第408話・クラージュとタトリクス(1)

なし崩しにバルレがレギーナ・イムペラートムの代行になり、タトリクスがクラージュ姫の家庭教師になる事に。



家庭教師に関しては依頼を引き受けた形になるが、内容に後付けが加わり非常に面倒さが増す。


元々、タトリクスとしては王族としての一般教養と作法、振る舞いなどを教育するつもりだった。

しかしその後付けにより、文武両面でクラージュの面倒を見てくれと言われたのだ。


こうなると日がな一日、タトリクスはクラージュと過ごす羽目になるだろう。

何故なら文武を同時に指導する事は出来ないからだ。


『本来ならそれぞれに別の教師が付くのだけど・・・詰まるところ私に全部背負わせて、1つ手間を省こうと言う訳ね・・・』

上手く利用されていると感じ、タトリクスは溜息を禁じ得ない。

文句を言ようにも既にモーレスは、騎士イリークとバルレを連れて庭園を後にしてしまって居ないのだ。


生徒のクラージュと2人きりにして、親睦を深めて欲しいとは言われたのだ

が・・・。

実際にはレギーナ・イムペラートム代行に関して、バルレやイリークと3人で打ち合わせに向かったに違いない。



2人きりにされ溜息をつくタトリクス・・・それを見て不安なるクラージュは、おずおずと問いかけた。

「あのぅ・・・何か不都合でも?」



タトリクスは出会って早々に生徒を不安にさせてしまい慌てる。

「いえいえ、全然不都合何てありませんよ! さてさて、どうしましょうか・・・初日にお勉強と言うのも何ですし」


慌ててはいたが流石タトリクスと言うべきだろう、優し気な笑顔は絶やさなかった為かクラージュはホッとした様子を見せた。

「そうですか、良かった・・・。ではご自身の事を色々お話しして頂けませんか? 私の事は父から聞いているとは思いますが、私はタトリクス先生の事を何も知りませんので・・・」



クラージュの言う事は最もだが、自分語りと言うのは正直恥ずかしい物である。

只単に自分の素性を話すだけならいいが、人と言うのは調子にのれば武勇伝を語りがちなのだから。

また年少者に話す場合、増してその傾向に陥りやすい。



『それに恥ずかしいだけじゃ無く、魔導院の機密にも触れる可能性も有るから・・・話すにしても気を付けないと』

タトリクスが色々危惧しながら思案していると、クラージュが興味津々な表情で視線を投げかけて来た。



そして失念していたとばかりにクラージュは、

「あっ・・・今日はお客様扱いになりますよね。でしたかお茶を淹れますので、こちらに座って寛いで下さい」

と露台のテーブル席に着くよう勧める。


仕方なしにタトリクスが従い席に着くと、何だか楽しそうに湯沸かし器を操作し出す。

そんなクラージュを見て不思議に思った。

「そう言えば・・・侍女の方はいないのですね?」



火の魔石を使用した湯沸かし器・・・非常に高価な物で一般では手に入らないだろう。

それに茶瓶ティーポットを乗せながらクラージュは答えた。

「はい、この庭園は管理担当の者以外は、基本的に王族しか入れません。侍女や付き人の随伴は問題ありませんが、私は1人の方が良いので・・・」


その声音から僅かだが、孤独な雰囲気が漏れているのをタトリクスは感じる。



王弟から聞いた話と初対面で会った時の印象から、クラージュが他者を容易に”認めない”気性で有る事を薄々は気付いていた。

人とは承認欲求を持つ生き物ではある・・・故に人は他者を認め、そして自身を認めて貰うのだ。


そうしなければ人同士は相容れる訳が無く、そうする事で人同士は関係を築いていく。

只、安易に他者を認め過ぎるのも考え物ではある・・・御し易い、軽い、楽観的だと軽視されるからだ。


だがクラージュのそれは余りにも頑なで、自身の要求するものでなければ認めず拒絶する傾向が有る様に見えた。

これでは周囲の同年代は寄り付かないだろう。

そして傍に残るのは、クラージュが求める事を淡々とこなす侍女や傍仕えぐらいになってしまう。



『恐らく心中を語れる相手は、父親であるモーレス様しか居ないのでしょうね・・・』

そうタトリクスが思った後、ふと完全に意識外にあった事が脳裏を過る。


それをどうしても確かめたくなり口を衝く。

「クラージュ姫・・・実は私・・・御父上のモーレス様から求婚を受けていたのです。初めは物珍しさで、私を妾にしようとしていたのかと思っていたのでが・・・貴女のお母様は・・・」

そこまで言ってタトリクスは言い淀んでしまった。



すると予想していた通りの答えをクラージュが口にした。

「私の母は、私を産んで直ぐに亡くなってしまいました。お父様がタトリクス先生に求婚したのは、恐らくですが私を気遣っての事だと思います・・・」



つまり父子家庭であった。

片親でしかもその親が多忙な立場であったなら、その子供は1人で日頃を過ごさねばならない。

幸いクラージュは裕福な家柄に生まれ、周囲の環境は”生活する上”では全く問題が無かった。


しかし教育上は良い環境とは言えないのは、今のクラージュを見れば明白だ。

周囲は甘やかすだけで、社会的に必要な事を誰も教えようとはしなかったのだろう。

正に生まれと環境が為せる”ある意味”不幸な人生と言えた。



ここに来て増々タトリクスは、王弟モーレスの考えが分からなくなる。

『私に求婚したのは、私に惚れたから? それとも娘の為?』


そして手を変え品を変え、タトリクスを傍に置こうと家庭教師にしたのだ。

その裏にはタトリクスの軍人だった経歴が加味されており、付き人のバルレ共々にセルウスレーグヌムへの貢献を視野に入れている様にも感じた。



全てが複雑に絡み合い、モーレスの真意を”今”見抜く事は出来ない。

『なら流れに任せて静観するしかないわね。差し当たってはクラージュ姫に足らない物・・・人生を導く師と、母親か・・・』


モーレスが求める役柄を察し、タトリクスはうっかり溜息をついてしまうのであった。


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