第18話 残された人々 その2

<side 夏樹朱音>


 白い光の中に久遠が飲み込まれていく。


 待って!行かないで!!


 必死に手を伸ばす私に、久遠は微笑みながらもその手を取ろうとはしなかった。


 何で……どうしてよ……?


 光の中に久遠が消えていく。


 嫌だ……一緒にいてよ……。


 行かないで!!


***


「朝か……」


 目を覚ますと、そこはいつもと変わらない王城の私の部屋だった。


「朱音様……そろそろ部屋から出られてはいかがでしょうか……?」


「ごめんなさい……」


 私の専属執事に今日も断りをいれる。あの日、私の目の前から久遠が消えた日から私は3日間、未だに立ち直ることが出来ていなかった。


 部屋に運び込まれたご飯を食べ、部屋の中でひたすらに剣を振る。初めは何もする気は起きなかったが、何もしていないと久遠のことを思い出して辛くなる時間が多くなった。だから、その悲しさを誤魔化すために私はただ無心で剣を振るっていた。



「もう夜か……」


 今日も一日が過ぎた。一日の終わりに武藤君から渡された久遠が最後に残したという手紙を今日も読み返す。今となってはこの手紙だけが久遠がいたというたった一つの証拠だ。




コンコン


「誰……?瑞樹?ごめん、私はまだ……」


「ナツノ様、エリザです」


 エリザさん……?確か、久遠のメイドさんだったはずだけど……その人がどうして……?


「シバ様より、ナツノ様に渡して欲しいものがあるとのことでしたので扉の前に置いておきます」


 久遠から私に……?


「……シバ様の思いを無駄にしないでください」


 エリザさんの言葉には若干の怒りが含まれているような気がした。扉の向こうから人気が無くなってから私は扉を開けた。そこには一枚の紙が置いてあった。


『 朱音へ


 朱音がこれを読んでいる時、僕はきっとこの世にいないことになっているでしょう。さて、早速だけど朱音にお願いがある。僕は実は生きているかもしれない。いや、多分死んでると思うんだけどもしかすると生きてるかもしれない。でも、僕が生きてるかもしれないことは誰にも言わないで欲しい。後、万が一元の世界に戻れたとしたら、両親に産んでくれて、育ててくれてありがとうと伝えて欲しい。それと、少しの間お別れになってしまうことの謝罪もしておいて欲しい。

 だから、朱音は生き抜いて欲しい。僕の両親に僕の言葉を伝えるためにも、僕が生きてたときにまた会うためにも。 』



 手紙はそこで終わっていた。馬鹿でお人好しな久遠らしい、私を気遣った手紙だった。


「本当にバカ……」


 自爆魔法を使ったものは例外なく必ず死ぬ。久遠が自爆した日から私は久遠が生き残ってる可能性を捨て切れずに自爆魔法について調べた。その結果、得られた結果がそれだ。


ポタ……ポタ……


 もう枯れてしまったと思っていた目から雫がこぼれ落ちる。


「なんで生きてるかもしれないって言ってるのに、両親への言葉を私に託すのよ……」


 分かってる。久遠は私が生きる理由を作るために、私がもとの世界に帰る理由を作るためにそう手紙に書いたんだ。

 あのお人好しのバカは死んでまで私を守ろうとしてくれているんだ。



「……バカ……本当にバカ」


 でも、一番のバカは私だ。幼馴染って関係に甘えて自分の気持ちを伝えることも出来なかった。自分の力に過信して、あいつを守れるって調子に乗ってあいつ1人に背負わせた。




 私の愛する幼馴染は死んだ。


 私が彼のいない日々を耐えられるかどうかは分からないけど、彼が確かにいたということを証明するためにも私は生きようと……そう思った。それが死んでしまった彼の最後の願いだと思うから……。


<side end>

***


<side エリザ>


 初めて出会った時は呑気な人だと思った。大した力を持っているわけでもないのにへらへらと笑っている。その姿が私にはこの世界を舐めているように見えて、あまりいい感情は湧かなかった。


 でも、彼が誰よりもこの世界に真剣に向き合っているという事実に気付くにはそう時間はかからなかった。朝早くから、自主的に訓練をし、夕方には書庫で知識を求める。その姿は誰よりも真剣で普段のふざけたような様子とは違っていた。


