第409話・クラージュとタトリクス(2)

ついうっかり溜息をついてしまうタトリクス。

そうすると案の定クラージュが、

「え・・・どうされました? 何か私、不快な事を言ってしまいましたか?」

と言わせてしまう羽目に。



本日二度目の不手際である。



「いえいえ、こっちの事だから気にしないで・・・本当に。それよりも私の事を話すんだったわね、さて何から話そうかしら・・・」

だが直ぐに表情を繕い、語調も言葉も優し気にタトリクスは言った。

ホッとした様子でクラージュは淹れたてのお茶をタトリクスの前に置くと、自身の分のお茶も淹れて斜め隣りの距離が近い席に着く。



どうして正面に座らないのか怪訝に思ったが、

「タトリクス先生・・・その、綺麗すぎて直視するのを憚ってしまうのです。変に近い位置ですみません・・・」

そうクラージュが戸惑って告げた為、タトリクスは合点がいった。

こう座れば、しっかりと横を向いて少し顎を上げないと顔を直視出来ないからだ。



また他者が自分を直視出来ない理由も、タトリクスは理解していた。

一般的な人間の感覚では、自分は随分と整った容姿をしている。

また体付きも扇情的で、男性好みをしているのも自覚しているのだ。


だからと言って自分が凄いなどとは少しも思っておらず、この容姿の所為で被る不利益が多く、逆に悩まされていた。

他者を魅了し籠絡したと言われたり、実際の実力を容姿にかこつけて低く評価したり、無用な求婚を迫られたり・・・数えればきりがない。


そして実際こうしてクラージュは直視できず、会話しずらい実害が出ている。

故にタトリクスは自分が容姿で優れていて、それが凄い事だとは一切思えないのであった。



「クラージュ姫が謝る事では無いわ。これからは顔に、何か薄い覆いを被る方が良いのかも知れませんね・・・」


タトリクスが申し訳なさそうに言うと、クラージュは慌てた様子で止めにはいる。

「え! せっかく美しいお顔ですのに勿体ないです。私が慣れれば良いだけなので、そのまま自然に居て下さい!」



稀にこう言った者がタトリクスの周囲に現れる。

自分の物にしようとするのではなく、有りの儘を傍で眺めて居たい・・・そんな変わり者が・・・。

付き人のバルレもそうだが魔導院で生活していた頃は、周囲にそんな者達が多くいた。

皆、気心が知れる仲で、タトリクスを慕ってくれていたのだ。



『この娘も私を慕ってくれているのかしら・・・。家庭教師としては素直な生徒は助かるけれども、もし疑似的にでも母親として期待しているなら、後々困った事になりそうで怖いわね・・・』

まだ出会って1時間も経過していないが、先を見通してしまい気分が落ち込みそうになるタトリクス。



そう思われているとは露知らず、クラージュは楽しさを堪える様に言った。

「先生は今まで何をされていたのですか? お父様に求婚されたと言われていましたが、他国の貴族の方なのですか?」


クラージュにとって目の前の家庭教師は美しいだけでなく、底知れぬ能力を隠した偉人に見えるのだ。

それにより今までどう生きて来たのか、どう言った素性なのか興味が絶えない。

加えて自分に何を教え与えてくれるのか、期待に胸が膨らんでいたのであった。



「貴族・・・そうね・・・以前は、とある国の軍務管理を任されていました。今は落ちぶれて、しがない歌い手ですけどね」

と苦笑いを浮かべてタトリクスは答える。



軍務管理と言う事は、少なく見積もっても管理者と言う事になる。

現場の指揮であるなら軍司令級で、後方なら参謀将校だろう。

そんな器量の持ち主が、

「歌い手・・・ですか。今はそれで生活をしていたと?!」

と驚きクラージュはタトリクスへ訊き返した。



「ええ・・・趣味と実益と言えば良いのでしょうかね・・・。軍務以外に魔法・・・特に呪歌を研究していたのです。それが性に合っていたのか、呪歌でなくとも”只の歌”で仕事が出来る水準にあったようです」



天は二物を与えずと言うが・・・タトリクスは、美・知・武・・・その上に芸まで秀でている事になり、二物どころでは無い。

ハッキリ言って規格外の超絶者である。


クラージュは驚きを隠せず、

「先生は何でもお出来になるんですね。とある国の事も気になりますが、それは聞くべきではないのでしょう。でしたら歌を聴かせて貰う事は出来るのでしょうか?」

などと察した風に言うが、まさかの要望を絡めてくる。



これには少し困った表情をタトリクスは浮かべた。

「私の歌を聴きたいのですか・・・。舞台でも緊張するのですけど、1対1サシでも何故か余計に緊張するのです・・・困りましたね」



この人でも緊張する事が有るのか・・・とクラージュは意外に思ってしまう。

ひょっとしたら歌うのは得意だが、他者に披露する事は余り得意では無いのかもしれない。


そう考えれば何となく納得できたが、それでも興味は絶えない。

なので我慢できずにクラージュは押してみる事にした。

「少しで良いので是非聴いてみたいです・・・駄目ですか?」



正直、クラージュの見た目は非常に可愛らしく、懇願する様に頼まれては非常に断り難い。

本人は気付いていないかも知れないが、この可愛さは武器になる・・・とタトリクスは思えた。

故に王弟モーレスは、武と美の象徴であるレギーナ・イムペラートムにしたいのだろう。



「仕方ありませんね・・・では1曲だけ歌って差し上げましょうか・・・」

タトリクスはそう告げて、上掛けのケープの中から何かを取り出したのだった。


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