第11話 闇

「夏樹……。」


「何があったかは知らないけど、それ以上やるって言うなら流石に見過ごせないわよ。」


 クラス内でもトップカーストの朱音には馬場達も歯向かうつもりはなかったようだった。


「ちっ……お前ら行くぞ。」


 馬場たちは渋々といった様子で立ち去った。


「朱音、ありがとう。助かったよ。」

「夏樹さん、ありがとう。」


「別にいいわよ。たまたま通りかかっただけだし。」


 朱音はそう言って僕らに背を向けた。だが、すぐに何かを思い出したかのように振り返った。


「ああ、そうだ。よかったらなんだけど、二人がローズさんとやってる朝の訓練に私も入れてもらえない?」


「ローズさんに聞いてみなきゃ分からないけど、きっと大丈夫だよ。助けてもらったし、僕らが断る理由はないよ。」


「分かったわ。明日の朝にローズさんにお願いしてみる。それじゃ、おやすみなさい。二人も早く寝なさいよ。」」


 そう言って朱音は王城の中に戻っていった。


「僕らも戻ろうか。」

「うん。」


 健の顔はほんの少し暗かった。



***


 健と別れ、部屋までの道を歩いているとき、僕はスマートフォンを庭に置き忘れていたことを思い出した。


 どうしよう……。めんどくさいけど取りに行くか。


 ため息を吐きながら僕は来た道を戻っていった。



「お。あったあった。」


 スマートフォンはさっきまで僕たちがいた場所に落ちていた。スマートフォンを拾い、部屋に戻ろうとした時、庭の奥で誰かと話しているエリザさんを見つけた。


 エリザさん……?こんな時間にこんなところで誰と話しているんだろう?


 エリザさんの会話相手が気になった僕は、会話を盗み聞きすることにした。エリザさんにバレないように隠れながら近くまで行くと、エリザさんと誰かの会話が聞こえてきた


「異世界から来た救世主たちのスキルはこっちの紙にまとめておきました。それと、救世主たちの初めての魔物討伐は10日後にメガンテリアの森のようです。」


 僕らのスキル……?それに、僕らの遠征先を誰が知りたがっているんだ……?


「くくく……。ご苦労さん。これで、魔王様の宿敵になりうる存在を早めに排除できるぜ。」


 魔王……?

 僕の頬に冷や汗が垂れる。

 まさか……エリザさんが?でも、何で……?


「しかし、人間の、しかも元王族のお前が人間を裏切り、我ら魔族に協力しているとは誰も予想していないだろうな。」

「……約束は守っていただけるのですよね。」

「おーおー、そんな怖い顔するなよ。美人が台無しだぜ?安心しろよ、お前がちゃんと俺らの要求を全部飲めばてめえの家族は解放するよ。」


 確定だ。エリザさんは僕たち人間を裏切って、魔族に協力している。だが、それにもどうやら何かやむおえない事情があるようだ。


「……あの、救世主たちは全員殺すのですか?」

「あ?何でそんなことを聞く?まさか救世主に愛着でも湧いたか?」

「いえ、ただ……勇者や聖女と呼ばれるような人間を殺せば十分かと思ったので……。」


「皆殺しだよ。」


 その言葉と同時に辺りに濃密な殺気が広がった。


 やばいやばいやばい……。平和ボケした日本で暮らしていた僕でも分かる。こいつはやばい。恐らくだが、こいつはローズさんよりも強い。


 こんな奴が僕らの命を狙っている。その事実が猛烈に恐ろしかった。


「……っ。殺気を抑えてください。見つかってもいいんですか?」

「ああ……。やらかしたな。ちっ……しゃーねえ、今日はこれで終わりだ。エリザ、万が一にもないとは思うが……馬鹿なことするなよ。」


 男はエリザさんに忠告すると、どこかへと消えていったようだった。


「……分かっていますよ。……今更、救世主の中で死なせたくない人がいるなんて、どの口が言っているんだか……。馬鹿ですね……本当に……。」


 エリザさんは申し訳なさそうにそう呟いていた。その顔はひどく辛そうだった。

 僕はエリザさんにバレないようにそっとその場を後にした。ある一つの決心を決めて。



**



 次の日の朝、ローズさんからの許可を得た朱音を含め僕らは3人で戦闘訓練をしていた。


「ふむ……。アカネの実力はそこらの騎士にも十分通用するレベルだな。だが、少々動きが素直すぎるな。魔物や魔族はあらゆる手を使って勝ちを掴み取りに来る。もう少し、柔軟性をつけるともっといいだろう。」


