第13話 さようなら

「え……?ほ、本当に?」


 ローズさんとの訓練が終わった後、僕は健に一緒にパーティーを組めないことを告げた。


「うん。申し訳ないけど、僕らは健とパーティーを組めない。」


「ど、どうして……?」

「やらなくちゃいけないことができたんだ。」

「なら、僕も一緒にやるよ!」


 食い下がる健に僕は静かに首を振った。


「気持ちは嬉しいけど、これは僕がやらなきゃいけないことなんだ。健を巻き込むことはできない。」


「何をするのか教えてもくれないんだね……。」


「ごめん。」


「……分かったよ。でも、全部終わったらちゃんと教えてね。」


 寂しそうな顔を浮かべながら、健はその場を後にした。


「良かったのか?」


 訓練場の隅から様子を見ていたローズさんが声を掛けてくる。


「これで、いいんですよ。」


 僕は出来る限り寂しそうな顔を浮かべながらそう言った。


「……それで、私にお願いとはなんだ?」


 ローズさんは何か言いたげな顔だったが、自重してくれたようだった。


「はい。明後日の遠征でクラスメイトが死なないように注意して欲しいんです。」


「当たり前だろう。私たちが遠征について行く理由は君たちの指導と護衛のためだからな。それとも、シバは何かやばいことが起きると知っているのか?」


 さすがはローズさんというべきか、明らかに様子がおかしい僕に気付いているようだった。


「そうですね。……もしかすると魔族の襲撃があるかもしれません。だから、できる限り最大限の注意をして欲しいんです。」


「なるほど……。だが、安心しろそこらの魔族では太刀打ちできないほどの精鋭が君たちを護衛することになっている。シバの心配するようなことにはならんよ。」


 そう言い残して、ローズさんはその場を後にした。

 

 まあ、そうなるよね。この反応は予想通りだ。これで、遠征が無くなることもないだろう。つまり、僕があれをする状況が必然的に生まれるわけだ。仕方ない……全く神様は僕によっぽど自爆させたいみたいだね!!


 もうすぐ訪れる憧れのシチュエーションに胸をはせ、僕はスキップしながら訓練場を後にした。



***


 今日も訓練が終わり、夜の自由時間がやってきた。

 僕はクラスメイトの部屋を周り、スマートフォンを譲ってもらえないか交渉していた。ほとんどの生徒が不審な顔を浮かべながらも使い道もないということで僕に渡してくれた。勿論、お礼として、僕が王城から支給された金貨や装備を渡すこともあった。


 よしよし。クラスメイト全員のとはいかなかったが、半分程度は集まったな。


 さて、何故僕がスマートフォンを集めているかというと、この世界においてスマートフォンが極めて希少なアイテムであるからだ。

 このことは武蔵に聞いたのだが、気まぐれで武蔵が自分のスマートフォンを<鑑定>というスキルで見てみたところ、かなりのレアなものであることが分かったらしい。


 僕のスキルに置いて、レアなアイテムというのは大きな効果を発揮するため、できる限り数を集めておきたいのだ。


 

