第12話 好きな人

 さて、突然だが僕らは高校生だ。当然のことだが、「恋」をすることもある。だが、「恋心」というものは厄介で、どれだけ心の中で相手を思っても、口に出さない限りは本人には伝わりにくいものである。


 何故急にこんな話をしたかというと、今から僕がある人の恋愛事情に口を出すつもりだからだ。本当はこんなことをするつもりはなかったが、これから僕がすることのフォローの一つとしてそれがどうしても必要になった。


「久遠君。ごめんね?待たせちゃったかな?」


「ううん。こっちこそわざわざ来てくれてありがとう。春野さん。」


 春野さんは無理に作ったような笑顔を浮かべながら、王城の庭にやってきてくれた。



「それで何かな?私に話があるって聞いたんだけど……。」

「春野さんは健のことが好きだよね?」


 単刀直入に本題に入るべく、春野さんに思い切った質問をぶつけると春野さんは顔を赤くして動揺した。


「へ?き、急に何言ってるのかな?わ、私が健君のことが好きだなんて……そ、そんな……。」


 春野さんが健を好きなことは正直、ここ数日の春野さんの様子を見て簡単に分かった。だが、おそらく春野さんの好意は健に伝わっていない。


「あー、ごめん。正直、今から話すことは健に関わることですごく大事なことなんだ。できれば、恥ずかしがらずはっきりと答えて欲しい。」


「そうなんだ……。……うん。私は健君のことが好きだよ。」


 春野さんは顔を赤くしながらもはっきりと返事をしてくれた。


「やっぱりそうだよね。それで、ここ最近の健の様子には気づいてる?」


「うん。……最近は、健君とあまり喋れてないけど、健君は明らかに無理してる。このままじゃ、いつか倒れちゃうよ……。」


 さすが春野さんだ。よく健のことが見えてる。

 春野さんの言う通り、最近の健はローズさんとの訓練に加え、自主的に夜にも訓練をしているようだった。正直、それは明らかにハードワークで最近は疲れのせいか昼の訓練やローズさんとの訓練でも明らかに動きが悪くなっていた。


「春野さんの言う通り、健はこのままじゃいつか倒れる。だから、その前に春野さんに健の手綱を握って欲しいんだ。」

「手綱を握るって……どうするの?」

「健と毎日二人で夜を過ごしてほしいんだ。」


 僕の発言に春野さんは一瞬固まってから、顔を真っ赤にして慌て始めた。


「よ、よ、夜を二人でって……そんな、わ、私たちまだ高校生だし……久遠君は私たちに何させようとしてるの!?」

「え?いや……健がやってる夜の訓練を止めるために、健が寝るまで春野さんに健の話し相手になって欲しかったんだけど……。」


 僕の言葉を聞くと、春野さんは肩を震わせながら僕のことを睨みつけてきた。


「……久遠君。」

「は、はい。」

「勘違いした私も悪いけど、紛らわしい言い方しないで……。」

「は、はい!!」


 冷静に怒る春野さんは意外と怖かった。


「とりあえず……久遠君の言いたいことは分かったよ。でも……。」


「健が春野さんを避けている、だよね。」


 春野さんは暗い顔をしながら頷いた。

 これが一番厄介で、健と僕が馬場達に絡まれたあの日から、健は定期的に訓練と称した嫌がらせを馬場達から受けているようだった。その時に、馬場達が言う健が春野さんの迷惑になっているという言葉を健は少し気にしているようで、春野さんがクラス内でも特に優秀な人が集まっているグループに所属していることも相まって、春野さんを避けているようだった。


「だからこそだよ。だからこそ、春野さんが健に真正面からぶつかっていって欲しいんだ。」


 今の健に足りないのは、健のことを本気で思って、そばで支えてくれる人の存在だ。


「健は今、かなり苦しい状況にあると思う。本当なら、親や友人が健を支えるんだけど、今の健の状況じゃ親は当然だけど、頼れる友人も少ない。だから、何かを抱えていてもそれを自分一人で何とかしなきゃいけないと思って、から回ってしまう。」


