第8話 現実
「はー、疲れたー。」
初めての訓練が終わった後、僕は訓練場の隅に座った。他のクラスメイトは皆、シャワーを浴びるために王城の浴場に向かっており、訓練場には僕と健、それと王城の兵士たちくらいしか残っていなかった。
「……まあ、何だ。これから頑張っていこう。」
さっきからじっと兵士たちの訓練の様子を見ている健に声を掛ける。予想通りというか、なんというか……健は訓練でいいところが何一つなかった。
ランニングは誰よりも早く離脱。武器の適性を見定めるために行われた模擬戦では、全ての武器に対する適正が普通。おまけに全10戦行って1勝もできなかったのは健だけだった。
だから、僕は健がショックを受けていると思ったのだが……。
「ん?何か言った?」
どうやらそれは杞憂だったようだ。健の顔は気力に満ち溢れていた。
「落ち込んでないみたいだね。」
「まあ、昨日までの僕だったら落ち込んでいたと思うよ。でも、久遠が言ってくれたように僕にも守りたいものがあるから、弱いからって落ち込んでる暇はないよ。」
健が変わろうとしている。なら、親友として僕にできることはただ一つ。健の横で供に努力することだ。
「すいませーん。」
クラスメイトが去った後も居残り訓練を続けていた王城の兵士の一人に声を掛ける。
「どうしたんだ?もう今日の訓練は終わりだぞ。」
「居残り訓練がしたいんです。よろしければ、さっきまで使っていた訓練用の武器や重りを貸してもらえませんか?」
「……そうか。君たちはさっきの訓練あまり良い結果ではなかった二人か。」
「何をしている。早く訓練に戻れ。」
僕と王城の兵士が喋っているところに、ローズさんが割り込んできた。どうやら、僕と喋っている兵士を訓練に連れ戻しに来たらしい。
「ローズ副騎士団長。この二人が居残りで訓練がしたいようなのですが……。」
「なに?居残り訓練だと?」
ローズさんが僕と健を真っすぐ見つめてくる。
「……なぜ、居残り訓練がしたいんだ?私たちの訓練メニューじゃ物足りないか?」
高圧的な態度のローズさんに健は真っ向から立ち向かっていった。
「いえ、正直なところ、今の僕では皆さんが用意してくれている訓練メニューをこなすのでいっぱいいっぱいです。でも、僕が守りたい人を守るためには今のままじゃダメなんです。今の僕じゃ力不足だから、他の人と同じようにやっていてもダメなんです。」
健は真っすぐとローズさんの目を見てそう告げた。
「君はどうなんだ?」
ローズさんは今度は僕に問いかけてきた。
「そうですね……。僕はこの世界でやりたいことがあるんです。そのためには力がいるんです。」
ローズさんは少し考え込んだ後、僕らの方を見た。
「君たちの言い分はよく分かった。だが、今日はダメだ。恐らく、慣れていない訓練で君たち自身気付かぬうちに疲れがたまっているだろう。その状態でまともな指導者がいない中、訓練しても怪我の危険性が高まるだけだ。」
ローズさんは淡々とそう言った。
「そうですか……。」
健が肩を落とす。皆に追いつくための手段が一つ減るのは健にとってはかなりの痛手だろう。
「私は今日はダメだと言っただけだ。明日以降なら、私が訓練に付き合おう。」
健が顔を上げる。その目には期待の色が含まれていた。
「いいんですか!?」
「ああ。だが、私が空いている時間が朝しかないんだ。だから、君たちには早朝にここに来てもらうことになるがいいか?」
僕と健は目を合わせる。返事は1つしかなかった。
「「はい!よろしくお願いします!!」」
ローズさんは僕らの返事に少し微笑むと、また明日と告げてその場を後にした。
「やったな健。」
「そうだね。それじゃあ、今日は明日に備えて早く寝よう。」
こうして、僕らはその場を後にした。
***
食事を終え、自由時間になった僕は王城の書庫に向かっていた。
