第5話 シリアスは突然に

「何やってんのよ。」


 桃色空間から逃れるため、地を這いその場を離れようとする僕の目の前に朱音が立ちはだかった。

 名前にもある赤色のドレスに胸から上を露出した姿は、まさに大人の女性という感じで気品があった。


「朱音、どいてくれ!俺にはあの空間は耐えられない!早く、早く晴夫と武蔵の不細工な顔を見ないと頭がおかしくなる!!」


「あんた……友達に対してその発言はどうなのよ。」


 朱音のジトっとした目が僕の良心をチクチクと突き刺す。だが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


「朱音、頼むからどいてくれ……頼む……このままじゃ、恋人も好きな人もいない僕の心は崩壊してしまうんだ……。」


「へ、へ~……。あんた、恋人も好きな人もいないんだ。ま、まあ、別にどうでもいいけど……。」


 こいつ!僕の心が崩壊する一大事にどうでもいいだと!?僕がこのまま武藤君を崖に平気で突き落とすような、嫉妬に呑まれた悪魔になってもいいと思っているのか!?


「まあ、流石にあの二人を放っておくのはあんまりよくないわね。瑞樹!!」


「……へ!?あ、朱音。どうしたの?」


 朱音が春野さんに声を掛けることで忌々しい桃色空間は姿を消した。


 よ、よかった……。


「あれ、柴君。四つん這いになってどうしたの?折角の服が汚れちゃうよ?」


 桃色空間が消えたことで武藤君の視界に僕が写る様になったようだ。


「武藤君……。僕は君を失わずにすんだことを心の底から感謝したいよ。」


「…?何かよく分かんないけど困ったことがあればいつでも言ってね。」


「ゴホン!……皆さん、そろそろ時間がきます。急いで移動しましょう。」


「はい。ほら、瑞樹、武藤君に久遠も行くわよ。」


 いつの間にか、いつもの仕事ができる有能メイドに戻っていたエリザさんの一言で僕らは急いで移動を開始した。


「エリザさんって……意外と面白いんですね。」


 エリザさんとすれ違う時、ぼそっと呟くとエリザさんはビクッと肩を震わせていた。



~・~・~・~・~・~・~・~・


 大講堂の前に着くと、もうほとんどの人が集まっているようだった。


「瑞樹!朱音!遅かったじゃないか!さ、二人ともこっちの方だから早く行こう。」


 春野さんと朱音を探していたのか、神崎君は二人を見つけるや否や、すぐに二人の手を付かんでどこかへ消えていった。

 あまりの速さに流石の朱音も何もできなかったようだった。


 どうでもいいが、神崎君は全身を金と宝石で塗り固め荒れた服を着ていた。見ていると目がいたくなる。


「シバ様とムトウ様ですね。お二方はこちらのほうで立っていてください。」


 僕と武藤君が連れられた場所はまさに端の端。誰の目にも止まらないような場所だった。

 よく見てみれば僕と武藤君の服は他のクラスメイトと比べると貧相だ。どうやら、僕と武藤君はステイタスとスキルの関係かどうかは知らないが特別扱いされているらしい。


「柴君は悔しくない……?」


 不意に武藤君が問いかけてきた。


「んー。正直、そこまで悔しくはないかな。武藤君にだけ話すんだけどね、僕はどうしてもやりたいことがあるんだ。だから、むしろ隅っこで大人しくできる方が僕にとっては都合がいいんだよね。」


 僕の返答はどうやら武藤君には予想外だったようで、武藤君は以前のようにまた暗い顔になっていた。


「そっか……。柴君は強いね……。僕は、どうすればいいか分かんないや。戦うのも怖いし、こんな臆病者の僕じゃ無能になって当然だよね……。」


 この世界に来てから武藤君と仲良くなって分かったことがある。武藤君は他人を思いやることが出来る人だ。きっと、武藤君は誰かのために戦える人だ。


「武藤君はさ、憧れの人とかいる?」


「え……?い、いや、いない……かな。」


「僕の憧れの人さ、ものすごく弱いんだ。ものすごく弱いくせに、自分より遥かに強い仲間が勝てない相手に挑むんだ。文字通り、自分の命を懸けてね。何でだと思う?」


 武藤君の表情は見えないけど、何となく武藤君はこの答えが分かるんじゃないかって思った。。


「弱い、強いは関係ないと思うんだ。持っている力を何のために使うか。どんな思いで使うか。それがきっと人の心をうつ。誰かを救うきっかけになる。僕はそう思うんだ。」


 武藤君がゆっくりと顔を上げる。その目には、まだ弱弱しくはあるものの覚悟の光が宿っていた。


「まあ、僕や晴夫、武蔵だっているんだ。健を死なせたりなんてしないさ。一緒にこの世界を生きよう。」


「柴君……いや、久遠。ありがとう……僕、頑張ってみるよ。」


 こうして、僕の親友が一人増えたのだった。



~・~・~・~・~・~・~・~・


「むぐぐ……。久遠君ずるい……。私だって名前呼び捨てにされたことないのに……。」

「何言ってんのよ瑞樹……。でも、男子の友情って少し羨ましいかも……。」


~・~・~・~・~・~・~・~・



「さて、それではいよいよ今代の異世界からやって来た救世主たちのお披露目です!」


 大講堂の扉が開き、僕はクラスメイトと供に大講堂の中に入る。勿論、僕と武藤君は隅っこだ。

 大講堂には豪華な恰好をした多くの人物たちが見定めるように僕らを見ていた。

 中でも、特に目立つ4人の人物が僕らの前に立った。


「救世主よ、自己紹介させていただこう。儂はバーン王国国王グレゴリウス・バーンだ。この世界を守るために供に戦おう。」

「グハハ!!俺はグリセリド帝国皇帝ニトロ・グリセリドだ!異世界からの救世主はどいつも強いと聞いているからな!共闘するのもいいが、一戦交えるのも楽しそうだ!」

「救世主の皆さんこんにちは。私はフラム獣王国女王アルメニア・フラムです。これからよろしくお願いします。」

「そして、私が皆さんを及びした張本人であり、このボンバール大陸連合軍特別補佐役にしてフレア教教皇のグレイス・フェルナンドと申します。」


 どうやら、この四人がここにいる人たちの中で特に凄い人たちのようだ。バーン王国国王は白髪に青い瞳の凛々しい顔つきの初老の男性、グリセリド帝国皇帝は黒髪に髭がトレードマークの熊のような大男であった。紅一点のフラム獣王国女王は狐のような耳と大きな尻尾が特徴的な女性だった。そして、もう何度見たか分からないお爺さんは、この大陸全土で進行されているフレア教の教皇だったようだ。



「俺は『勇者』の神崎勇介です!魔王は必ずこの俺が倒して見せます!」



 打ち合わせでもしていたのか、僕らを代表するように神崎が前に出て4人に挨拶をした。


「期待しているぞ。」

「グハハ!中々強そうな小僧じゃねえか。」

「……。」


 神崎の言葉への反応は三者三様だったが、女王様だけはこちらの方を見ていた。何故だろうか?気になって後ろを振り向いたがそこには武藤君の姿しかなかった。



「さて!それでは、救世主様方のお披露目はこれにて終わりです。ですが、これから交流を深めるためにお食事の席をご用意しました。今夜は無礼講ですので、どうぞ皆様、交流やお食事をお楽しみください!!」



 教皇がそう言うと、大講堂の扉が開き、次々と料理が運び込まれた来た。どれもこれもこれまでに食べてきた食事と比べても格段においしそうだった。


 そして、教皇の乾杯で交流会が始まったのだった。

 

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