「な、なら……私じゃなくても久遠君が健君を支えてあげればいいんじゃないの?」


「それはダメだ。」


 僕の言葉に春野さんは少し驚いているようだった。


「な、なんで?それに、晴夫君や武蔵君だっているし……。」


「僕らはここ最近、健と知り合って仲良くなっただけだ。僕らはまだ健のことを理解しきってはいない。今、健のことを本気で理解してて、健のことを支えられるのは幼馴染で健のことが好きな春野さんしかいない。」


 それでも、春野さんはまだ何かを迷っているようだった。


「春野さん。健は春野さんのことを『守りたい』と言っていたよ。春野さんはどうなの?健のこと守りたくないの?もしかすると、健は春野さんが守りたいと言っても拒否するかもしれない。でも、一方的な関係じゃ長続きしない。」


 春野さんは何かに気付いたかのように顔を上げた。


「支え合えばいいんだ。誰だって一人じゃ何もできない。健と春野さんが二人で思いをぶつけ合って、二人で互いに支え合いながら前に進んでいけばいい。」


 春野さんの目に決意の炎が宿ったような気がした。


「そうだね。うん……。ありがとう、久遠君。私、もう逃げないよ。ごめん、私行かなきゃいけないところが出来たから、もう行くね。」


 そう言うと、春野さんはすぐに王城の中へと戻っていった。

 よしよし。これでミッションコンプリートだ。


「おつかれ。その調子だと目的は果たせたようね。」


 どこかで様子を見ていたのか、朱音が姿を見せ僕の方に寄ってきた。


「朱音も春野さんを呼んでくれてありがとう。」


 今回、朱音には春野さんを呼びだす上で手伝ってもらった。他にも、朱音には健がいじめられている様子を見つけた際にはいじめを止めてもらうようお願いもしているし、かなりお世話になっている状態だった。


「ねえ、瑞樹に言っていた武藤君を支えるって話、別にあんたでもよかったんじゃないの?現に、今の武藤君はあんたを一番信頼しているように見えるし。」


 朱音の言う通り、健が僕を頼りに思っているのは事実だと思うし、僕自身、僕が支えるのが一番いいような気はしている。


「まあ、こんな世界だし、僕がずっと一緒にいられる保証はどこにもないからね。それに、朱音としてもこの件で春野さんと健が仲良くなると嬉しいでしょ?」

「それはそうだけど……。」


 朱音は僕を疑うような目で見ていた。

 昔から、朱音はどこか勘がいいところがある。朱音に僕がしようとしていることを知られれば意地でも止めに来るだろうから、ここはボロが出る前にさっさと退散するとしよう。


「ほら、もう遅い時間だし早く寝よう。」


 話を切り上げて僕はその場を後にしようとする。だが、何か嫌な予感でもしたのか朱音は僕の手を掴んできた。


「ねえ……。まさかとは思うけど、いなくなったりしないわよね。」


「何言ってるんだよ。僕みたいな弱い奴がどこかに行ったら野垂れ死んじゃうよ。こんなに強い人に囲まれてる場所から出て行ったりしないって。」


「私が守るから。必ず、あんたを死なせたりしないから……だから……。」

「朱音。」


 朱音の言葉を無理矢理遮る。腐れ縁だからか、朱音は僕のことを気にかけてるみたいだけど、それはこれからの朱音のことを考えるとあまりよくない。


「安心しなよ。僕は死なない。朱音は大体、僕のことを気にしすぎだって。ほら、たまには周りをゆっくり見てごらんよ。」


 空には綺麗な月が浮かんでいた。


「月が綺麗だろ。朱音が気付いてないだけで、朱音の身の回りにはたくさん素敵な人やものが溢れてるよ。だから、色々なものに目を向けときなよ。」

「わ、分かったわよ……。でも、私はあんたから目を離すつもりはないから。」


 ここまで言って聞かないなら仕方ないか。

 朱音の言葉に苦笑いを浮かべながら、僕はその場を後にした。



 運命の日まで、あと3日。

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