第31話 御祭「オマツリ」


 新年になってから時間が経ち、唯斗たちは少しずつ学校にも身が入るようになってきた。



 1月の中旬のある日のことだった。



「唯斗くんー、朝だよ〜 」


「……もう朝か 」



 唯斗は美奈に起こされていつも通りに起きた。



「おはよう莉奈 」


「おはようー、今日も遅いねー 」


「本当に眠いし、寒いしー 」


「眠いのは自分が早く寝ないからじゃーん 」


「昨日はなんか寝付けなかったんだよー 」


「あそう、そんなことよりも準備早くしてよねー 」



 莉奈はもう食事を済ませていた。


 唯斗は着替えて、すぐに食事を取り始めた。



「唯斗早くしてよねー 」


「うんわかってるよ 」



 なんの変わりもない、いつもの朝だった。


 そして、唯斗の準備が出来て、2人は学校へと向かった。


 学校に着き、教室に入ると桃香と陸のところにすぐに2人は行った。



「2人ともおはようー! 」


「おはよう桃香ー! 」


「おはよう 」


「ねえ唯斗、今週の日曜日ひま? 」



 桃香に唯斗は聞かれた。



「うん、別に予定ないと思う 」


「莉奈はー? 」


「私も大丈夫かな 」


「じゃ、4人で冬花火行こうよ! 」


「え! 冬花火! めっちゃ行きたい! 」


「やったー! 行こう! 唯斗はー? 」


「んまぁいいけど 」


「じゃ、決まりね! 」



 こうして冬のお祭りである冬花火に4人で行くことが決まった。


 莉奈と桃香はどんな浴衣を着て行くか、楽しそうに話している。特に莉奈はかなり楽しみにしてるようだ。




 そんな楽しみな週末の予定が少しずつ近づいて、金曜の学校も終わりを迎えた。



「じゃ、日曜日駅に17時ね! 」


「わかったよー 」


「了解 」


「それじゃ、またね! 」



 こうして予定もしっかりと決まり、桃香と陸と、唯斗と莉奈は分かれた。



「楽しみだね唯斗ー 」


「そうだな 」


「浴衣なんて、着るの久しぶりだなー 」


「そうか、似合うといいな 」


「似合うから大丈夫だしー 」


「なら良かったよ 」


「うん! 」



 2人はそんな話をしながら家に帰った。



 家に帰るといつも通り美奈は夕飯の支度をしていた。



 快斗も帰宅して、夕飯を4人で食べた。


 相変わらず美奈の手料理はバランスの取れた、美味しい料理ばかりだ。本当になんでもできるお姉さん。そうみんなが思っている。



 こうして一日は終わって、土曜日を迎えた。




 基本的に、唯斗は土曜日はお昼近くまで寝ている。起きて一階に降りると、大体、美奈と莉奈はリビングにいる。



 いつも通り唯斗はお昼近くになる時間に起きた。すぐに下に降りて行くと、そこには美奈の姿しかなかった。



「おはようございます 」


「おはよ〜唯斗くん 」


「あれ美奈さん、莉奈は? 」


「んー、なんか珍しく起きてこないね〜 」


「どうしたんですかね 」


「唯斗くん、部屋行って見てきてあげな〜 」


「わかりました 」



 珍しくまだ寝ているのかと唯斗は考えて、莉奈の部屋に向かった。



 トントン……



「莉奈、入るぞー 」


「…… 」


「あいつ、まだ寝てんのかよ 」



 唯斗は莉奈の部屋に入った。


 莉奈のベットに近づいて、声をかける。



「莉奈、もうお昼だぞー 」


「……ん唯斗… 」


「どうしたんだよ 」


「ううん、大丈夫 」


「お前、顔色悪いぞ 」


「ん、そうかなー? 」


「ちょっと待ってろ 」



 唯斗はすぐに下に降りて、美奈さんに報告した。



「えー、体調わるいのかしら〜 」


「わからないですけど、体温計ってどこですか? 」


「えーっとね… 」



 美奈は体温計を棚から出して、唯斗に渡した。



「はい! 」


「ありがとうございます 」



 唯斗はすぐに莉奈の部屋に戻っていった。



