第17話 残された人々

<side 武藤健>


「……え……。」


 目の前で何が起きたのか分からず頭が真っ白になる。

 た、確か……久遠が来て……それで…………久遠が爆発した?


「う、うそ……いや、いやああああああ!!!」


 僕の隣で夏樹さんが発狂する。そう言えば彼女は久遠の幼馴染だっけ……。

 どうでもいいことばかりが頭に浮かぶ。


「健君……。」


 瑞樹ちゃんが心配そうな顔でこちらを見てくる。


「生きてるよ……約束したんだ。一緒に帰るって……。」


 ふらふらと歩きながら、久遠の姿を探す。しかし、久遠と魔族の男の姿はどこにもなかった。ただ、その場には僅かな血の跡と、魔族が持っていた刀が砕かれた状態で置いてあった。


「健君……辛いのは分かるけど、今は皆を起こしてここを移動しよう。」


 瑞樹ちゃんの言葉が頭に入ってこない。

 その後、僕らは森にやって来た騎士団の方々に連れられ森を出たけれど、誰一人として何も喋ろうとしなかった。



***


 王城に戻った僕らは負傷している人は治療に、何が起きたか知ってる人は事のあらましを話すことになった。

 全てが終わったことには辺りはすっかり暗くなっていて、僕はなんとなく久遠のいた部屋の前に来ていた。


 この扉を開ければ、いつものように久遠がいるような気がして扉を開ける。


「……っ!?……武藤様ですか。」


 暗い部屋の中には小さな灯りがついていて、中には久遠の専属メイドのエリザさんがいた。


「エリザさん……久遠は……。」


 エリザさんにも起きたことを話す必要がある。でも、僕の口から久遠が死んだという事実はとても言えなかった。


「分かっています。この世界ではこういったことは珍しくありません。それでは、私は失礼します。」


 手に手紙のようなものを握りしめて、エリザさんは足早に部屋から出ていった。

 その目元は赤くなっていた気がした。



 久遠はもういない。その事実を改めて認識した僕は部屋に戻ろうと思った。


「あ……灯り消しといた方がいっか。」


 だが、部屋の中に灯る小さな灯りが気になったため、その灯りだけ消すことにした。

 部屋の中に入り、灯りを消そうとした時一枚の紙が机の上に置いてあることに気がついた。

 何気なく手紙を手に取る。


『 この手紙を読んでいる人がいるってことは恐らく僕はもうこの世にいないのだろう。 』


 手紙を持つ手に力がこもる。その手紙は久遠の遺言書だった。


『 さて、何から話せばいいか分からないがとりあえず僕が死んだことで悲しんでいる人がいたら伝えて欲しいことがある。まず、僕は自分の人生に後悔なんてない。僕が死んだということはきっと誰かを守るために自爆したということだろう。ならば、命をかけて守りたいと思える人が出来たこと、そして、その人たちを守ることが出来たのならば僕は満足だ。 』


 久遠にとって僕らは守るべき対象だったことに悔しさを感じる。そして、久遠にそう思わせてしまった自分自身の弱さにどうしようもないほど憤りを感じた。


『 後悔はないと言ったけど、心残りはある。それは僕の大切な人たちが無事に元の世界に帰れるかどうかということだ。僕のクラスメイト、友人、幼馴染そして親友。図々しいとは思うが、この手紙を読んでいる人にお願いしたい。どうか僕の大切な人たちが元の世界に戻る手伝いをしてやってくれないだろうか?彼らは強い。だが、彼らはまだ幼い。彼らが元の世界に帰れるその日まで、この手紙を読んでいるあなたが彼らを支えてくれることを願う。 』


 手紙はそこで終わっていた。手紙の最後の方は少し文字が震えていて、水滴の跡があった。


「誰かに頼むくらいなら、君が支えてくれればよかったじゃないか……。」


 どれだけ願ったって久遠はもう戻ってこない。僕らは異世界に来てきっと浮かれていたのだ。僕らは強い。負けるわけがない。僕自身も強いクラスメイトに囲まれていることから心のどこかで安心していたのかもしれない。