**

「あー、もう最悪。救世主様を国に引き留めるためなら仕方ないけど、女性経験のないガキを相手になんてしたくないってのに……」

「本当よね……顔が良ければまだいいけど……私は生憎とはずれですし……はあ」

「エリザのところの男はどうなの?」

 

 救世主担当のメイドたちと入浴していると、彼のことを聞かれる。


「私はまだ、そういったことはしていませんね……」


 私がそう言うと、他のメイドたちは皆驚いたような表情を見せた。


「はあ!?エリザそれってまだそういうことを求められていないってことなの?」

「エリザほどの美人に手を出さないってそいつどうなってんの?」

「もしかして……女に興味ない?」


「ど、どうなんでしょうか……?」


「まあ、でもそのうちやらないといけないわよ。それが私たちの仕事の一つだしね」


**


 王城内での何気ないメイドたちとのやり取りを思い出す。

 私たちメイドには救世主たちの夜のお世話をすることが仕事の一つになっていた。初めに私たちが救世主たちにあてがわれた時から、私たちにはそういった役割があるということも伝えられているはずだが、彼は結局私に手を出すことはなかった。


 毎日、夜に彼の部屋を訪れても他愛のない話をするばかり。何度も繰り返すうちにいつの間にか私は彼に心を許してしまっていたのかもしれない。今日は何を話してくれるんだろう。いつの間にか、私は自分自身の本当の役割を忘れて彼と過ごす時間を楽しんでしまっていた。



 でも、ある日の夜に私は自分の役割を嫌でも思い知らされることになった。


**


「よお……久しぶりだなお嬢様」

「……っ!……久しぶりです。あなたがここに来たということは命令ですか?」


 ある日の深夜、私の部屋に現れたのは魔界四天王の一人だった。


「ああ。救世主の戦力とそいつらの初陣の日付と場所を教えな。それと護衛の人数と戦力も頼むぜ……ないとは思うが、嘘の情報を伝えたりしたらてめえの家族は全員死ぬぜ?」

「……かしこまりました」


 そう言い残すと、魔界四天王は姿を消した。


 これが、私の本当の姿。人間界の情報を魔界に売り飛ばす裏切者。


 本当なら私は今は無いとある国の王女だった。でも、その国は魔王軍の侵攻により滅ぼされ、王族である私たち家族は魔王に捕らわれた。家族内でも魔力が一番多かった私は魔王に取引を持ち掛けられた。それが、家族を救う代わりに魔王の手下となること。どうしても家族を救いたかった私は馬鹿なことだと分かっていながらその取引に応じた。


 それからはいくつかの国を渡り、その国を魔王軍が侵攻する手助けをしてきた。いろんな人を犠牲にしながら私は進んできた。そして、魔王が最後に私に言ってきたのが今回の仕事だった。


**


 結果として、私の仕事は上手くいった。救世主たちの情報を誰にもばれることなく魔王軍に渡した。

 

 でも、それは私にひと時の幸せを与えてくれた彼を殺すということを意味していた。



 魔族の襲撃が行われる日の前日。私は意を決して、彼のベッドの上で彼を待っていた。今まで魔王軍からの指令で男に抱かれることはあったが、自らの意志で行動に移すのは初めて出会った。せめて彼に最後にひと時の幸せを。彼を殺す手助けをしている私が何を言っているのだという感じではあるが、私にはこれくらいしかできることはなかった。


 そして、彼が部屋に入ってきた。彼は一瞬硬直した後、私の身体を抱きしめてきた。


 な、何を……!?い、いや、こうされることは覚悟の内だ……。落ち着いて落ち着いて……。


 私が覚悟を決め直していると、彼が突然語り始めた。

 その言葉が、その手が、優しくて、温かくて……離れたくないとそう思ってしまった。


 でも、そんなこと裏切者の私が言えるわけがない。

 胸にこみあげてくる悲しさと自分への怒りを抑え込み、私は部屋を出て行った。



 そして、次の日に彼は出て行った。


「エリザさん、今までありがとう。さようなら」


 その言葉を残して。


 今ならわかる。彼はきっと私がスパイだったことに気付いていた。そのうえで、私を逃がしてそして自らの命を引き換えに自分以外の救世主たちを救ったのだ。


「……ごめんなさい……ごめんなさい」


 私が、他でもない私が彼を殺した。私にひと時の幸せを与えてくれた彼を私は自ら突き放した。


 私の救世主はもういない。

 自らの救世主を自ら殺した私を救ってくれる人は……もう現れない……。


<side end>

***


 

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