僕はこの異世界で
「……これもダメか。」
教会の書庫でもあらゆる本に目を通したが、僕が望んでいたものは見つけられなかった。
「はあ……中々上手くいかないなぁ……。」
ため息を吐き、足元に目を向ける。すると、本棚の一番下の隅にある薄汚れた一冊の本が目についた。なんとなく、その本を手に取る。
「『異世界に来た愛すべきバカにこの本を贈る』……これ、日本語で書かれているのか?」
日本語で書かれている。それだけでこの本を書いたのが、過去にこの世界に転移してきた日本人なのだと分かった。
「『異世界に来た我が同胞よ……この本には我が見つけたこの世界のチートを書き記す。だが、先に言っておく。悪いことは言わない。この本を読むのはやめておけ。』……か。」
驚くべきことにこの筆者はこの世界でチートを見つけたらしい。だが、やめておけ……か。もしかするとこの人が見つけたのは禁断の力のようなものなのかもしれない。
それでも、今の僕にはあれが必要なのだ。意を決して次のページを開く。
『このページを見ているということは我の忠告を聞いて、なお力が求めたいということか……。いいのか?正直、君が思っている100倍はひどい目にあうぞ?それでもいいんだな?』
ここまで確認するほどまずいものなのか……。でも、それでも僕には力がいるんだ。
再度、覚悟を決めて次のページを開く。
『なるほど、どうやら君には何を言っても無駄なようだな。いかれた人間め。いいだろう。そこまで言うならこの我が見つけたチートを授けよう。』
少し、本の内容に腹が立つがまあ、気にしないでおこう。期待と少しの不安をその胸に込めて、僕は次のページを開いた。
「うわ!!」
ページを開くと、突如本から光が溢れだした。
これ、もしかして本当にやばめのやつなのか!?
暫くして、光が収まるとそこは7畳程度の和室の部屋になっていた。テレビと炬燵があり、炬燵の周りには読んでいたであろう漫画が散らばっていた。
「え……?ここどこ?生活感溢れすぎじゃね……。」
「ふっふーん。今日はお鍋~お鍋~おいしいアンコウ鍋だよ~。」
陽気な鼻歌と供に、部屋に一人の女性が入ってくる。艶やかな黒い髪、見るもの全てを魅了する青い瞳、人とは思えないほどの美しさ、そして、全てを台無しにする芋くさいジャージ。ジャージの左胸の辺りには『2ねんヘラぐみ るいん』と書いてあった。
「ひ、ひゃあああ!!に、人間!人間がなんで妾の部屋に!?」
焦った女性は手に持っている鍋を放り投げていた。
「ああ……!?妾のアンコウ鍋が……!くっ……『転移』!!」
アンコウ鍋が床に落ちると思われたその時、アンコウ鍋が姿を消したかと思えば次の瞬間、アンコウ鍋は炬燵の上に姿を現した。
こ、これは……!!
「ご、ごほん……!それで、人間が妾になんのようじゃ?」
「さっきのはどうやったんだ!!」
これだ……!僕が望んでいた力は間違いなくこの力だ!!
「ひ、ひぅ……。ち、近いわー!!」
おっと、これはついうっかりやってしまった。女性から離れて、冷静に話をする。
「とりあえず、座りましょう。アンコウ鍋が冷めてもよくないし。」
「そ、そうじゃな。あ、アンコウ鍋食べる……?」
「いただきます。」
「遠慮とかないんじゃな……。」
遠慮?久々の和食を前にそんなものは存在しない。
***
「それで、どうして人間がここにいるんじゃ?」
アンコウ鍋を食べ終わり、食後のお茶を飲んでいると女性の方から話しかけられた。
「えっと、ある本を開いたらいつの間にかここにいたんです。ところで、あなたは誰ですか?」
「そういえば自己紹介をしておらんかったな。妾の名はルイン。破滅の名を冠する邪神じゃ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます