第6話
今日も来てないかな、来てるといいな。そんなことを思いながら私は砂浜に向かう。海斗と最後に会ってからもう一週間だ。今日もどうせいないと思ったけれど、彼はいた。いつもの場所に立っていた。私はうれしかった、でもそんなことを感じるよりも先に安堵した。見たところ彼は元気そうだった。以前と同じように私を見て微笑んだ。そして私は声をかける。
「やあ。久しぶりだね。ずっと待ってたよ。一体なにをしてたの?とっても心配したんだからね」
「そうだね、久しぶり。心配かけてごめん。それにしても僕のこと心配してくれてたんだ。意外だったな。君のことだから何にも気にしてないと思ってたんだけど、そんなことはなかったみたいだね。でもありがとう。もう大丈夫だよ」
嘘だ。大丈夫じゃないでしょ。そのぎこちない笑顔はなに?会ったときとは違う、最近の君はどこかおかしいよ。気分を悪そうにしてたあのときから君は何かを隠してる。いや、ずっと何かを隠してる。私はそんな気がする。ときどき影を落としたような暗い表情を見せるようになった。私が考えたことのないような疑問を持っていて、それを悲しそうに尋ねてくる。そんなに色々変だったら何かあると思っちゃうよ。私は彼に真実を聞かなければならない。
「ねぇ、教えてよ。本当のこと。何か隠してるでしょ。大丈夫って言うならそんなに悲しそうな顔しないでよ。この前言ってたいつか話すっていうこととは関係ないのかどうかは知らないけど、私はもう待てないよ。そんな思い詰めたような顔をされたらほっとけないよ」
こんなにも真剣に彼に話をしたのは初めてだ。彼も私がこんなに熱くなるとは思っていなかったのか困惑した様子でいる。
「...」
彼は何も言わない。
「どうにか言ってよ」
私は泣きそうになりながら彼に言葉を紡ぐ。
すると彼が突然服を脱ぎ始めた。急に何をし始めたのか理解できなかったけど、それを見たときすぐに分かった。彼のお腹あたりが透けていた。半透明の水色がかった色をしていた。そして時より水の中を空気の泡が上がっていくように体の中を気泡が上がっているかのように見える。目の前のありえないことに私は目を疑った。普通ではないその光景を彼に尋ねようとしたとき彼はゆっくり話を始めた。
「学校を休んだときからこうなってたんだ。体がこんな風になるとは知らなかったけど、いつかこのときが来ることは知ってたから。僕はね、人じゃないんだ。海には不思議な魂が数多く漂ってるんだよ。僕もその一つ。だけど他のみんなは何か目標を持って生きてる。だけど僕にはそれがなかった。ただの無で、何も考えてなかったから海の神様があきれて僕に契約と約束を課した。期限は十六年、人の姿を与えられて、人として生き、生きる意味と目標を見つけて帰ってこいと言われたんだ。もし何も見つけられなったら僕という存在は消される。そしてそれは後二日。だからもう君たちの前には現れずに終わろうと思ってたんだけど、君が毎日ここに来るものだから、さすがにそれは酷いかなと思って今日来たんだよ。体調が悪いとか別にそういうことはないんだ。逆に軽いくらいだよ」
「うそでしょ...」
「ほんとだよ」
彼は今までで一番優しい声で言った。
私は海斗の話の全てに衝撃を受けた。そんな物語みたいなことが目の前で起こっているのが信じられなかった。そしてとても辛い。彼が人じゃないことには驚いたけどそんなことはどうでもよかった。彼がもうすぐいなくなってしまう、それだけが頭の中に残った。
彼は言う。
「そういうことだからもうすぐ僕はいなくなる。でも今は君といる。今まで一度も行ったことがないんだけど僕は君と行きたい場所があるんだ。いいかな?」
「ダメなんて言うわけないでしょ。いいよ、行きたい。海斗と一緒に行きたい」
「ありがとう」
彼がそう言うと水が私たちを飲み込むかというぐらいの勢いで降ってきて、私たちを包んだ。私は息ができないと思って止めていたけど、息が続かなくなって、吐き出した。「ボボボボボ」でも、驚くことに水中にいるにも関わらず息をすることができた。
「ビックリした?呼吸はできるんだよ。安心してよ。不思議でしょ」
そう言って彼は笑った。
突然私たちを包んでいた水が円形になって宙に浮いた。そして私たちを乗せたまま海の中に入っていく。海面から海の中に入ったとき世界が変わった。私はこんな景色を知らなかった。澄んだ水はとても綺麗で、幻想的だった。どこまでも続く砂地が広がっている。私は息をすることも忘れて、ただただその光景に見入っていた。だけど水は彼は私にゆっくり鑑賞させてくれない。私たち二人だけを乗せた水の潜水艦は沖へ沖へと進んでいく。ときどき魚たちが並走してくる。
「海斗はお魚さんのことも分かるの?」
「うん、分かるよ。全部じゃないけど。彼らは優しいから色々なことをしてくれるんだ」
魚と心を通わせているような気がする。泳いでいる魚と目が合う、少し微笑んでいるように感じる。恐怖心はもうまったくない。知らないものばかりのこの世界にとてもワクワクする。色々な景色が見える。岩場があって小魚が群れをなして泳いでいる。時より大きな魚が目に入る。こんなに近くで見たのは初めてだ。また景色が変わる。サンゴ礁が見える。テレビでしか見たことがないような言葉では表すことのできないものがそこに広がっている。小さな魚が、大きな魚が、イソギンチャクがいる。夕日の光が入ってきてそのどれをとっても美しい。彼の方を見る。彼の体はほとんど水と同化していた。どこまでが彼でどこからが海か分からないくらいにまでなっていた。だけどそこに彼がいると分かる。彼の息遣いが聞こえてくる。笑い声が聞こえてくる。奥から大きな影がやって来る。なんだろう、少し怖いな、不安になって彼を見たけど彼は私に笑顔を向けていう。
「大丈夫だよ。あの子はいい子だから」
するとその影はマンタの形をしてやって来た。そして私たちの周りをぐるぐると回り始める。マンタも微笑んでいる気がする。するとマンタに続いて様々な魚が私たちの周りにやって来て同じように回る、その光景は壮大だった。まるで私が何かの物語の主人公になったみたいに魚の群れは私たちを中心に回っている。水族館で見るのとは違うものがあった。私は海がこんなにも深く、美しいものだとは思っていなかった。
「すっごいね!こんなの見たことない。こんな海は初めて。海ってこんなにも綺麗なんだね。私は知らなかったな。海のことも海斗のことも何にも」
柔和な笑みを浮かべて彼は言う。
「そうなんだよ。僕も何にも知らないよ。だけど一つ分かったことがあるんだ。僕は今君とこうやって一緒にいれることが嬉しい、楽しい。だから僕は君とこれを見たかった。僕が君に一番見せたかったものなんだ」
君が隣にいる、それだけで私の心は暖かくなる。こんなにも青くて広くて深い、綺麗な海の中にいるのかもしれないけど、私は君のことでいっぱいだ。君が隣にいてくれたら、今はそれだけで幸せだ。どれだけこの海が綺麗であってもやっぱり私は君しか見えない。この時間がずっと続いてくれたらいいのに、だけどそんなことは許してくれない。
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