第15話 魔族の男

「ファイアウォール!!」


 混乱が支配する森に、武蔵の声が響きクラスメイトと護衛の人たちを覆うように炎の壁が生まれる。


「あ、あちぃ!!」

「な、何だよこの壁!!」

「い、いやああ!逃げさせてよ!!」


 これで少しは落ち着くかと思われたが、むしろ逆効果のようだ。護衛の人たちも僕らを守ることに必死でボロボロになってしまっている。


「久遠!頼んだぜ!」

「久遠殿!頼むでござるよ!!」


 晴夫と武蔵の期待の目が僕に向かう。

 まあ、任せてくれ。ここは僕が一発かまして……。


「皆!!落ち着け!!」


「な、何なんだよ!!こんなことなら戦うなんて言うんじゃなかった!!」

「パパー!!ママー!!」


 僕の声は混乱している皆には届かなかった。

 晴夫と武蔵の冷たい視線が僕を突き刺す。お前、まさか声で何とかなると思ってんじゃねえだろうな。と、その目は雄弁に語っていた。


 当たり前だろう。さっきのはあれだ。フェイクだ。


「スゥ…………みんなぁああ!!落ち着けええええ!!!」


「も、もうだめだああああ!!」

「お兄ちゃーん!!」

「ああ……死ぬ前に一度でいいから妹に『にいに』と呼ばれたかった……。」



 ふっ……。


「万事……休すか……!!」


「「お前、バカか!!!」」


 し、失礼な……!僕の計算ではこれで確実に全員落ち着くはずだったんだ!


「大混乱のあいつらにてめえの声なんて届くか!!」

「そうでござるよ!自信満々に言ってたから任せたでござるが、声だけって何でござるか!!」


 武蔵と晴夫が僕を徹底的に叩いてくる。


「だ、だったら二人がやればいいじゃないか!!」


「うるせえ!!俺だってそう思ってるわ!でも、お前がどや顔で任せろって言ってたから何も準備してねえんだよ!!」


 

「何やってるの!?早く、構えなさい!!」


 僕らが3人でぎゃーすかわめいていると、いつの間にか近くにいた朱音に怒られた。


「あれ……?朱音?何でここに?」


「何でって、あんたたちが変なことしてるからでしょ。周りを見なさい。皆、もう立て直して戦い始めてるわ。まだわめいてるのはあんたたちだけよ!」


 朱音に言われ、周りを見るとローズさんを背負って一番後ろにいたはずの神崎君が前で皆を先導していた。


「神崎君……?何で?」


「久遠殿、あれを見るでござる。」


 武蔵の指さす方を見ると、そこにはローズさんを背負いながら負傷した護衛の方々を避難させている健の姿があった。

 なるほど……どうやら健が神崎君を先頭に立たせて皆の混乱を止めたみたいだ。


「武藤のやつ……やるじゃねえか。これは、久遠より武藤を作戦に参加させるべきだったか?」


 晴夫はジト目でこっちを見ていた。

 

「晴夫、ジト目はお前に似合わない。やめてくれ。」

「何わけわかんねえこと言ってんだ。今回のは失敗したみたいだけど、次のはしくじんなよ。」


 晴夫が真剣な顔でこっちを見てくる。

 分かってる。次の僕の仕事が一番大事だからな。


「久遠殿、晴夫殿!!魔物が来るでござるよ!!」


 武蔵の言葉に僕は剣を、晴夫は弓を構えて魔物を迎撃する。冷静に行動すれば倒すのはそう難しくない。


「あんたらは大丈夫そうね。ごめんなさい。私は他にもフォローしなきゃいけない人たちがいるからもう行くわ。滝本君、村田君……そこのバカよろしくね。」


「おい朱音。僕がバカとはどういうことだ。」


「任せろ。このバカは俺たちが責任もって面倒見る。」

「どうしようもないバカでござるが、親友でござるからな。任せるでござるよ。」


 晴夫と武蔵の言葉に朱音は苦笑してからその場を離れていった。

 何故だ……?何故この僕がバカ扱いされているんだ?


「さて……久遠殿。とりあえず、想定とは違ったでござるが拙者らの望む状況が出来たでござるな。」

「そうだね。よし、行こう。」


 僕の言葉を合図に、僕らはクラスメイトの周りをそっと離れていった。


***


「……っ。……くそ……が……。」

「……。」


「くくく……!まあまあ楽しめたぜぇ。ま、今回はてめえらは対象外だから命だけは見逃してやるよ。」


 僕らが来ていたのは魔族の男とグランさん、ヘルドさんが戦っている場所の近くだった。

 ここまでわざわざ戻ってきた理由は二つ。一つ目はあわよくばグランさんとヘルドさんを助け出すこと。そして、二つ目は武蔵が持つ<鑑定>のスキルで魔族の男のステータスを確認すること。


(……っ。……久遠殿……あいつは拙者らが思っていた以上にやばい相手でござるよ……。)


 ステータスを見た武蔵は冷や汗をかいていた。


(どうだったんだ?)

(あの魔族の男自体のステータスは魔力、知力以外は神崎殿とほぼ同じでござる。だが、あの男の持つ刀……あれがやばいでござる。……斬った相手のステータスを吸い取り、持ち主のステータスに加算していくという強力な能力に加え、『不壊属性』が付いているでござる……。)

(……ってことは、今のあいつは今までにあいつが倒してきやつのステータスが加算されてるってことかよ。あいつ、魔界四天王って言ってたし、今もグランさんとヘルドさん倒してるしそれってかなり不味くないか?)


 晴夫の言う通りだ。武蔵の話が本当ならばあの魔族は際限なく強くなっていくことになる。少なくとも、今あの魔族に倒されたグランさんとヘルドさんの分あの魔族は強くなっていることになる。


「さて……と……そんじゃま、いよいよメインディッシュと行きますかぁ!!」


 そう言うと、魔族の男はクラスメイトのいる方へと走っていった。


「……っ!不味いでござる!!あの男ならばすぐにクラスの皆は殺されてしまうでござるよ!!」

「久遠……お前の言ってた秘策はあいつに通じんのか?」


 晴夫が心配そうな表情でこっちを見てくる。


「どうだろうな。」


「どうだろうなっておま「でも、ここで僕らがやらなきゃあいつに皆殺されるだけだ。」……そうだな。」


「作戦に変更はなしだ。武蔵はあの魔族を追ってくれ。そして、タイミングが来たらあの技を放ってくれ。僕と晴夫はとりあえずグランさんとヘルドさんの手当てをしてから、武蔵の合図に合わせられるように準備しよう。」


 晴夫と武蔵が頷く。

 二人の覚悟はしっかりと決まったようだ。日本ではただの美少女好きとオタクなのに、この異世界に来てからの二人は正直、見違えるほどかっこよかった。


「武蔵……健と朱音……クラスの皆のこと頼んだ。……よし、行くぞ!!」


 武蔵にここで絶対に言おうと思っていたことを伝える。

 そして、僕らは死の運命に抗うために行動を開始した。

 

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