「はい。」


「シバは逆に意表を突こうとしすぎだ。足りない力を補おうとすることは大事だが、そこまで普通とは違う動きばかりだと逆に敵の警戒心を高めてしまうことになる。あえて小細工をしないということも大事だぞ。」


「は、はい……。」


 いつも通り、僕は地面に横たわりながら返事をした。朱音はさすがというべきか多少、息が切れている程度だった。


「そして……ケン。やる気があるのは認めるが今日の動きは良くなかったぞ。もっと冷静に周りを見ろ。」


「……はい。」


 今日の健は、昨日のことで自信の無力さを再度痛感したせいか、少しから回っていた。いつも以上に鬼気迫る表情で剣を振るっていたが、動きが単調になっており、ローズさんに簡単にあしらわれていた。


「今日はここで終わりだ。」


 ローズさんはそう言って訓練場から出て行った。


「お疲れ様。」


 朱音もローズさんに続くように訓練場から出て行った。


「健、僕らも行こう。」

「あ、僕はもう少し剣を振ってから行くよ。」


 健の顔は明らかに無理しているように見えたが、僕は健を止める気はなかった。


「そっか。怪我だけは気を付けてね。」


 そう告げた後、僕は訓練場を後にした。



***


「おはよう。」


「おっす。久遠。」

「久遠殿、おはようでござるよ。」


 今日も、晴夫と武蔵と朝食を共にする。


「ん?今日は武藤のやつはいないのか?」


「ああ。健はまだ訓練してるよ。」


「そうなのか?なら、先に食べるか。」

「そうでござるな。」


 普段なら健も一緒に朝食を食べるのだが、今日は健を除いた三人で食べることになった。


「そうだ。晴夫、武蔵。魔物討伐のパーティーメンバーは決めた?」


「ん?俺と武蔵、久遠、武藤の四人組じゃねえのか?」

「拙者もそのつもりだったでござるよ。」


 やっぱり、この二人は健も含めた四人でパーティーを組むつもりだったみたいだ。


「そのことなんだけどさ---ということなんだけど、協力してくれないかな?」


 僕は昨日のことをエリザさんのことは隠して二人に話した。そして、僕の考えた解決法も。


「久遠。まじで言ってんのか?」

「正直、信じられないでござるよ……。でも、仮に久遠殿の言っていることが本当ならばかなりまずいでござるな。……拙者は協力するでござる。」


 どうやら、武蔵は協力してくれるようだ。だが、晴夫は僕の言うことが信じられないのか、迷っているようだった。


「武蔵!お前、正気か!?久遠の言ってることが正しい根拠なんてどこにもねえんだぞ?」

「そうでござるが、嘘とも言い切れないのが現状でござる。拙者が呼んできた異世界ものの小説でもこのような展開はあったでござる。久遠殿の言うことを信じる価値は十分あるでござるよ。」


「晴夫、これは僕の我儘だ。でも、頼む。協力してくれ。僕が頼めるのは親友の晴夫と武蔵くらいなんだ。」


 僕が頭を下げると、晴夫は観念したようにうなだれた。


「はー……。分かった分かった。協力するよ。俺だって死ぬのは嫌だしな。」


「ありがとう、二人とも。とりあえず各自で準備を整えて、遠征の前日にもう一度確認をしよう。それまでは誰にも内緒で頼む。」


「「分かった(でござる)。」」



 良かった。これで、一つ目の問題はクリアだ。後は、あの人たちにお願いしないと……。



 僕のメイドがエリザさんになったのも何かの縁だろう。どうせ元々やるつもりだったんだ。それが、少し早くなっただけだ。

 さあ、始めよう。僕の『SKJ最高の自爆』を求める戦いを。

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