第25話 粉雪「コナユキ」


 

 快斗と美奈にとって簡単にはいかなかった2人の世界は、また変わり始めた。




 

 12月25日


 クリスマス当日だ。快斗はこの日は朝から仕事に出かけて行った。前日の快斗と美奈のデートは、それぞれをより高まるものにさせていた。


 前日の美奈の誕生日に続き、今日は莉奈の誕生日ということもあり、朝からお祝いムードだった。


 唯斗と莉奈は、桃香と陸と約束した4人でのイルミネーションを見に行く約束のために準備をしていた。



「お姉ちゃん、こんな感じだけど似合ってる? どうかなー? 」


「うん、すごい可愛いよ〜 」


「ほんとー!? 」


「うん!! 」



 莉奈はいつもとは違った。メイクをして髪の毛も巻いて、とても大人っぽく見える。色っぽさもあるように見えた。



「莉奈ー、行くぞー! 」


「はーーい、今行くー 」



 準備ができた唯斗は玄関先で莉奈を待っていた。



「ごめん、お待たせー 」


「おー、どうしたんだそれ 」


「ん? なにが? 」


「いーや、なんでもないけど 」


「なによー、何か変かな? 」


「全然、めちゃくちゃ似合ってるよ 」


「ほんとー!? 」


「うん、可愛いよ 」


「え、うん…… 」


「なんだよ 」


「なんでもない! うるさいばか! 」


「なんだよ…… 」


「じゃお姉ちゃん行ってくるねー! 」


「はーい、いってらっしゃい〜 」


「美奈さん、行ってきます 」


「うん、2人とも気をつけてね〜 」


「はい 」

「うん!! 」



 夕方になり、家にいる美奈を残して2人は出かけた。


 すっかり空は、夕方でも暗くなっていた。


 クリスマスである今日は、最近の中でも格別に寒く、雪が今にも降りそうだった。


 そんな天候の中、待ち合わせ場所の駅に2人は着いた。


 駅もクリスマス仕様になっていた。大きなクリスマスツリーが立っていた。


「唯斗、見てみてあのクリスマスツリー 」


「もっと暗くなると、ライトアップされそうだな 」


「帰りに見ていこうよ! 」


「そうだな 」




「おーーい、唯斗ー 」


「あ、桃香と陸だ 」


「寒いな今日 」


「うん、そうだねー 」


「あっ、莉奈誕生日おめでとうー 」


「ありがとう桃香ー 」


「はいこれ! 」


「ええ、ありがとうーー 」



 桃香から莉奈には、コスメのプレゼントだった。莉奈はかなり喜んでいる様子だった。



「じゃ行こうぜ 」


「そうだね、行こう 」



 4人は駅から、また少し歩いてイルミネーションのある、イルミランドという冬限定のイルミネーションが主なテーマパークに向かった。



 街を歩き続けていると街にはカップルで溢れていた。流石クリスマス。聖夜は男女の距離を一気に近づける。それは唯斗たちにも関係のないことではないが。



 イルミランドが見えてきて、近づくと、よりカップルで人が溢れかえっていた。



 4人は中に入ったが、人が多すぎて前になかなか進まない。この季節のイルミネーションは元々混んでいることは承知していたが、クリスマスの日にはこんなにも人で溢れかえっているとは思いもしなかった。



「すごいね唯斗、人が多いねー」


「みんな今日はやっぱり来たいんだなー 」


「まぁそうだよねー 」


「うんー 」


「あっ 」


「ん? 莉奈? 」


「唯斗、唯斗ー 」


「莉奈ー、どこだー? 」



 あまり背の大きくない莉奈は人混みに塗れてしまい、唯斗とはぐれそうになっていた。



「唯斗どうしたのー? 」


「莉奈がいないんだ 」


「え? 」


「莉奈ー、どこー? 」


「あいつ、なにしてんだよ 」


「唯斗ーー 」


「あっ、いたよ唯斗! 」


「ほんとだ、ちょっと待ってて桃香 」


「うん 」


「莉奈! 」


「唯斗ーーーー 」


「はぐれるなよ、ここ掴んでおけ 」


「唯斗… ありがと 」



 あまりにも多い人に飲まれて、莉奈がはぐれそうになったが唯斗はすぐに迎えに行った。そして自分の服の裾を掴んでいるように、莉奈に言った。莉奈は泣きそうになっていたが、そんな唯斗に照れを隠さずにいた。



「桃香、今日は唯斗とちゃんと話しなよー 」


「うーん…… 」


「頑張れ 」


「うん…… 」



 唯斗と莉奈のやりとりを見ていた、桃香を陸が励ます。



 4人はそんな人混みに紛れながらも、イルミネーションを楽しんだ。綺麗に彩る様々な仕掛けが客の心を掴む。一面に広がる花畑のイルミネーションは特に心を持ってかれるものだった。



