第7話

 今日、重い足取りで学校へ向かう。彼は今日は来ると言っていたが、あまり喜ぶことができない。それは私たちの関係の終わりを意味しているということだから。だけど、何を願っても、何を捧げても時間はどうすることもできない絶対的なものなのだ。私の心は今時間に支配されている。そんなことを考えていると学校に着いた。いつもの校門をくぐり、いつもの教室に向かう。そこに彼はいた。久しぶりに学校に顔を出した彼はみんなにかこまれて質問攻めにあっていた。でも当たり前だ、一週間も何も言わずに学校を休んだらみんな気になると思う。私が来たことに一番最初に海斗は気付いてくれた。


「おはよう」

彼が初めて私より先に挨拶をしてくれた。無表情な彼ではなく笑みを浮かべた彼が。そしてみんなも私に気付いて挨拶をしてくれる。そんな声を聞くと、また日常に戻ってきたなと実感する。最後の日常が。そして私も返事をする。今までで一番元気を出して

「おはよう!」


「どうしたんだよ、光。やけに元気だな。ああ、海斗が来たからか?そうなのか?ははははは」

祐也が私をからかう。


「うん、そうだよ。だから嬉しいの。海斗ずっと来てなかったんだから」

以前の私なら恥ずかしがって否定していたかもしれない。だけど今の私ならはっきりと言える。自分でも分かる。この町に来て、海斗と会って私は変わった。


 私たちの時間が例えもうすぐでも時間の流れは変わらない。今日もいつものように授業があって、放課後になる。


「光、遊び行こうよ。今日はカラオケ!」

咲良が私に声をかけてくる。


 少し迷ったけれど、私は決めた。

「いいね。いこいこ。そーだ、久しぶりに海斗も学校に来たことだし、海斗も来なよ。たまには来てよ。」


「いや、僕は......。僕は遠慮しとくよ」


「いつもそんなこと言ってるじゃん。ダメだよ、それじゃ。ほら海斗行くよ、今日は拒否権ないんだからね」

そう言って私は海斗の腕を引っ張ってみんなの所に連れていく。


「お、今日は海斗も来るのか、やったやった。やっときてくれるんだ。待ってたんだぞ」

みんながそう言う。


 君に声をかけてもらえて、行くと言おうと思ったけど、結局断った僕を君は強引に引っ張ってくれた。今までの誘いを全て断ってきて、こんなにも暗い僕をみんなは受け入れてくれている。やっぱり僕はこの場所が心地良い。


 初めてこんなに大勢で遊んだ。カラオケは僕の知らないことだらけだ。こんな空間に僕は来たことがない。中は騒がしいけど部屋から出ると静かだ。みんなうたを歌う。一人で二人で、大勢でうたを歌う。僕はあまり曲を知らないし、人前で歌うなんて恥ずかしくてできない。だけどみんなは言ってくる。

「海斗もなんか歌えよー」

「海斗が歌ってるの聞きたーい」


「いや、それはいいよ。恥ずかしいし...」


「一曲だけでいいからさ、ほら海斗が歌わないと始まらないぞ」

そう言って、みんな僕を見てくる。本当に誰も動かない。みんなの前で歌うのは嫌だけど、みんなにこうしてずっと見られてるほうがなぜだか居心地が悪かった。だから僕は歌った。

「♪ありがとう〜 ♪さようなら〜————」

上手く歌えてるか分からないし、恥ずかしいだけど今を楽しもうと思える。この時間を過ごせることが嬉しい。


「意外と上手いじゃん、海斗。下手だと思ってたよ」

みんなが言ってくれて、安心した。


 海斗は楽しんでいるようで私は嬉しかった。顔を見れば分かる。今まで海斗の色々な様子を見ることができたからよく分かる。初めてだからぎこちないようだけど、彼の笑顔は本物だ。


 こうして私たちの時間は過ぎていった。夕方になり、太陽が傾いている時間に私たちは解散した。

「バイバイ〜」

「バイバーイ」

みんなと別れた後、私は海斗に声をかけた。

「海斗、いつもの場所行こうよ」


「うん」


 私たちはいつもと違った道を砂浜に向かって歩く。少し眩しい夕日が私たちを照らしている。私は言う。

「今日は楽しめた?」


「楽しかったよ。みんなと遊ぶってあんな感じなんだね」

彼は嬉しそうに、だけどどこか悲しそうに言う。


「……」

静寂が私たちを包む。二人から何も言葉が発せられない。私たちは淡々と砂浜に向かって歩く。そんな空間を割って彼は言う。

「今日で終わりかぁ。なんだか信じられないな。まったく実感がわかないや」

そうして私に笑いかけてくる。


「.........」

何も言葉が出てこない。彼にかけるべき言葉が見つからない。いつもなら笑いとばしているかもしれないけど、今回はできなかった。


 そうして何もできないでいると、目的の場所砂浜に着いた。私は何を言えばいいんだろうここに来るまでずっと考えているけど何も思い浮かばない。彼の姿を見ると首も腕ももう透明になってきている。もう時間がないことを物語っている。私たちは最後の時間を過ごしている。言葉なんていらない、彼はただ隣に座っていた。どれくらいの時間が経ったのだろう。もう日が沈みそうで、辺りも暗くなってきた。だけど、彼の輝きはより強くなっている。彼は急に立ち上がって私より一歩前に出て、こちらを向いた。そして言う。

「もうすぐだ」


 とうとうきてしまったと私は思う。こんなに悲観的で暗い私は私らしくない。彼も私もそれは望んでないだろう。最後なら笑って終われるようにしたい。


 彼は続ける。

「本当にありがとう。短い間だったのかもしれないけど君には多くの事を教わったよ。だけど僕はもう君に何もしてあげられないからごめんね」


「そんなことない。私も海斗から色んなことを教えてもらったよ。だからそんなことは考えなくていいよ。それと私も海斗に伝えたいことがあるの」

スゥー 息を大きく吸う。

「私は海斗のことが好き」


 彼は微笑んで私の話を聞いてくれた。私の言葉を聞いても彼は驚いた素振りも見せなかった。

「ありがとう。僕も君のことが好きなのかもしれないかもしれない。この感情を何と言うのか僕は知らない。だけど僕は君のことを好きにならない。君のことを好きになってはいけないし、君は僕を好きになってはいけないと思う。僕はこの世界には本来いないはずだから。それに僕たちの関係はそういうものじゃないと思うんだ。君のためにもそんな特別な関係にはしたくない。僕はやっと生きる意味を見つけたんだ。目には見えないかもしれないけど僕はいつも君の隣にいるよ。この海から君のことを見てる。それが僕の———————」

言い終わるころに彼の体から小さな光の粒がふわり、ふわりと出てきていた。そして宙を舞う。彼の姿がどんどん薄くなっていく。


「うん、見ててよ。私は立派に生きるから。絶対だよ」

私は涙を流しながら彼に笑みを向ける。


「うん、絶対に見てるよ」

彼も涙を流しながら言った。


 彼の姿は今にも見えなくなりそうなくらい薄れていた。

「ありがとう、光。またね」

彼はそう言って海の中へと消えていった。あの美しい海へと。彼は最後に私の名前を呼んだ。それは初めて会ったとき以来で二度目のことだった。それにどんな意味があるのか分からないけど、私は嬉しかった。私は海へ向かって呟いた。

「さようなら」

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