第26話 明月「メイゲツ」



 唯斗の不安は的中した。


 桃香を送り、家に帰ってきた唯斗だったが莉奈は家に帰ってきていなかった。



 美奈も心配が大きくなっていた。



「なんで、莉奈は一緒じゃないの〜? 」


「桃香が怪我して俺が送って行って、莉奈には夜も遅いから先に家に帰るように言ったのですが… 」



 唯斗は自分の部屋から紙袋を一つ持ち出して、すぐに玄関に向かった。



「私に連絡も来てないし、莉奈はどこに行っちゃったんだろう…… 」


「俺探してきます」


「唯斗くん、待って! 」



 ガチャ…



 唯斗は美奈の声を聞くことなく、玄関から出て行った。




 どこ行ったんだよ莉奈……




 唯斗は無事を祈ると共に、駅までの道を雪の中走り出した。



 雪が少しずつ積り始めて、道路は滑る。危険な状態な中、唯斗は一切スピードを緩めることなく走った。



 駅に少しずつ近づいて、街にはカップルがまだこの時間になってもそれなりにいた。車やタクシーもいつもより、駅前に近づくにつれて多くなっている気がした。



 必死に走る唯斗を、駅のクリスマスツリーが迎えるように見えてきた。綺麗に輝くクリスマスツリーの周りにはまだ、人が少しいる。


 

 クリスマスツリーの近くにあるベンチには、見覚えのある姿の美少女が見えた。



 あれだな、絶対にあれだ。いた……



「莉奈ぁーー 」


「……え、唯斗。」



 唯斗は莉奈を見つけた安心からか、気を緩めたのか、雪に滑り転んでしまった。



「唯斗!!! 」


「…… 」


 

 転んだ唯斗に驚き、莉奈はベンチから立ち上がって、唯斗のところに行こうとしたが、唯斗はすぐに立ち上がり莉奈の元に来た。



「唯斗、大丈夫…? 」


「……無事で良かった 」



 唯斗は自分の転んだことを無かったことのように、莉奈の頭を撫でた。



「唯斗…… 」



 泣きそうになる莉奈を唯斗は優しさで包んだ。



「ごめんな莉奈。莉奈の誕生日なのにな 」


「唯斗…… 」


「家にすぐ戻ったけど、お前がいないって美奈さんから聞いて、すぐにここだろうと思って俺は走ってきた 」


「なんで、わかったの 」


「言ってただろ? イルミネーションに行く前に、このクリスマスツリーを見て、ライトアップされそうだから帰りに見て行こうって 」


「覚えててくれたの… 」


「ああ、ギリギリな 」


「ありがとう…… 」


「お前の考えることくらい分かるよ俺は 」



 莉奈は、唯斗の優しさと受け止めきれない言葉が涙と溺れていく。



「綺麗だね、クリスマスツリー 」


「ああ、そうだな 」


「桃香は大丈夫だった? 」


「うん、大丈夫 」


「良かったー 」


「お前の方が心配したよ俺は 」


「ごめんなさい。」


「いいよ、見たかったんだもんなクリスマスツリー 」


「うん、唯斗と見たかったんだよ 」


「え? 」


「なんでもなーい 」


「なんだよそれ 」


「内緒ー 」



 2人は雪の降る中、寒さを忘れてクリスマスツリーを見ていた。



 莉奈の想いに唯斗が気づいているか、否かは分からない。



 もし今回の出来事が、莉奈が桃香に対しての嫉妬でここにずっといて、クリスマスツリーを一緒に見たかった、探して欲しかった。なんて気づいていたとしても唯斗は言わなかった。ただ莉奈はクリスマスツリーを見たかったから、ここにいた。そう振る舞っていた。気づいていたとしても、気づいていなかったとしてともそれが唯斗の優しさなのだろう。



「莉奈 」


「んー? 」


「これ誕生日プレゼント 」


「え? 」



 少し雪で濡れて、クシャクシャになりそうな紙袋を渡した。唯斗が走ってきた証とも言えるが。



 莉奈はその紙袋を開き、中に入っていた箱を開けた。



 そこには、マフラーが入っていた。






 数日前……



 リビングで美奈さんと2人きりの時だった。



「美奈さん来週莉奈の誕生日ですけど、プレゼントって何がいいですかね? 」


「プレゼントかぁ…… 」


「はい、俺はあいつ冬でもマフラーしてなかったなーって思って、マフラーにしようかなって思ってたんですけど 」


「うん、すごいいいと思うよ〜 」


「そうですかね? 」


「絶対喜ぶよ〜 」


「わかりました! 」



 そう言って、唯斗は24日の昼頃一人で出かけると言って、買いに行っていたのだ。






 時は現在へ戻り……



「マフラー、これすっごい可愛い! 」


「つけてみてよ 」


「うん! どうかなー? 」


「うん、似合ってる 」


「やったー! 本当に嬉しい! 」


「良かったよ喜んでくれて 」


「でもなんで、このブランドが私が好きって知ってるの? 」


「よくその服着たり、そのブランドのアクセサリー付けてるじゃん 」


「えー、気持ち悪いー、いつもそんな見てるんだー 」


「は、お前なぁー 」

 

「うそうそ、唯斗ありがとうね 」


「はいはい 」



 莉奈は、昨日である24日に一人でお昼に出かけた唯斗を思い出して、理解した。



 気に入った様子の莉奈を見て、唯斗もとても満足気にしていた。







 その頃……



 家では、遅くなった仕事から快斗が帰ってきた。



「ただいま 」


「快斗くん! 莉奈がいなくなっちゃったの 」


「え? どういうこと? 」



 一件の事情を美奈は快斗に説明した。


 すると、快斗は言った。



「大丈夫だよ、あの2人なら 」


「え、でもまだ高校生だし 」


「大丈夫、唯斗なら 」


「すごい信頼してるんだね 」


「まあな、とにかく2人は大丈夫だよ 」


「信じるね快斗くん 」


「うん 」



 快斗も自分のあの出来事の時、唯斗に変えられたことを思い出し、唯斗なら大丈夫だと確信して言えた。それぐらい兄弟や、姉妹の関係は変わっていた。前からは想像もつかないことだが。





 一方駅では……


 雪が強くなってきて、あたり一辺がより白くなり始めた。クリスマスツリーもより幻想的に見える。



「雪もなんか強くなってきたね 」


「そうだな 」


「そろそろ帰るか 」


「うん!! 」


「じゃ、行こう 」


「ねー唯斗、今日はいろいろありがとう 」


「なんだよそんな改まって 」


「いいの! 言いたいことは言うことにした 」


「そうか、まあこちらこそだな 」


「じゃ、帰ろっ! 」


「おう 」



 2人の手は自然に結ばれていた。





 この時間は2人が大きく変わった時間だった。そんなことは2人とも少なからず分かっていると思う。




 雪のようにこの時間が解けてなくなる前に、お互いの気持ちをこの時、言うべきであった。それを後から後悔するのはまだ先のことだ。




 想いは伝えなければ伝わらないことの方が多い。今言わないとずっと言えない、そんなことになるなんて思わない。だから後悔しないように伝えなきゃいけないことは伝える。それができる人間へとこれからも2人は、いや兄弟と姉妹共に成長していくのだろう。






 雪が降り注ぐのに月は出ていた。それも明るく大きく綺麗な。そんな少しおかしな気候の誕生日とクリスマスだった。

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