第400話・絶世のすれ違い(2)

「本当に美しい庭園ですね。それに何処か懐かしい感じがします・・・」

とタトリクスは人を魅了する柔らか笑みで告げた。

タトリクスと付き人のバルレは、宮廷騎士に案内され王宮の庭園を散策している最中であった。



元々の目的は王弟モーレスに会う事だったのだが、どうやら業務で忙しいらしく随分と待たされる羽目に。

それを気遣ってか警護兼接待役の騎士が、タトリクスへ王宮庭園の見学を勧めたのだ。

時間つぶしと気晴らしと言う訳である。



「タトリクス殿は魔導院の御出身だと伺っています。この敷地の建物と庭園は貴女の祖国を模倣したものですから、それで懐かしく感じられたのでしょうね」


「そうなのですね、どうりで・・・」

騎士にそう告げられ、嬉しそうに相槌を打つタトリクス。

その仕草や語調は傍に居る者を和ませ、美貌を直視せずとも惹き付けてやまない魅力が有った。


思わず一目惚れしそうになった騎士は、それを慌てて払拭する様に頭を振る。

タトリクス・カーン──このアポイナきっての歌姫であり、王弟モーレスが見初めた女性なのだから・・・。



一方、付き人のバルレは、タトリクスの心中を察して苦笑を堪えていた。

『出奔した身で、故郷を彷彿させる景観を見せられるなんて・・・正直、心中穏やかでは無いでしょうに。ですが他者を決して不快にさせない配慮は流石タトリクス様です』



「あら・・・?」

突如、タトリクスが不思議そうな声を漏らした。



タトリクスの視線の先を追い、それを確認し騎士は直ぐに敬礼の姿勢を取った。

30m程先にある石畳に数人の人影があり、その中の1人に自国の王が居たからだ。


そしてその傍には、神秘的な美しさを湛える美少女が同行していた。

身体の全てが白で構成された、まるで神の使いかと思わせる絶世の美。

そんな存在を目の当りにしたタトリクスは、

「あの方は確か・・・」

と少し呆然としつつ呟く。



透かさず騎士が答えた。

「我が君主アンビティオー陛下と、永劫の王国アイオーン・ヴァスリオの国主・プリームス陛下に御座います」



騎士が敬礼しているのに、一般市民がそれに倣わない訳にはいかない。

しかし慌てる事無くタトリクスは、丁寧に、そして優雅に首を垂れ、付き人であるバルレもそれに続く。



その所作を確認したアンビティオーは、軽く片手を上げた後その場を後にする。

また傍に居たプリームスはニッコリと笑顔を浮かべて、徐にアンビティオーの後を追うのだった。



完全に両王一行が姿を消して、

「緊張しました・・・まだ舞台の方が全然ましです」

とホッとした様子でタトリクスは呟いた。


『王2人を目の当りにして舞台と比べるのもどうかと思いますが・・・』

そう考えつつもバルレは同調するように言った。

「ですね・・・聖女陛下があれ程お美しいとは、噂以上で度肝を抜かれました」



「いや、タトリクス殿も相当にお美しいかと・・・それに付き人の貴女も」

騎士は相変わらずソワソワと落ち着かない様子で告げる。


「有難うございます」

端的に返すバルレだが、タトリクスに負けず劣らず柔らかで優しげな笑顔を見せた。

それは見た者の心を射止めるのに十分な威力があり、騎士にとって思わぬ伏兵だと言える。



「不躾なのですが、もし宜しければ小官とお食事などご一緒して頂けませんか? あっ・・・、いえ、直ぐでは無くご都合の宜しい時で構いませんので!」

何を思い立ったのか突然そんな事を言い出す案内役の騎士・・・正に不躾である。



不意を突かれた様に硬直した後、逡巡するバルレ。

タトリクスさまが駄目だからと言って私とは・・・。何とか当たり障り無く断らないと』


ふだん舞台に立つタトリクスは、当然こう言った誘いは頻繁にある。

一方、付き人のバルレは裏方な立場の為、余りこの様な状況を目にしない・・・飽く迄、タトリクスの知る範囲では。


しかし一旦男性の目にとまり距離が近くなると、よく気が利き、優しい為人に皆は気付いてしまう。

結果、こう言った逢引きの誘いが起こるのであった。


付き人なのだから、目端が利いて当然だと思う者もいるだろう。

だがそれは主人に対してで、それさえも完璧にこなす者は僅かなのが実際の所だ。

それにも増して周囲に気配りが出来て誰にでも優しいとなると、もはや博愛主義者で無ければ天使と思える。


『事実、近しい周囲にバルレはモテるのよね・・・』

と困っているバルレを見ながら、タトリクスは内心で呟いた。


そして思い立ち、意を決したタトリクスは言い放つ。

「偶には羽を伸ばしてくるといいわ。私の事は大丈夫だから・・・ね」



「ねっ、と言われましても・・・タトリクス様は私が居ないと何も出来ないでしょうに」

呆れ顔でバルレは異議を唱えた。



そうすると突然、2人の背後から声がする。

「それならば心配には及ばないよ。この私がお相手するからね」

案内役の騎士が慌てて敬礼をして、それに合わせるよう2人が振り向く。


そこには待ち惚けさせられた張本人・・・王弟モーレスが立っていた。



「わざわざ王宮まで足を運んでくれたと言う事は、色良い返事を貰えるのだろう?」


そう人の良さそうな笑顔で言うモーレスへ、タトリクスは少し怒った表情で言い返す。

「先ずは随分と待たせた謝罪をするべきではありませんか? もう本当に帰ろうかと思いましたよ」

怒って咎めるような言い回しではあるが、声が柔らかく語調が優しい所為で全くその様には聞こえない。



「まぁまぁ、それに関しては申し訳無いと思っているよ。だが聖女陛下との会談となると流石に席を外せなくてね・・・」

また美しい容姿は何をしようが美しい物で、モーレスはタトリクスの喜怒哀楽を楽しんでいる様であった。



聖女陛下との会談は以前より予定されていた事に違いない。

そうなるとタトリクスが押しかけた形になるので、もう文句の言い様が無くなってしまう。

「・・・・それでは仕方ありませんね。なら埋め合わせは、ちゃんとして頂けるのですか?」



タトリスクの凄い所は、その度胸だ。

舞台に立つ歌い手の為か、それとも以前は魔導院の中枢に席を置いた身分だった所為か・・・どちらにしろ今は落ちぶれた只の一般市民でしかない。

それなのに王弟相手にこの言い様である・・・普通なら肝が据わるのもはなはだしい態度である。



だがそれをも小気味好くモーレスは感じていた。

「勿論です。宜しければ昼食を御馳走させて頂きましょう。それに私が出来うる範囲でなら、タトリクス嬢が望む事を叶えて差し上げますよ」



ここまで言われては無下には出来ないタトリクス。



こうしてモーレスがタトリクスを連れて行ってしまうので、非番になってしまったバルレは案内役の騎士と食事を取る羽目になるのであった。


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