第399話・絶世のすれ違い(1)

その日、タトリクス・カーンはアポイナの王宮に来ていた。

勿論、付き人であるバルレも同行している。


王宮にやって来ていた理由は、先日、王弟モーレスから依頼された家庭教師の件で、その答えを告げる為であった。



モーレスと最優先で面会出来る謁見許可証を手渡されていたが、どうやらモーレス自身が重要な業務の最中だったようでタトリクス達は暫く待たされることになった。


しかし1時間経っても姿を見せないモーレスに痺れを切らせてしまう。

「はぁ・・・間が悪かったのかしら。仕方ないわね、日を改めるとしましょうか」

そう言って待合室で寛いでいたタトリクスは徐に席を立った。



すると慌てた様子で侍女と騎士がタトリクスを留めようとする。

「え?! それでは私共が叱られてしまいます。申し訳ありませんが、今暫く御辛抱下さいませ!」

彼等は賓客が来訪した際に世話を担当する侍女や騎士達である。

そこまでして自身を賓客級に扱いにするモーレスに、タトリクスは怪訝に思った。



以前は魔導院の中枢に居た貴族ではあるが、今は出奔する程に立場が落ちぶれた身分なのだ。

要するに一般人でしかない自分を、重要視する訳が理解出来ないでいた。


『確かにモーレス様には求婚されはしたけど・・・今回の件は御息女の家庭教師の事だし、そんなにまでして私が必要なのかしら・・・?』



浮かない顔で立ったままいると、気遣った騎士が言った。

「ここで長時間おられましたら息も詰まるでしょう。どうでしょうか・・・ご案内いたしますので王宮庭園を散策されては?」



アポイナ王宮自体、初めて来る場所で一般人が容易に出入りできる所では無い。

その上、南方有数の景観を誇る王宮庭園を見学させて貰えるなど、人生で早々有る事でも無いのだ。


その為、興味を惹かれたタトリクスは二つ返事で答える。

「わぁ・・・それでしたら十分時間を潰せそうですし、楽しそうですね。是非ご案内下さい」



ホッと胸を撫で下ろす騎士だが、絶世の美しさを湛えるタトリクスを直視しそうになり慌てて顔を背けた。

事前にモーレスから注意事項を与えられていたのだ。

タトリクス・カーンを直視しては、その美貌に見惚れてしまい業務が儘ならないため留意せよ・・・と。



騎士の様子がソワソワと違和感半端無かったが、タトリクスの周囲では良くある状況なので本人は気にしないことにした。

こうして案内役の騎士と、タトリクス、そして付き人のバルレは待合室から出て庭園へ向かう。


片や残された侍女は、タトリクスの行先をモーレスに伝える役を任される。

が、うっかり絶世の美貌を直視してしまい、呆然と固まったままだ。

こうなるとタトリクスの行方がモーレスに伝わらないのは明白であった。






 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※






会談が終了し会議室から出ると、モーレスは何やら騎士に耳打ちされ少し慌てた様子を見せた。


「プリームス陛下・・・申し訳ございませんが、本日はここで辞去させて頂きます」

そう告げてモーレスは足早に2人の元を去ってしまった。



残されたアンビティオーとプリームスの両王。

会議室の外には警備の騎士や、傍付の次女も待機していたので差し当たっての問題は特にない。


だが王弟の若干不敬な振舞いにアンティオーが謝罪した。

「プリームス殿、申し訳ない。モーレスは公私共に忙しい身でして・・・ご容赦頂きたい」



特に気にもしていなかったプリームスは、さらりと笑顔で流した。

「いやいや、お気遣い無用。ただこの王宮は景観が素晴らしいのでな、案内や説明をモーレス殿に頼みたかったのだが・・・まぁ事が全て解決して落ち着いてからで良いか・・・」



するとアンビティオーは少し大袈裟に恭しく礼をすると、プリームスへ手を差し出して言った。

「では不詳の弟に代り、わたくしめが聖女陛下のご案内を仰せつかりましょう」



「フフフ・・・アンビティオー陛下自らか。ならば無下には出来まい、その申し出有難く御受けしよう」

そう告げたプリームスは、アンビティオーへ片手を差し出すのだった。






アポイナの王宮はエスプランドルに比べると建物の高さは然程無いが、敷地面積が広大だ。

その理由は貿易する地域文化を模倣し、それらの建築物を展示するかの如く建てている所為であった。

詰まる所、自国の商業的版図を誇示するのが目的なのであろう。



先ずプリームスが案内されたのは王宮本殿から最も近い場所で、目にした建物が見知った物の様に感じる。

それは模倣している為に拙い所も見受けられるが、非常に高度な建築技術を要する造りだ。


「これは・・・ひょっとして魔導院の建築様式か?」



プリームスの言葉に少し驚いた様子を見せるアンビティオー。

「ほほう! 御存じでしたか流石プリームス殿、見識が広いですな」



『な~にが流石だ、私が魔術師ギルド関係で魔導院と繋がりが有る事を知っておろうに・・・』

アンビティオーにイラっとしたが、何とか堪えてプリームスは笑顔で相槌をついた。


その時、この敷地内の庭園部分で3つの人影が目につく。

「あれは・・・タトリクス・カーン・・・」

一度目にしたら見まごう事など有り得ない・・・それ程に絶世の美を持つ存在が人影に中に含まれていた。

『まさかこんな場所で出会えるとはな・・・』


自身に匹敵する美貌を持ったタトリクスを見つめていると、アンビティオーが何時もとは違う笑顔で言った。

「あぁ・・彼女はモーレスのお気に入りでしてね。色よい返事が貰えていないようです」



権謀を背景に笑みを浮かべるのでは無く、身内を見て自然な微笑みが零れた様子に、プリームスは意外さを感じた。



「プリームス殿は美しい妙齢の女性がお好きと聞き及んでいます。ですから今ここで彼女を紹介するのは、弟の事を考えると憚られますなぁ・・・」

と冗談めいた口調でアンビティオーは続けた。

要するにプリームスが美少女ないし美女愛好家だから、弟の求婚相手であるタトリクスを紹介したくない訳だ。



「やれやれ・・・女性に挨拶も儘ならんとは、王になると何かと不便で敵わん」

プリームスも御返しとばかりにお道化た様子で言ってみた。



そうするとアンビティオーは笑いながら、

「それは王云々とは関係無いでしょう」

と突っ込みにも似た口調で、やんわりと指摘するのだった。


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