第17話 空虚「クウキョ」




 あの日から美奈と快斗の距離は離れていく一方だった。



 

 そうあの日から…







 トントン……



「快斗くん、入るね 」

 


 そう言って、美奈は酒臭い快斗の部屋に入った。



 返事がなく、寝ていた快斗の首元には、いくつかのキスマークが付けられていた。



 嘘でしょ……







 この日のことは美奈は今でも忘れない。



 この消せない記憶は脳裏に焼き付いていた。



 


 それから一ヶ月近くが経ったが快斗と美奈が話すことはなかった。



 その2人のことを唯斗や莉奈はデリケートな問題と捉えて、深く踏み込まないようにしていた。時間が解決してくれるだろうと。





 9月下旬の日曜の夜ことだった。



「うおー、美味そうー! 」


「お姉ちゃん、すごい!! 」


「うん、今日は頑張っちゃった〜 」



 その日の夜ご飯は美奈の手作りハンバーグだ。


 4人は美味しそうに箸を進めた。



「お姉ちゃん、私にも教えて今度 」


「いいよ〜 」


「いやぁ、本当に美味い! 美奈さんは本当になんでもできるんだな 」


「なーによ、私に対しての嫌味ー?? 」


「あははは 」



 夕ご飯の時も、このように快斗と美奈が会話をすることはない。



「ごちそうさま、俺明日から1週間帰らないから 」


「仕事か? 兄さん 」


「そうだ 」


「大変だね 」


「まぁな 」



 それだけ言って、兄は自分の部屋に戻っていった。



「美奈さん、莉奈、本当に申し訳ない 」


「ん、なにが? 」


「あんな、兄で本当に申し訳ないよ 」


「全然いいのよ〜、唯斗くんが謝ることじゃないよ 」


「でも…… 」


「いいってー! 一緒に暮らしていたら、こーゆう時もあるからしょうがないよ 」


「莉奈…… ありがとう 」


「うんうん 」


「美奈さんも、ありがとうございます 」


「いいのよ、私の問題でもあるの、本当は私が謝る立場だよ〜 」


「そんな、全然美奈さんは悪くないですよ 」


「君は、本当に優しいのね…… 」


「ん、何か? 」


「ううん、なんでもないよ〜 」




 それからの1週間は快斗は本当に帰ってくることはなかった。それどころか、その後もだが……



 美奈だけではなく、莉奈も、もちろん唯斗も兄のことは心配になっていた。



 どんどん離れていくようで……







 10月に入り、寒さが少しずつ現れ出した。秋の風が頬を撫でる。



 そんな朝の出来事だった。



「いってきますー 」


 莉奈が家を出た。


 いつも通り、後ろから唯斗が追いかける。


「唯斗もっと早く準備できないの? 」


「おまえが早いんだよー 」


「違うね! 唯斗が遅いの! 」


「ああ、そうですかー 」



「おはようー 」


「おー、桃香おはようー 」


「桃香!! おはようー!! 」


「唯斗、莉奈おはよう〜 」


「おう! 」


「唯斗お誕生日おめでとうー 」


「昨日だけどな、ありがとうな! 」


「うん、はいこれプレゼント 」


「うぁ、美味そう!! 」



 桃香から手作りケーキとクッキーを唯斗はもらっていた。


 昨日の9月30日、日曜日は、唯斗の誕生日だった。唯斗は誕生日を迎えて、17歳になった。もちろん快斗は帰ってくることはなく、唯斗の誕生日は3人で祝った。


 美奈の誕生日は、12月24日でクリスマスイブ。そして莉奈の誕生日は12月25日のクリスマスだった。まだまだ先のことだが、2人の誕生日になにも起こらないわけがない。そんなことはまだ快斗と唯斗は知らない。

 


 その日の学校も普段と変わらず、過ごした。


 放課後は莉奈はすぐに帰り、唯斗は陸と桃香と教室で話していた。



 唯斗が家に帰る途中のことだった。話し込んでいたせいか、夕方遅くなっていた。



 兄の快斗が見知らぬ女性と歩いているのを見かけた。すぐに唯斗は気になり、後を追った。


 すると、快斗はその見知らぬ女のマンションに一緒に入っていくのが見えた。


 唯斗は驚きを隠せなかった。そして兄に対しての不信感を改めて覚えた。



 その見知らぬ女とは、もちろん彩乃のことだ。

 


 唯斗はすぐに家に帰り、先の出来事を莉奈に伝えた。



「はぁー!? 」


「おまえ、声がでかい! 」


「あ、ごめんごめん 」


「美奈さんには言えないよな…… 」


「でも、お姉ちゃんには言わないと…… 」


「どうすれば…… 」


「私も流石にそれは言いにくいなぁ 」


「だよな、俺の兄さんのことだ。俺が言う。」


「うん。でもこれは慎重に行動してね 」


「うん、わかってる 」


「協力は出来るだけするから 」


「ありがとう 」



 そして、3人は夕ご飯の時間になって、いつも通り他愛もない話をしながら食べ進めた。


 食べ終わると、唯斗がいきなり場の空気を変えた。



「美奈さん、話があります 」


「ん、どうしたの〜? 」


「兄さんのことですか、兄さんが今日見知らぬ女性とマンションの中に一緒に入っていくのを見ました 」


「そうなんだ 」


「はい、伝えるべきか迷いましたが、伝えました 」


「うん、ありがとう 」


「驚かないんですか? 」


「知ってたよ 」


「え? 」


「えっ! お姉ちゃん知ってたの? 」


「うん、知ってたよ 」


「いつからですか 」


「夜家出をして、帰ってきた日からだよ 」


「そんなに前から? 」


「なんで言わなかったのお姉ちゃん! 」


「言わなかったんじゃなくてね、言えなかったの 」


「そ、そうだよね…… 」



 莉奈も姉の知っていたことに対して、驚きが隠せず、言葉を失っていた。



 美奈も知った理由がキスマークなんて、言えなかった。いや、言いたくなかったのだろう。



「なんで知ったんですか? 」


「それは言えない。ごめんね 」


「あ、はい…… 」


「快斗くんは、もうお家に戻って来ないのかな…… 」



 莉奈の心配そうな言葉に唯斗が返した。



「そんなことないよ。あの人が彼女とか、大切な人だったとしても、俺たちとの関係を、放ったらかしにさせたままにはさせない。俺がなんとかする 」


「唯斗くん…… 」


「唯斗、私たちも協力するわ 」


「おう、ありがとう 」



「わ、私はいいかな…… 」


「え? 美奈さん? 」


「私はもう、快斗くんとはうまくやっていけない… 」


「そんなことないですよ 」


「私だって、そうしたい。そうしたいけど、彼はもう戻って来ない気がするの…… 」


「そ、そんな…… 」



 快斗が弟や、姉妹たちがこんなにも思ってるなど、理解もしていなかった。





 理解できるはずがなかった。





 美奈の空虚な想い。そして快斗の想いは、どうなのか。





 2人のこれからを思うと、雨の降る前の曇り空のようだった……

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