第401話・武骨な騎士と優し気な麗人

バルレの接待をするよう案内役の騎士に言い渡し、モーレスはタトリクスを連れてさっさと庭園から立ち去ってしまった。

時刻はもうすぐ正午で、お腹も空いて来た頃合いである。



「貴女の主と陛下も仰っておられましたし、小官がご一緒致しますので昼食などどうでしょうか?」

騎士は名分を得た所為か、自信満々な様子でバルレへ誘いの言葉を掛けた。



タトリクスの世話の心配する必要も無く、そうしろと言うなら吝かではないバルレ。

だが1つ問題があった・・・この騎士とは特に面識もなく、出会ったのは今日が初めてなのである。


主に騎士を好きになれとか、お付き合い前提などとは言われていないので、正直名前などどうでも良い。

それでも呼び名を知らなくては、人間関係上で不都合が発生する。



「・・・・・」

ふと、そんな事務的な考えと、表面上では好感を持たれる振舞いをしていた自分にバルレは自嘲する。

全てはタトリクスを中心に行動が決定され、タトリクスへ全てを捧げているのだ。

故に仕方の無い事ではあるが・・・騎士に対して不誠実な自分を自覚し、ほんの僅かだが自己嫌悪してしまった。



返事が無い事に不安そうな表情を浮かべる目の前の騎士。

それに気付いたバルレは、

「あ・・・申し訳ありません。少し主の事が心配になっただけですので、お気になさらないで下さい。それよりも騎士様のお名前をお伺いしてもよろしいですか?」

と直ぐに柔らかな微笑みで尋ねる。



すると騎士はホッとした様子を見せた後、淑女に対する紳士の作法を見せた。

「小官は宮廷近衛騎士団所属、イリーク・リニスと申します・・・以後お見知りおきを」

大仰過ぎず、だが丁寧に胸元に片手を置き礼をして言ったのだった。



「これはご丁寧に、私の事はバルレとお呼び下さい。早速ですが昼食に向かいますか?」

バルレも軽くお辞儀をして即本題に入る。


少し早急で情緒が無い感じもするが、誘った側の男性からすれば話が早くて助かると言うものだ。

またバルレは決まってしまった事にグダグダせず、直ぐに行動へ移し済ませる質なのだった。


それは良く言えば行動力があり、悪く言えばサバサバとしていてセッカチと言えるだろう。



「あっ、は、はい・・・実はこの王宮には幾つも食事処が有りまして、貿易先の文化に因んだ食事が出来る様になっています。ご要望が有れば大体の料理が食べられると思われますが、どうしますか?」

急にイリークから問われて戸惑うバルレ。

普通、食事に誘ったなら、誘った側が場所を指定して女性を案内するものだからだ。



『まぁ私を気遣って言ってくれたのでしょうが・・・』

そう思うことにしたバルレだが、女性をグイグイ引っ張って行く男性らしい甲斐性は無いのだろうな・・・とも値踏みしてしまうのだった。



そんな間が逡巡に感じたのかイリームは、

「それでしたら丁度、魔導院建築の庭園に来ていますし、ここで食事されていきますか? 祖国の味が懐かしいのでは?」

と言ってはくれるが全くもって的外れである。


『タトリクス様をここへ案内した時もそう・・・出奔してこの地に落ちぶれて来たとは考えもしないのだろうか・・・?』

誠実なのだろうが、少し想像力と配慮に欠けているのが、何とも勿体ない御仁だと思う。

「いえ・・・それでしたらリヒトゲーニウスか、この地の郷土料理などを頂ければ嬉しいです」



「そうですか・・・わかりました。なら直ぐ隣の庭園がリヒト様式の庭園いなっているので、そこで昼食に致しましょう」

そう言ってバルレを案内するよう、イリームは徐に先を歩き出した。


イリーム曰く、この王宮庭園には各国の建築様式が建ち並び、それぞれを管理する使用人達に求めれば食事を提供してくれるらしい。

勿論、その様式に因んだ郷土料理をだ。

何とも手の凝った事を王宮でしていると感じてしまうが、国を挙げて貿易に注力している事に訳がある。


国内外問わずセルウスレーグヌムで貿易の商売をしたければ、この国で許可を取る必要があった。

その許可を申請出来る施設が、この広大な王宮庭園の一画に設けられて、自然に貿易関係の商人達がここに集まってしまう。


そこで当時、宰相になったばかりのアンビティオーが遠方から来る商人たちを労う為に、地域に因んだ様式を提供しようと考えたのだ。



『彼のアンビティオー陛下が、只1つの目的の為に”何か”をする訳が無いわね・・・』

バルレは裏の目的を直ぐに洞察した。


労いは建前で、”これだけの事が出来る”と列国に宣伝しているのだ。

つまり国力を誇示する目的で、商人の目と口を利用しようとアンビティオーは考えたのだろう。

貿易を生業にする行商は各国を股に掛ける・・・それは情報を拡散させる良い道具とも言えるのだから。



色々とイリームから話を聞いている内に、無用な考えをしている自分に気付くバルレ。

『タトリクス様の癖がうつってしまったのかしら・・・主も私も、もう只の一般人だと言うのに・・・』



そんな風に内心で自嘲していると、

「バルレ殿は、その・・・立ち振る舞いだけでなく、身のこなし・・・特に足の運びが只者では無いと感じたのですが、何か武術を?」

そうイリームが真面目な顔で言ってきた。



目を見開いて一瞬ギョッとした様子をバルレは見せる。

本当に僅かな1秒に満たない時間だったが、いつもの柔らかく優し気な雰囲気が突如変化したのだ・・・見間違う筈が無い。



「無用な事を訊いてしまったようですね・・・申し訳ありません、忘れて下さい」

慌てて謝罪するイリーム。



直ぐに柔らかい笑顔でバルレは、

「いえ、気にしないで下さい。只、表に出さない様に振舞っていたつもりだったので、少し驚いただけです。イリーム様は随分とそう言った目利きが良いようですね」

と言って気まずくなった空気を和ませに掛かった。


すると根が単純なのか、少し照れながら饒舌にイリームは語り出す。

「あぁ・・・いや、そんなに大したものでは・・・一応、近衛騎士団の武術指南役を務めてはいますがね。それで達人ほど身のこなしと言うのは染みつくものですから、小官ぐらいになると見ただけで分かってしまうのですよ」



「なるほど・・・凄い方だったのですねイリーム様は。もし差しさわり無いのでしたら指南役になった経緯を、食事をしながら聞かせて貰えませんか?」



タトリクス程では無いにしろ麗人と言っても過言では無いバルレ・・・その彼女に微笑まれてお願いされたら断れる男は少ないだろう。

「も、勿論です! 小官の武勇伝などを話す様で少し恥ずかしいですが・・・」



こうして優し気な麗人と武骨で単純だが誠実な騎士は、意気投合したようにリヒト様式の庭園へ足を踏み入れたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る