「莉奈、ちょっと熱測ってみろ 」


「えー、大丈夫だよ〜 」


「いや、顔色が悪いし、辛そうだぞ 」


「……ん 」



 なかなか熱を測ろうとしなかった莉奈だが、唯斗のいつになく心配する声に流石に諦めたようだ。



「やっぱり…… 」


「うん…… 」


「39度も熱あるじゃないか 」


「大丈夫だよー 」


「そんなわけないな 」


「薬持ってくるから、寝てろよ 」


「うーん…… 」



 莉奈は楽しみにしていた冬花火のお祭りが明日に迫っているからこそ、自分の体調の悪さを分かっていながらも、なかなか熱を測ろうとしなかったのだろう。熱があるとわかりきっていたからこそだ。



 唯斗は下に降りて、すぐに美奈に報告した。



「美奈さん、莉奈の熱、39度もありました 」


「え!? 」


「すごい高いですよね 」


「うん、それもそうなんだけど、あの子あんまり風邪とか引かなくて平熱も低い方だから、多分39度なんて相当辛いと思う〜 」


「え、そうなんですか? 」


「うん〜、じゃ唯斗くん薬を持っていってあげて〜 」


「はい 」


「私、水枕とか用意して持っていくから〜 」


「先行ってますね 」



 唯斗は再び莉奈の部屋に向かった。



「莉奈入るぞー 」


「うん… 」


「大丈夫かー? 」


「うん大丈夫 」


「嘘つくなよ、美奈さんから聞いたぞ、本当は今相当辛いよな? 」


「うーん…… 」


「明日は無理だな、桃香に連絡しておくよ 」


「だめ! 」


「無理だよ、そんな体調でお祭りなんか行けるわけがない 」


「治るから、お願い唯斗…… 」


「そんなこと言われても…… 」



 莉奈の素直なお願いは、唯斗の気持ちを動かしそうになる。


 

 しかし、そこへ…



「絶対にだめだからね 」


「美奈さん… 」


「当たり前でしょ莉奈、そんな身体で花火なんて行かせられないよ 」


「お姉ちゃんお願い…… 」


「いくらお願いされても絶対にだめ 」


「…… 」



 相当楽しみにしていた莉奈にとって本当に辛い現実だった。



「莉奈、これ水枕だからちゃんとこれ枕にして寝て休んでね 」


「うん…… 」


「じゃ、私は下にいるね〜 」


「俺も、もう少ししたら下行きます 」


「わかったよ〜 」



 美奈が部屋から出て行き、下に降りていった。



「唯斗… 私は行けなそうだから唯斗だけでも行ってきてね 」


「それでいいのか? 」


「ん、ううん… 良くないけど…… 」


「お前がこんな状態で俺だけ花火を、見になんて行かないよ 」


「え? なんで? 」


「なんででもだ 」


「うん… 」


「じゃ、ゆっくり休めよ、桃香たちには連絡しておくからな 」


「うん… ありがとう 」



 こうして桃香と陸に連絡をして、唯斗たちの冬花火の計画は無しになってしまった。



 それからその日は莉奈はずっと部屋でおとなしく寝ていた。


 唯斗や快斗、美奈も移らないように、出来る限り接触を避けていた。



 次の日になって唯斗は起きてすぐに莉奈の部屋に向かった。



「莉奈、大丈夫か? 」


「……うん 」


「大丈夫そうじゃないな 」


「ちょっと辛いかも…… 」


「熱測ってみて 」


「うん… 」



 莉奈の辛そうな表情は、いつもの莉奈とは全く違う弱い莉奈の姿だった。それでも可愛いことは間違いがない。逆に、熱を出した時の莉奈は素直で可愛らしい。



「熱下がってないな 」


「うん… 」


「治すために、今日も薬飲んでしっかりと一日寝て、休むしかないな 」


「ごめんね…唯斗 」


「なにが? 」


「私のせいで花火行かなくて… 」


「気にすんな、俺は別に大丈夫だから 」


「ありがとう 」



 こうして、莉奈は1日安静にしていた。夕方頃には少しずつ食欲も出て、何かを食べたいと言う莉奈に美奈はおかゆを作ってあげていた。


 

