第404話・家庭教師と不肖な生徒(1)
只者では無い事を感じさせるバルレの所作。
一般人なら見抜く事は出来なかっただろう・・・しかし剣匠ズィーナミの実子イリークにはそれが可能だったのだ。
武力・・・恐らく剣術の腕前は相当な物だと判断した。
故にそれを根底にレギーナ・イムペラートムを任せたい、そんな思いが近衛騎士団指南役であるイリークの心中を満たす。
その思いを成し遂げるには、先ずバルレの素性を把握しておかねば成らなかった。
そして何とか素性を語らせたのは良いが、遠く離れた東方の魔導院で、幼少時に剣匠ズィーナミへ師事していた事を聞かされる。
「まさか父に師事していた時期があったとは・・・世間とは狭い物ですね」
とイリークは驚きを隠せず、その感想が口を衝いた。
「私も20年近く経った今、こんな巡り合わせになるとは思いもしませんでした」
バルレのその言葉にイリークは目を見開き、
「え?! 失礼ですが・・・今お幾つなのでしょうか? あ、いえ・・・無理に答える必要は有りません。あっ! しかし身元を確認する為にも年齢は聞いておかねば為らないか・・・」
シドロモドロになりながら問いかける。
すると特に気にした風も無くバルレは答えた。
「今年で32歳になります」
再びイリークは驚いてしまった。
どう見てもバルレの年齢は20歳程にしか見えないからだ。
『確かに落ち着いた雰囲気は、30代のそれを感じさせるが・・・これ程に美しく若々しいとなると俄には信じ難いな』
「それで・・・これからどうされるおつもりで?」
驚いたまま話が進まないので、バルレが気遣った様子で問いかけて来た。
「あ、あぁ・・・そうですね。取りあえずはモーレス様の判断待ちと言う事になります。小官としてはバルレ殿に直ぐにでもレギーナ・イムペラートム代行を務めて欲しいのですが・・・」
「訊き方が悪かったようですね、申し訳ありません。それはもう話の流れから私には拒否権が無いので承知しております。私が伺いたいのは”今からどうしますか?”と言う事です」
言う者が違うなら棘がある言い様だが、バルレだと不思議なもので優しい問いかけに聞こえた。
的違いの返事をしてしまった自分を自嘲する以上に、バルレの心地よい口調に酔ってしまうイリーク。
そしてバルレの視線に気付き、ハッと我に返ると直ぐに答えを口にした。
「小官はお二方の案内と接待をする様に仰せつかっています。バルレ殿に要望が無ければモーレス様の元に向かおうかとも考えていたのですが・・・如何ですかな?」
問われて問い返すなど滑稽の極みだが、出来るだけこの優し気な麗人の意志を尊重したいと思った。
そうすると少し逡巡してからバルレは答えた。
「そうですね・・・私も王弟殿下と
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タトリクスは王弟モーレスに案内され、王宮内にある庭園の一画に連れて来られていた。
そこはセルウスレーグヌム固有の様式で、自然に囲まれた美しい庭園であった。
モーレス曰くこの辺りは不毛な土地が多く、元々は緑が少ない地域だった。
故に建国の始祖スクラボス・ソテーリアは豊かな深緑に憧れ、国が裕福になれば必ず美しい庭園を築こうと決心した・・・それがこの自然を模した庭園の成り立ちなのだそうだ。
よく手入れが行き届いてはいるが、自然の情緒を損なわない造形と管理がタトリクスの胸を打った。
「素晴らしいです・・・小川のせせらぎ、木々の間から差し込む柔らかな木漏れ日・・・心が安らぎますね」
「ここは娘のお気に入りでね、今日も不満そうな顔で時間を持て余していると思う。是非タトリクス嬢には、娘に活を入れて頂きたいと考えているのだが・・・可能かね?」
と行き成り、依頼の核心に迫る事を言い出すモーリス。
これにタトリクスは逡巡してから、気遣いつつも苦言を呈した。
「え・・・まぁ、家庭教師のご依頼は引き受けるつもりで参りましたが、会って早々に活を入れろとは・・・常識に欠ける行為かと」
タトリクスの言い分は最もで、少し事を急ぎ過ぎたとモーレスは
そもそも家庭教師と生徒の関係は、信頼が重要なのだ。
この人物に教わりたい・・・そう真摯に生徒が思わなければ師弟関係を築ける訳が無い。
そう考えると相対して早々に活を入れる行為は、頭ごなしに言い聞かせるような、又は抑えつけて従わせようとするに等しい。
『そんな事をしては、あの娘が素直に教えを乞う気持ちになる訳がないか・・・』
と考えを改め、モーレスは方針を変える事にした。
「娘は根は悪い子では無いのだ。少し自己主張が激しく、思い通りに成らない自分自身に苛立ちを感じているだけで・・・。だから上手くそれを汲み取って素直にすることは出来ぬだろうか?」
流石この国の王弟であり、財務長官をしているだけの事はある。
他者からの意見を素直に取り入れ、必要であれば修正した上で実行に即移す。
封建的な君主社会で在りながら、これほどに柔軟で優しい”支配する側”の人間が居るとは、この国も捨てた物では無いとタトリクスはほくそ笑んだ。
元からそう言った為人に気付いていたからこそ、タトリクスはこの依頼を受けようと思ったのかもしれない。
『無意識の内に、この方へ手を貸したいと思ってしまうのは、私が優し過ぎるのか・・・それとも・・・』
「兎に角は御息女に会ってみない事には何とも言えませんね。で、結局はどう言った風にしたいのか、詳しくお聞きしていないのですが。それに因っても私の出方が変わると思うのです」
不安と言うより、不明な要素を明らかにするようタトリクスは告げる。
モーレスは立ち止まると、少し宙を仰ぎ呟くように言った。
「そうだね・・・貴女を家庭教師として招いて、娘をどうしたいか・・・そこが重要だな」
そうして徐に話し出す内容を聞き、その重大さに少し後悔をしてしまうタトリクスなのであった。
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