 死ぬわけがない……と。


 だから、こうなった。誰よりも冷静に状況を判断していた久遠を死なせてしまったのはきっと僕らだ。


「……うぅ……ごめん、ごめん……。」

 

 今更気付いたところでもう遅い。それでも僕にはただ謝ることしかできなかった。


<side end>

*****


<side 晴夫>


「これ……読み終わったら村田君にも読むように伝えて欲しい。君たちはこれを読むべきだと思うから。」


 武藤がそう言って俺に渡してきた手紙は久遠の遺言書だった。



 馬鹿な男だった。

 柴久遠という男は周りのことなんて殆ど考えていない。


 中学生の頃、クラスの女子の体操服が盗まれたと事件になったことがあった。

 そのとき、当時から女の子好きだった俺は真っ先に疑われた。クラスの中には俺のことが嫌いな女子もいて、俺はいつの間にか犯人扱いを受けていた。

 教師でさえ俺を疑っている。味方は誰もいない。そんなときだった……柴久遠という男を知ったのは。



「滝本君は絶対違うでしょ。めちゃくちゃ女の子好きな滝本君が女の子を悲しませることしないよ。」

 


 クラスの雰囲気なんて一切気にせずにあいつはそう言い切った。その発言で自分の立場が悪くなるとか、そんなことは何も気にせずにあいつは自分の考えを淡々と語った。

 そのあとは久遠の言葉で話し合いはうやむやになり、後々になって俺が犯人ではないということは証明された。


 俺は救われた。犯人扱いから逃れたという意味ではない。俺の本質を理解してくれる人間がいたという事実と俺のことをちゃんと見て信じてくれる奴がいるという事実に俺は救われた。

 だから俺は柴久遠を理解しようとする。俺がそうしてもらったから。



「……何が全員が笑える未来だよ。何も笑えねえよ。……でも、約束は守るぜ。それがお前を理解しきれなかった俺が出来る唯一のことだからな。」



 残されたやつの気持ちなんて何も考えちゃいない。

 柴久遠という男は本当に馬鹿な男だ。


<side end>

*****


<side 武蔵>


「武蔵、これ読めよ。」


 傷ついた身体を癒すべく、部屋で安静にしていると晴夫殿が拙者に手紙を渡してきた。

 その手紙は久遠殿の遺言書であった。


「……まだ何も返せていないでござるよ。」


 また拙者は久遠殿に救われてしまった。高校入学当初から拙者は久遠殿に何も返せていない。


 高校入学当初、拙者はこの特徴的な喋りとアイドルオタクということでクラスでかなり浮いた存在であった。勿論、それは拙者自身覚悟していたことであるため仕方ないと思っていた。


 だが、クラスでも中心人物に喋り方などを馬鹿にされたり拙者のネット上のオタ友たちを馬鹿にされることはかなり心苦しかった。

 クラスの中ではオタクであることを隠そうと思っていたその時だった。久遠殿と出会ったのは。


「え?何で喋り方変えるの?オタクも隠す必要ある?僕には分かんないけど、それは村田君の大切なものじゃないの?大切なものを胸張って自慢して何が悪いのさ。僕は村田君みたいに大切なものを堂々と自慢してる人好きだよ。」


 ハッとした。

 拙者は自身が大切だと、自慢できると思っていたものを恥ずかしいものだと考えてしまっていた。周りの目を気にして、大好きなものを必死に隠そうとしていた。それは、拙者自身が拙者の大好きなものを否定する行為なのではないかとそう思った。

 だから、拙者は胸を張って宣言する。拙者はオタクだ。アニメ、漫画、アイドルが大好きだ。と。


 そして、拙者に大切なことを気付かせてくれた久遠殿に恩返しがしたいと……ずっと思っていた。



「……久遠殿は卑怯な男でござるな。こんな形で死なれては拙者たちは久遠殿のお願いを聞かないわけにいかないでござるよ。」


 もう久遠殿に直接恩返しすることはできない。ならば、拙者に出来ることは久遠殿が望んだ未来を実現することだけだ。


「明日から忙しくなるでござるな……。」



 一際大きな満月が拙者を照らしていた。


<side end>

*****

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