 外が少し騒がしいような気がする時間帯になって、唯斗は美奈に少し買い物に行ってくると言い残し、家からどこかへ出て行った。


 美奈がその間、莉奈の側にずっといた。



「お姉ちゃん、唯斗は? 」


「どこか出掛けたよ〜 」


「そうなの、お祭り行ったのかなー 」


「それはないんじゃない〜? 」


「桃香と2人で行ってるのかな… 」


「そんなこと心配してないで、ちゃんと寝なよ〜 」


「うん…… 」



 莉奈はそして再び眠りについた。


 美奈は一階に降りると、ちょうど唯斗が帰宅した。



「どこ行っていたの〜? 」


「これと、これ買ってきただけです 」


「あら〜 」


「美奈さんも、これ食べて 」


「ありがとう〜 」



 そう言って唯斗は、買ってきたりんご飴とチョコバナナを美奈に1つずつ渡した。



「俺の分はないのかー? 」


「あるよ、兄さんは昔からこれが好きだったよね 」


「おー、焼きとうもろこしじゃないか 」


「はい、あげるよ 」


「ありがとうな 」



 3人は夕飯を食べて、落ち着いていた。


 少し時間が経つと花火が上がりだす音がしてきた。


 家からちょうど見えるところだった。美奈と快斗は一階のウッドデッキで、唯斗が買ってきたものを食べながら空を見上げていた。



「唯斗くん、莉奈の面倒ちゃんと見てくれるね 」


「あいつなりに頑張ってるな 」


「本当に優しいね 」


「うんそうだなー 」



 兄と姉も、良い雰囲気だった…





 唯斗は夕食後すぐに莉奈の部屋に向かって、寝ている莉奈のベットの近くに椅子を置いて座っていた。


 花火がだんだんと本格的に始まり、音がそれなりに聞こえるくらいになってきた。




「……ん、唯斗… 」


「やっぱり起きちゃったか 」


「うん…音聞こえるね 」


「体調はどうだ? 」


「うん、かなり楽になってきたよ 」


「そうか、花火少しだけ見るか? 」


「うん見たいけど、どうやって? 」


「任せておけって 」



 そう言って、唯斗は莉奈をおんぶをして二階のベランダに連れて行った。



「ここなら遠いけど見えるだろ 」


「うん、見えるね 」


「良かったよ 」


「重くない? 」


「大丈夫だよ、軽いよ 」


「ありがとうね唯斗 」



 おんぶされた莉奈の顔には優しい笑顔が浮かんでいた。



「あ、はいこれ 」


「え、何これありがとう 」


「これくらいなら食べれるかなって思って 」


「これをさっき買いに行ってたのね 」


「うん 」



 唯斗は、チョコバナナとりんご飴を莉奈に渡した。


 莉奈はチョコバナナを食べ出した。



「うん甘いー 」


「美味しいか? 」


「うん、おいひいよ 」


「食べ終わってから喋れよなー 」


「いいのー 」


「はいはい 」


「唯斗って本当に優しいね 」


「そうか? 」


「うん、ありがとうね 」


「いいよ全然 」




 莉奈はベランダで唯斗におんぶされながら花火を少しだけ楽しんだ。2人の距離をある意味かなり縮めることになった冬花火のお祭り。



 しかし、唯斗の体にも異変が起き始めることをまだこの時の唯斗は知らない。


 



 唯斗と莉奈の視線は冬の夜に灯す花火にあった……



 

 





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