第407話・運命と抗えぬ状況
父が新たに連れて来た家庭教師が、只者では無い事をクラージュは知る。
その容姿は華奢で小柄ではあるが扇情的な体付きで、妖精かと見紛う程の美しい顔をしていた。
また外見的要素だけでは無く、内面・・・為人もクラージュを驚かせる。
信じられない位に肝が据わっていたのだ。
それでいて優し気な表情と雰囲気を持ち、人当たりの良い印象を相対した者に覚えさせる。
彼女の名はタトリクス・カーン。
淡い青銅色の髪と、真っ白な肌が特徴的な女性だ。
クラージュは父にこの家庭教師を紹介され、早々に誇りと自尊心を粉砕される羽目になった。
姫である自分を、タトリクスは敬う姿勢を見せなかった・・・故に咎めたのだが、痛い反撃を受けた訳だ。
「敬うべきはその人物の人柄や功績であって、地位や立場は本来それに因って付属する物。クラージュ姫のそれは評価され得た地位や立場では無いでしょう?」
こんな言葉を生まれて此の方、他者から言われた事が無かった。
衝撃的であり、自身の誇りが只の砂の楼閣だとクラージュは思い知る。
ほんの少し他人より器用で容姿が勝っていて・・・それ以外は一般人と然程に変わりが無いのだ。
そしてクラージュは、自身に何が足らなかったのか漸く知るのだった。
『私には
打ちのめされた様に黙り込んでしまったクラージュ。
心配した父親のモーレスが傍に駆け寄ろうとしたが、それよりも早くタトリクスが彼女の目の前に立った。
「私は貴女のお父様から、貴女をどうしたいかは窺いました。では
タトリクスの口調は先程の凍り付く様な物では無く、柔らかくて優しくて、そしてとても温かく感じた。
王弟モーレスの娘や姫を相手している・・・そんな上辺だけの気遣いでは無い。
純粋に相手の行く末を心配する問いかけであった。
「私は・・・レギーナ・・・いえ、他人に誇れるような自分に成りたい」
だからこそクラージュは、建前では無く本心で願う事を言葉にした。
「そう・・・なら決まりね。クラージュ姫に足ら無い物を補う為に、私が力を貸しましょう。全てに於いてね」
タトリクスは優し気な笑みを湛えたまま告げる。
何とか丸く収まり、ホッと胸を撫で下ろすモーレス。
「はぁ・・・やれやれ。傍で見ていて肝が冷えた・・・。折角有能な家庭教師を得たというのに、両者が衝突して御破算になってしまっては私の苦労も水の泡だからね」
その言い様にタトリクスは、
『只単に私へ依頼しただけじゃないですか・・・何が苦労なのやら・・・』
と言いそうになったが、御息女の目の前なので止めてやる事にした。
一方クラージュはと言うと、真に受けて素直に聞いてしまう始末だ。
「タトリクス先生を雇い入れるのに、そんなに苦労されたのですか?」
「え、あ、いや・・・まぁ本当にお前を任せられるかどうか色々調べたりなどね・・・」
若干シドロモドロにモーレスは言及する。
だが実際どう根回ししたかは別として、この言葉自体は真実だとタトリクスは洞察する。
本来は求婚相手として
しかしノラリクラリと求婚を躱すので、調査に回した苦労を何とか実益に繋げたいと考えたに違いない。
『でも家庭教師として身近に置けば、私を落とす機会があるとモーレス様なら考え兼ねないわね。一応気を付けておかないと・・・』
タトリクスが一人で思案に耽っていると、庭園の入り口から2つの人影が近付いて来るのが見えた。
「バルレ・・・それに案内役の騎士様・・・」
モーレスもそれに気付き、意味深な事を口にする。
「良い所に来た、これで役者が揃った訳だ」
「そのご様子ですと、話は上手く纏まったようですね」
こちらも首尾良しと言った顔で、バルレを連れた騎士イリークは言った。
そして共にやって来たバルレは、すまなそうに告げる。
「申し訳ありません・・・タトリクス様」
恐らくなし崩しにレギーナ・イムペラートム代行を押し付けられ、拒否出来なかったのを悔やんでいるのだろう。
『バルレらしいと言うか・・・貴女の所為じゃないのにね』
そう思い、ほくそ笑みながらタトリクスはバルレへ労うように返す。
「気にしないで。私がここに来た時点で、こうなる事は決まっていたのだから・・・」
人には抗えない運命と言う物がある。
それは予想だにしない他者からの干渉であったり、自身では拒絶も対処も出来ない状況だったりする。
正に今のタトリクスの状況はそれであった。
『まさか、元より私の能力を見抜いていて求婚をした・・・?』
余りに用意周到なモーレスのやりように、初めから全て仕組んでいた事では・・・と勘繰ってしまうタトリクス。
それは詰まり軍事面での人材を得るのが目的と考えられた。
昨今、ペレキス共和国と軍事的緊張が高まっており、万が一に備え軍備を整える事は当然だからだ。
没落し人生の再出発をタトリクスは余儀なくされた。
故に今後は権威に依存しない人生を送りたい・・・そう願い出奔したのだ。
しかしタトリクスの美貌と能力そして為人が、否応無しに権威を引き寄せてしまうのであった。
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