「ここの花畑綺麗だねー 」



 莉奈は目を輝かせて見ていた。



「みんな写真撮ろうー 」


「うん! いいねー 」



 桃香と莉奈が写真を取り出した。女子高生らしい一面だ。


 快斗と陸も写真にうつる。



「陸、写真撮ってー、ママが唯斗と撮ってきてってうるさいからさー 」


「わかったよ 」



 唯斗と桃香はツーショットを撮っていた。



 4人は終わりに近づきながらも進み出したが、人混みが避けることはなかった。



「きゃっっっ 」


「桃香! 」



 桃香は人混みの中、体の大きい男に足を踏まれて、踏みつけられた痛さの上に、捻挫をしてしまった。



「立てるか? 」


「痛っっ…… 」


「無理だなこれは…… 」



 その場に止まっているのはまずいことくらい唯斗はわかっていた。


 陸が言う。



「唯斗、どうする? 」


「仕方ない、ここで止まってても迷惑だし、俺がおんぶしていく 」


「わかった、荷物は僕が持つよ 」


「頼んだ 」


「桃香おんぶするから、乗ってくれ 」


「え?… うん…… 」


 

 桃香は戸惑いながらも唯斗の背中に乗った。


 唯斗が桃香をおんぶして、荷物は陸が持ち、そのまま進んで出口から4人は出た。



「どーする?唯斗 」


「車で迎えにきてもらうのは難しそうだな、この混み具合だと車は動かなそうだし 」


「タクシーもこの人じゃ捕まらなそうだね 」


「とりあえず俺がおんぶするから、駅まで歩こう 」


「大丈夫か? 」


「うん、俺は大丈夫だ 」



 快斗と陸は冷静な判断をしていた。



「唯斗、荷物持つよ 」


「おう、ありがとう莉奈 」



 3人は歩き、桃香は背中に乗って駅まで向かった。



 時間はかかったが無事に駅まで着いた。


 駅はさっき唯斗と莉奈が話した10m程の大きなクリスマスツリーがライトアップされてとても綺麗で、人が周りを囲むように集まっていた。


 そのクリスマスツリーを莉奈は誰よりも見ていた。どこか寂しそうで、悲しそうな表情をしながら。



「じゃ、俺桃香送ってくるから陸と莉奈は家に帰って大丈夫 」


「いや唯斗、そんなの悪いよー 」


「いや、お前その足じゃ歩けないだろ 」


「う、うん… 」


「わかったけど、唯斗1人で大丈夫か? 」


「ああ大丈夫だよ 」


「わかった、頼んだ 」


「莉奈、もう夜も遅くなってきたから美奈さんが心配するから、先に帰ってて 」


「え、でも…… 」


「おれもすぐに帰るから 」


「うん…… 」



 そう言って4人は分かれた。




 唯斗は桃香の家に向かって、おんぶしながら必死に足を進める。


 唯斗の顔にも、辛そうな表情が出てきた。


 軽い女子高生と言えども、30分近くおんぶをしていると流石にきつい。



「本当にごめんね唯斗 」


「しょうがないよあれは。でもあの踏んだやつは何もなかったようにそのまま歩いていきやがったからな 」


「私ももっとちゃんと前を向いて歩けば良かったな 」


「いや、桃香は悪くないよ 」


「うん… 」


「とりあえず、あと少しで着くから我慢してくれ 」


「ありがとう…… 」



 桃香にとって、いつも同じ時を過ごしてきた幼馴染みの唯斗の背中がこんなにも大きく感じたのは初めてのことだ。



「あ、雪だ 」


「本当だ、雪降ってきたな 」



 綿のような雪が唯斗たちの頬をかすめるように降り出した。街灯の灯りから、見える粉雪が綺麗に光っているように見える。



 そんな唯斗は足を進めて桃香の家に無事に着いた。



「本当にありがとうね唯斗 」


「大丈夫だよ、お大事にな 」



 桃香の母親も玄関から出てきて、唯斗に感謝をしていた。そして唯斗を見送り、桃香と桃香の母親は家に入っていた。


 唯斗は降り出した雪を体に浴びながら、家に向かって歩き出した。


 唯斗は心のどこかで何か不安に感じていた。それがまだ何かは全くわからなかった。




「ただいま 」


「おかえり〜、あれ莉奈は? 」


「え?…… 」



 唯斗が家に着くと、莉奈は家に帰ってきていなかった。


 


 唯斗の不安が的中した。




 クリスマス、誕生日、そんな日に限ってこんな不条理なことが起きる。人間らしいと言えばそうだろう。




 しかし、この時の唯斗にとって、莉奈がいないという事実が、心のどこかで不安にしていたことのそれがこの事実だということを理解するのには時間がかかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る