第28話 初夢「ハツユメ」



「唯斗くーん 」



 家で、自分の部屋にいた唯斗を誰かが呼びに来た。


 慣れない呼び方と慣れない声だった。



「唯斗くん、開けるねー 」



 唯斗は呼ばれて振り返ると、いつもと何の変わりもない莉奈だった。


 唯斗くん? あれ、くん呼びだったか?…


 そう心の中で唯斗は思っていた。



「唯斗くん、なにしてるのー? 」


「ん、ゴロゴロしてたけど、どうかした? 」


「夜ご飯できたよー 」


「え、うんわかった 」



 唯斗は思った。いつもは美奈さんが作っているのに今日は珍しく莉奈がみんなのご飯を作ったのかと。



「あれ、莉奈何かあった? 」


「何がー?? 」


「いや、なんかいつもと違うなって 」


「えー、そうかなー? 」


「うん、なんかおかしい 」


「おかしくないよー、おかしいのは唯斗くんじゃないー? 」


「いや、おかしいよ、呼び方も 」


「えー? なんかあったのー? まぁご飯できたからすぐに降りてきてね! 私は先に降りてるねー 」


「え、あ、うん 」


 唯斗が1階に降りると、莉奈がエプロンをした姿でお店で出るような料理を作ってテーブルに並べていた。



 唯斗の知っている莉奈はエプロンなどしない。そしてツンツンツンツンデレくらいのペースのツンデレなのに、常に優しい表情の包容力のある女性見えた。いつもと違う莉奈だった。可愛いことに変わりはないが。



 いろいろと不思議に思った唯斗が莉奈に聞いた。



「今日は、莉奈が作ったのか? 」


「ん、今日はってかいつも作ってるよー? 」


「え?…… 」



 唯斗は異変に思った。いつもは美奈さんが作っているはず。それなのに莉奈がいつも…?? どういうことなのか理解ができなかった。



 兄の快斗と、美奈さんもテーブルを囲んでいた。美奈さんは何かいつもと違う。美奈さんがいつもよりセクシーに見えた。胸元の開いたTシャツに、かなり短い半ズボン。いやこれは半ズボンと言えるのか。女子のパジャマみたいなものか。



 そんなことを考える唯斗の元へ、出来上がった最後の料理を莉奈が運び、4人で食べ始めた。



 莉奈の料理は、本当に美味しかった。でも莉奈がこんなに料理をできたのかと不思議に思うことや美奈さんもいつもと違う。多々おかしいことがあった。



 片付けをいつもは美奈としていた唯斗が、今日は莉奈としていた。



「唯斗くーん、ちゃんと洗ってよー 」


「え、あうん 」



 やはりおかしい。そう深く唯斗は思っていた。



「なぁ莉奈、やっぱりなんかあったのか? 」


「だからさっきからずっと何のことー?? 」


「いや、なんでもない… 」



 その日、唯斗はベットに入ったものの、なかなか寝付けないでいた。カーテンから少し差す月明かり。そんな月明かりを見ながら今日あった不思議なことを振り返っていた。


 それでも全然寝れないでいた。何か寝付こうとすると、起きて考えてしまう自分がいた。



 そんな唯斗だったが、時間が経ち深い眠りについていた。




 唯斗が、次の日起きるとベットがいつもより狭く感

じた。



 誰かがとなりに寝ているようだ。小さな身体。そして透き通った肌。女子特有のふんわり香る優しい良い匂い。



 横に莉奈が寝ていた。



 近くで、見るとやはり可愛い。整った目元に、優しい唇。そして何より抱きしめてあげたくなるような小さな身体。そんな美少女である莉奈を改めて感じた。



 唯斗は慌てて起きた。



「あれ? 」



 横に、莉奈はいない。



「夢かぁ…… 」



 唯斗はどこか寂しそうな表情を見せながらも、安心していた。


 夢ではあったが、やはり莉奈は可愛かった。いつもと違う優しい莉奈。家事もこなす莉奈。なんでもできる莉奈だった。そして、唯斗のベットで一緒に寝て、あんなに近い距離で莉奈を見ることはあまりない唯斗にとって、改めて莉奈の可愛さを実感する瞬間だった。夢ではあったが、唯斗にとってはその夢は莉奈のことを深く考える、そして彼女の良さをより深く気づく時間だったのだろう。




「おーーい、唯斗ー 」


「ん、うぁ莉奈 」


「あれ、起きてたの? 」


「お、おう 」


「あら、そうなのね 」


「いつもの莉奈だ 」


「え? 何言ってるの唯斗 」


「いや、なんでもない 」


「あそうー 」


「うん 」


「なんで朝からそんなに焦ってるわけ? 」


「い、いやなんでもない大丈夫だ 」



 いきなりの現実に、困惑する様子を見せる唯斗。



「あら、怖い夢でも見たのー? 」


「まぁ、ある意味な 」


「なにそれー、気になるー 」


「内緒だ 」


「あそう、良い初夢なら良かったね 」


「まぁ、あれはあれでありだな 」


「じゃ、下行ってるから来てね 」


「おう 」



 そう言って、莉菜は部屋から出て行った。



「あれはあれでありだけど、やっぱり莉奈はこれが莉奈だよな。うん。莉奈はこれだなやっぱ 」



 唯斗は、気分が良さそうに笑顔で下に降りて行った。



 下に降りると、美奈や快斗、年末年始ということもあり、唯斗と快斗の母親と莉奈と美奈の父親が当たり前のようにいた。


 美奈は、夢で見たセクシーな服ではなく、少し残念に思う唯斗だったが、どこか美奈はしっかりとしたお姉さんでなければというイメージが強く、いま目の前にいる美奈に安心の様子を見せた。


 

 そんな当たり前なのに、唯斗にとって、大切にしなきゃいけないと感じさせるような初夢だったのだろう。


 

 そんな唯斗の表情を見て、唯斗の母親は言った。



「唯斗、何かいいことでもあったの? 」


「ううん、別に 」


「あらそうなの 」




 そんな唯斗の少し変わった初夢だった。

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