 ある程度、集め終わった僕は部屋に戻り眠りについた。明日は武蔵、晴夫との打ち合わせの日だ。



***


 特に何もないまま、夜が明け、もう夕方になっていた。少し早めの夕ご飯を食べ終えた僕は武蔵の部屋に来ていた。既に、部屋の中には晴夫と武蔵が集まっていた。


「来たな、久遠。それじゃあ、最終確認するぞ。」


 晴夫の言葉に僕と武蔵が頷いた。


「---よし、準備は特に問題なしだな。」

「そうでござるな。これでもう後には引けぬでござるよ。」


「ありがとう二人とも。明日は僕らにとって運命の一日になる。よろしく頼むよ。」


 僕の言葉に二人はしっかりと頷いてくれた。

 上手くいくかは分からない。それでも、僕は上手くいくような気がしていた。



***


 武蔵と晴夫との話し合いも終え、僕が部屋に戻るとベッドの上にエリザさんが座っていた。


「遅かったですね。」


 エリザさんの顔は少し強張っていたように感じられた。

 まあ、明日になったら目の前の人間が死ぬと分かっていたらそうなるよね。


 さて、どうしようか……。まず、何故エリザさんがベッドの上に座っているか分からないけど、一応、僕は明日死ぬ予定の人間だ。

 どうせだし、エリザさんの胸に突っ込んでみてもいいかもしれない。僕の長い人生でここまでの美人な女性とこれから触れ合える機会もないだろう。それに、エリザさんも明日死ぬ僕が不憫で受け入れてくれるかもしれない。


 よし、やろう。

 でも、胸に突っ込むのはやめて普通に抱きしめることにしよう。クールな美人を良い子良い子してあげる方がシチュエーション的にはレアだ。

 あと……エリザさんの胸は飛び込むほどのものではなかったということもあるし。


「シバ様……。本来なら、もう少し早い段階で済ませるべきだったのでしたが……ついつい引き延ばしてしまいました。ですが、覚悟は決まったので……っ!!」


 エリザさんが何か言ってるが無視してエリザさんの身体を抱きしめる。


「な、な、何をやってるんです……ひゃう!」


 顔を真っ赤にして僕を引きはがそうとするエリザさんをより強く抱きしめる。


 やわらけええええ!!くー!!こんな美人を抱きしめれるなんて……異世界は最高だぜ!!


 気付けばエリザさんは大人しくなって、僕の胸に顔をうずめていた。


「エリザさん……エリザさんは可愛いですね。」


「な、何を言って「少し怒った顔も、普段のツンとした態度も、今の真っ赤な顔も可愛いです。」


 エリザさんの言葉を遮って、話を続ける。どうせ、明日でエリザさんとはお別れなんだ。思いっきり思いをぶちまければいいや。


「でも、一番可愛いのはふとした時に見せる柔らかな笑顔です。僕はエリザさんの笑顔のためなら命を懸けられる。だから、僕はエリザさんには笑ってほしいなぁ……。」


 しみじみとエリザさんとのここ数日を振り返る。短い間だったが、凄く楽しい時間を過ごせた。エリザさんのために自爆をしようと迷いなく思えるくらいには、僕はエリザさんのことを好きになっていたのかもしれない。



「急に抱きしめてすいませんでした。少しだけ明日の遠征が怖くなっちゃって……。でも、もう大丈夫です!それでは、エリザさんおやすみなさい。」


 エリザさんをベッドから立たせて、ドアの前まで連れて行く。名残惜しいが、仕方ない。僕は十分すぎるほどエリザさんとの時間を堪能させてもらった。嫌われる前にさっさとお別れしておこう。


「……あ……。」


「どうかしましたか?」


 エリザさんの手が一瞬、僕の方に伸びた気がした。


「……っ……いえ、何でもありません。シバ様、おやすみなさい。」


 だが、どうやらそれは気のせいだったらしい。エリザさんは笑顔を浮かべて僕の部屋を後にした。





***


 夜が明ける。いつもより、早く眼が覚めた僕は手紙を書くことにした。誰がこの手紙を読むか分からないから、誰が読んでも問題ないようにしなくてはいけない。

 いくつかの注意点を踏まえ、読んだ人全員が泣いてしまうような文章を意識した結果、ついに僕の超感動する最高の手紙が完成した。


「シバ様、おはようございます。」


 どうやら、タイミングよくエリザさんが起こしに来てくれたみたいだ。

 その後は、いつも通り朝ごはんを食べた。そして、部屋に戻り装備を整えた後、いよいよ出発の時間が近づいてきた。


「シバ様、ご武運をお祈りしています。」


「うん。エリザさん、今までありがとう。さようなら。」


 エリザさんに意味深な別れの言葉を告げ、僕は部屋を後にした。




 

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