斗の様子をずっと気にしていた。
莉奈は花火のことを学校で桃香や陸たちに謝り、そして唯斗に移してしまったことも色々と説明した。
桃香たちがお見舞いに行くと言ってきたが、莉奈は移してしまうと悪いからと言い、桃香たちがお見舞いに来ることはなかった。
そして、学校が終わった莉奈は誰よりも早く教室を出て、走って家に向かって帰った。
そんな莉奈の様子を桃香はどう思ったのだろう…
桃香の気持ちはどう動いているのだろう…
少しずつこの三角関係もお互いに気づき始め、これから変わり出すだろう… それはもう少し後のことだが。
莉奈が家に着いて、すぐに唯斗の元へ行くと唯斗は辛そうに眠りについていた。
「ごめんね。 早く元気になってね……」
莉奈は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
そんな落ち込む莉奈を美奈が優しく励ます。
「風邪は移っちゃうからしょうがないよ〜 」
「でも、私が風邪をひかなければこんなことには… 」
「莉奈、多分ね今回の唯斗くんと莉奈の立場が逆であっても莉奈もそうしてたんじゃないかな? 」
「……ん 」
「お姉ちゃんは多分そうだと思ってるよ 」
「そうかな…… 」
「うん、きっとそうだよ。だからあんまり気にしなくていいと思うよ〜 」
「うん、でも…… 」
「唯斗くんなら、気にすんなって言うと思うよ〜 」
「そうかな… 」
「うん、だから大丈夫だよ 」
「うん、ありがとうお姉ちゃん 」
この日唯斗は夜まで起きてくることはなかった。薬を飲む際に莉奈が起こして飲ませてあげたくらいだ。莉奈はそれでも寝るまでの間、側に座って手を握っていた。責任感を感じたのか、心配なのか、様々な想いを抱えている莉奈だった。
次の日…
莉奈は起きるとすぐに唯斗の部屋に行った。
「唯斗おはよう 」
「ん…… 」
「起きた? 」
「んぁぁあー、よく寝たー 」
「体調は? 」
「もう全然元気 」
「良かった…ほんと良かったよ…… 」
「久しぶりに熱出したけどやっぱ辛いな 」
「うん…ごめんね 」
「大丈夫だよ、莉奈のせいではないから 」
「でも…… 」
「多分な、おとといのことだけど、長い時間お風呂入った後に暑くて、裸でいたりしたからかなー 」
「え?そうなの? 」
「わからないけど、そういうことにしておこうぜ 」
「え、うん! 」
唯斗が莉奈の頭をポンと軽く撫でた。
「なに! 」
「ありがとうな昨日は 」
「ううん、こちらこそありがとうね 」
「いいよ全然 」
「やっぱり、バカは風邪ひかないって言うし、実際ひいたけどすぐに治るもんだねー 」
「いや、おまえなー! 」
莉奈は唯斗の部屋から逃げ出した。
「あはは 」
「まてっ! 」
こんな朝から笑顔の2人を快斗と美奈も嬉しそうに見ていた。
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