第20話 羨望「センボウ」



 今日、この日から、4人の関係は確かに動き出していた。

 

 快斗は、唯斗との言い合いや自分との葛藤を得て、自分自身を変えることができた。


 月は沈み、陽は昇る。そんな当たり前のことように4人は4人の明日を探すような日々を過ごし始めることになる。




 そして次の日……




 快斗は彩乃と話をするために仕事終わりに事務所で彩乃を待っていた。


 ここ最近、自分の色々な不安定な感情のせいで落ち着かず上手くいかないことが多かった快斗も、少しづつ本来の姿を取り戻してきた。


 心配の様子を見せていた、マネージャーや、事務所の人たちも少し安心していたようだ。

 


 彩乃は仕事が終わり、快斗の元へやってきた。



「おつかれ 」


「どうしたの? 快斗 」


「話がある 」


「うん? どうしたの? 」


「大事な話だから、場所を変えたい 」


「わかったよ 」



 そう言って、事務所から出た。


 快斗と彩乃は家に向かって歩き出した。


 いつもとは違う遠回りの、夜の川沿いの道を歩き出した。


 土手から見える、東京都市の夜景はとても煌びやかだった。川に大きなビルや建物が綺麗に反射していた。


「ねえ快斗話ってなに? 」


「彩乃ごめんな…… 」


「なにが? 」


「俺は自分の気持ちが彩乃にいっていないことが分かっていながら、自分を騙していた。俺には大切にしたい人がいる。その人のことを今までずっと考えていた。今までにない感情が込み上げてきて、分からないこともたくさんあったが、昨日しっかりと話すことができた。自分の気持ちも確かめることができた。彩乃には本当に申し訳ないことをした。謝ることで許されるとは思わないけど、俺には謝ることしかできない。本当に申し訳ない 」


「分かってたよ。全部…… 」


「彩乃…… 」


「私は、それでも快斗の側にいたいって思った。夜遅くに歩いていたあの日。あんなに辛そうな顔を見たのは初めてだったよ。普段自分をあんまり見せない快斗のあんな表情。私に頼ってくれて、私は快斗のために出来ることしたいって思ってた。だから私は快斗のことが少しずつ好きになって側にいたいって思ってた。たとえ私に、今気持ちがなくても、いつかは、って…… 」


「彩乃… 本当に申し訳ない。それでも俺は彩乃の気持ちにはやはり答えられない。どうしても大事にしないといけない人がいる 」


「うん、分かった… 」


「本当にごめん 」


「ううん、大丈夫だよ…… 」


「彩乃は本当に優しいんだな 」


「何かあったら私に相談してね 」


「ありがとう…… 」


「じゃ、私こっちだから帰るね 」


「うん、気をつけて 」



 そう言って、彩乃と快斗は分かれた。


 快斗には見せないものの、彩乃の目には涙が溢れ落ちていた。



 愛想つかされちゃったかな。君のことを好きだと知った日から、君じゃなきゃって。たとえ君が偽りでも……



 彩乃の冗談混じりの本音なんて、誰にも伝わるはずがない。人の痛みや弱さなんて、誰にでも分かるほど簡単じゃない。誰にでも分からないからこそ難しいのだろう。



 暗い夜の川沿い、向こうには煌びやかな景色。快斗も家に向かって1人で歩き出した。






「ただいま 」



 彩乃は家に着いて、帰ってこない返事。1人になったことを肌で実感していた。


 誰もいない1人の部屋で、自分の気持ちを苦しめる想いに犯されていた。そんな彩乃の壊れかけた心を表すような痛いげな表情が現れていた。







「ただいま 」


「おかえりなさい〜 」



 彩乃と反対に快斗が家に着くと美奈はしっかりと出迎えてくれた。



「しっかりと、さっき話してきた 」


「そっか… 大丈夫? 」


「大丈夫だよ 」


「前みたいに優しい嘘で強がらないでね 」


「うん、分かってるよ 」


「私がいるから 」


「ありがとうな美奈 」


「ご飯みんな待ってるから、すぐ降りてきてね〜 」


「うん 」



 美奈から逃げるように、ゆるんだ涙腺をキツく閉めて、快斗は2階に上がっていった。



 君は本当に正しいことしか言わないんだな

 俺は君に変えられてしまったんだな

 それでも…ありがとう……



 快斗の本音は、思わず言葉にしていた。誰にも聞こえるはずがないが。



 4人の食事も、前のように楽しく、雰囲気も元に戻ったようでみんなが幸せそうだった。



 食事が終わり、快斗はすぐに風呂に行った。


 唯斗と美奈は食器洗いをしていた。



「唯斗くん本当にありがとうね 」


「いえいえ、良かったです 」


「本当に良かった〜 」



 美奈はの笑顔は本当に周りを幸せにする笑顔であった。


 嬉しくて良いことをしたはずなのに、兄のことが本当に好きである美奈を目の前にすると、唯斗は何かいかつかない気持ちだった。



「唯斗ーー! 」


「どうしたー? 」


「これ見て! 」


 莉奈に呼ばれて、唯斗は近寄った。


「ほら、これ! 」


 そこにはファッション雑誌の隅ではあるが、快斗の姿があった。


「快斗くんだよねこれ 」


「うんそうだな 」


「すごいなやっぱり快斗くんは 」


「そうだな 」




 唯斗は、美奈が好きな兄、そして莉奈にも憧れられる兄に対しての嫉妬心が前よりも強くなっていた。美奈のことや莉奈のことを想えば想うほどに……





 容姿は完璧と言えるほどの兄が、性格や考え方も変わり、より人として成長した兄になった弟の心情には、煮え切らない気持ちでいっぱいになっていた。





 そんなことを美奈や莉奈がわかるはずもなく、これからの日々を過ごして行くことが、唯斗を苦しめていくことになるのだった……


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