第405話・家庭教師と不肖な生徒(2)

「娘をどうしたいか・・・先ずはそれを語るべきだな」

深緑の庭園を進む足を止め、モーレスはタトリクスへ自身の目的を話し始める。


「次のレギーナ・イムペラートムが決まっていないのだ。このままでは軍の象徴、それに民の羨望を集め導く旗印を欠いた状態になってしまう。そこで後を継ぐ者として、私の娘が最有力候補にあがっているのだよ」



直ぐに察しがついたタトリクスは、皆まで言うなと言わんばかりに透かさず言葉を返した。

「成程、そう言う事情が・・・。つまり御息女をレギーナ・イムペラートムに相応しい女性に教育して欲しい訳ですね」



「フフ・・・流石タトリクス嬢は話が早い。それから付き人のバルレ殿だったかな・・・彼女にはその実力に見合った依頼をお願いしている頃だろう」



モーレスの意味有り気な言葉に、タトリクスは怪訝な表情を浮かべる。

「実力に見合った依頼・・・? まさかバルレにも何か面倒事を頼んだのですか?」



「面倒事とは人聞きの悪い・・・彼女には私の娘の件では無く、レギーナ・イムペラートムに関してのお願いしたのだよ。まぁ”関して”と言うより”そのもの”が正しいか・・・」

と苦笑いを浮かべながらモーレスが告げた。


すると何かを確信したかのように目を見開いた後、タトリクスは溜息をついた。



「ハハハ、本当に貴女は察しが良いね。今娘は12歳・・・成人まで3年はある。そこまでレギーナ・イムペラートムが不在なのは正直困るのでね、代行を立てようと思ったわけだよ」



今度はその言い様に立ち眩みを覚えたのか、額に片手を当て瞳を閉じるタトリクス。

「下手に高い武力を持っていると、必ずこう言った面倒に巻き込まれると危惧していました。だから悟られないよう、只の付き人を演じさせていたのですが・・・無駄でしたね」



今更だが気遣う様にタトリクスの背に手を添えると、

「いやいや、それは無駄では無かったと思う。私やイリークで無ければ気付かなかった筈だからね。まぁ相手が悪かったと我慢してくれ」

そうモーレスは優し気な口調で言うのだった。



いつも笑顔を絶やさず周囲に優しさを振りまくタトリクスだが、今日ばかりは気落ちして表情が暗くなってしまう。

”我慢してくれ”とは詰まる所、「付き人にも重大な依頼を頼んだから、主としてそれを断ったりしないでくれよ!」と暗に念をおされたのだ。


そもそも王族からの依頼は命令に等しく、よっぽどの理由でそれに正当性が無い限り断る事は出来ない。

もし下手に断ろうものなら不敬罪や侮辱罪、更には有らぬ理由を付けられて王族に対する反逆罪として罰せられる可能性がある。


この王族としては”優し過ぎる”モーレスが、そんな卑劣な事はしないだろうが・・・立場上それを盾に強請ねだってくることも十分考えられた。

故に断らないで欲しいとモーレスは思って居るに違いない。



「はぁ・・・。乗り掛かった舟です・・・主従共々、モーレス様に協力するしか選択肢は無いようですね」

タトリクスは大きな溜息をついて、諦めた様子でそう告げた。



「ありがとう・・・私の立場上、断られれば脅してでも受けて貰わねば成らないところだった・・・」

背に当てた手で、申し訳なく撫でながら言うモーレス。

下心は全く感じず、タトリクスへ本当に悪いと思っている感情が伝わって来た。



『本当に優しい人・・・今も公私の間で葛藤しているのでしょうね』

自身の良心が許さなくても、公的立場がせざるを得ないのだ・・・それを理解しているタトリクスは、逆にモーレスを気の毒に感じてしまう。


だが次の言葉で全てが吹っ飛ぶ。

「次いでで申し訳ないのだか・・・武術に於いても娘の面倒を貴女にお願いしたいのだ」


モーレスが告げた事が直ぐに理解出来ず、訊き返すタトリクス。

「・・・・えっ?! バルレにでは無く、私にですか・・・?」



そうするとモーレスは、タトリクスの耳へ囁くように言った。

「私には独自の情報経路が有ってね、魔導院も例外では無いのだよ。それに因るとカーン家は文官では無く、生粋の武官の家柄だった訳だ。これ程に華奢で美しい淑女が、軍を率いるだけの能力と武力が有るとは俄には信じ難かったがね・・・」



モーレスの囁きに呆気にとられたタトリクスは、この人物に対する印象と先入観を捨てる。

確かに細かな気遣いと優しさを感じはしたが、今ここで薄ら寒い”何か”をモーレスに覚えたのだ。

『前言撤回・・・この方の意識は公私の葛藤なんて所には無いわ。使命でも、信念でも無いもっと別の・・・』



タトリクスが逡巡していると思ったのか、

「貴女が素性を明かさないのは、色々込み入った訳があるのだろう? そこに付け込んで脅そうと言う訳では無い。只、貴女の本当の実力が勿体なくてね・・・ここなら存分に生かせるのだから」

と背中を後押しする様にモーレスは告げた。



「良く言いますね、そんな事・・・。先ほど”脅さなければ成らない”なんて仰ってた癖に!」

言葉は咎めるようだが、タトリクスの語調と表情が元々柔らかいので恐くもなんともない。


そしてニヤニヤしているモーレス見て自身の言葉が通じていない事を悟ると、溜息をついて続けた。

「はぁ・・・1つ受けたなら2つも変わりません。でも今回はオマケですからね!」



それを聞いたモーレスは嬉しくて小躍りしそうな素振りを見せたが、堪えたようでソッとタトリクスの手を取って恭しく言ったのだ。

「有難うございます、タトリクスお嬢様・・・っと、30をとうに回っているのにお嬢様は逆に失礼だったかな?」



誰が見ても20歳、下手をすれば10代に見えるタトリクス。

そう見られている事を自身でも認識していた為、さばを読んで20歳と偽り舞台に立っていたのだ。


だが抜け目のないモーレスには通用しなかったようだ。



「もう! 知っているなら知っているで口に出さなければいいのに! 意地悪なんですから・・・」

タトリクスは怒って、そっぽを向いてしまった。


これから娘に会わせて面倒を頼もうとしているのに、機嫌を損ねては本末転倒である。

冗談が過ぎたと思い慌ててモーレスは謝罪に回るが、

『しかし、”今回はオマケ”と言う事は、次回も1つずつなら頼み事を聞いてくれるのだろうか・・・』

脳裏では打算的な思いが過るのであった。


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