第398話・共同事業の裏(2)

「流石プリームス殿・・・ほぼほぼ正解ですよ」

とアンビティオーは呆れ、そして諦めたように告げた。

それはプリームスがアンビティオーの画策を見抜いた所為である。



アンビティオーの画策・・・。

それは自身の息が掛かった勢力をペレキス共和国内に作り出す事・・・更には新体制を築き、国の中枢を自身の傀儡にするつもりだったのだろう。


だが相手は共和制体であり、王を操ればそれで済むような先制君主政体ではないのだ。

権限や権力が分散し、主権も国民にある・・・故に完全な傀儡の国家は不可能。


それでもアンビティオーは由と判断した。

セルウスレーグヌム王国もといアンビティオー自身へ、少しでも優位に事が運ぶよう周囲の国に働き掛けるのは王として当然なのだから。

他にも何か打算があるのかも知れないが、凡そはそんな所だろうとプリームスは洞察する。



『恐らくノイモンもこれに近い洞察は出来ている筈。その上で私をここへ派遣したのは、アンビティオーが裏で躍進するのを容認している事になる・・・』

そう考えたプリームスは、南方諸国とその周辺にも考えを広げた。


南方連合の議長国であるリヒトゲーニウスとしては、隣国が力を付け過ぎるのは困るだろう。

しかし勢力圏境にある同朋国が弱小では、他勢力圏の侵攻を抑制出来ない・・・それはそれで困りものなのだ。


故にノイモンはアンビティオーの動向を知りながら見過ごし、更には今回に限って手助けしようと言うのだろう。



『だが、アンビティオーは他国への干渉が過剰すぎる。リヒトゲーニウスに対しても国王暗殺から次期王を傀儡にしようとしていた・・・そこまでして裏から版図を広げようとする理由は何だ・・・?』

プリームスはモーレスの視線に気付き、思考の沼から抜け出した。


「すまない・・・話の腰を折った上に、一人思いに耽ってしまったな。モーレス殿、状況説明の続きを頼む」

アンビティオーの真意を知りたいところだが、今はその時では無い。

自身の悪い癖を自嘲しつつ、プリームスはモーレスへ話を続ける様に促した。



「新総督クピ・ドゥスは、もともと右派でも左派でも無く中道派でした。それで副総督として就任出来た訳ですが・・・蓋を開ければ何時の間にか急進派である左派に転向していたのです」


溜息をつきそう言った後、自虐めいた笑みを浮かべ補足するモーレス。

「右派は昔から他国に協調を持とうとする穏健派・・・その対立派閥である左派が何かしら仕掛けて来るのは想定していました。ですが彼方の方が動きが早く上手だった様です・・・」



死神アポラウシウス程の走狗を持っていないにしろ、アンビティオーに迫る切れ者がペレキス共和国の左派に居ると言う事なのだろう。

そして前総督は病死では無く、恐らく病死に見せかけた暗殺だったに違いない。


「ペレキス共和国に付け入る隙はあるが、一枚岩で無いだけに一筋縄ではいかんか。で、クピ・ドゥスは左派らしくセルウスレーグヌムとの共同事業を撤廃すると言い出した訳だな?」



プリームスの推測にモーレスは頷いた。

「はい・・・つぎ込んだ資金も回収できず大損です。それに我々の目的が振り出しに戻っただけでなく、ペレキス共和国への足掛かりを失った事に・・・。南洲メリディエースはセルウスレーグヌムと陸路を持つ唯一の州ですからね」



両国の背景を凡そ把握したプリームスは、問題の核心を問う。

「なるほど、対外敵視する左派に入り口を塞がれ、手も足も出んと言う事か。だが当面の問題はそれでは無かろう、地下資源・・・鉱山か? そこでクピ・ドゥスと揉めているのだろう?」



「無茶苦茶な話ですが、クピ・ドゥスは我々にも共同事業から手を引けと言って来たのですよ。共同事業は前総督が担当した物で、その総督が死去したのだから白紙だと。更にはクピ・ドゥスは引き継ぐ気も無く、自分が買い上げたのだから個人事業として進めると頑なに折れないのです」



モーレスの言う様に、状況は本当に無茶苦茶な様相であった。

そもそも国同士の事業に個人が割って入り、好き勝手する事自体が常識を逸脱している。

下手をすれば列国問題になり、戦争になりかねないと言うのに。



『戦争になりかねない・・・いや・・・』

「ひょっとして難癖をつけて武力対立させるのが目的なのではないか? 仮想敵国だったセルウスレーグヌムを危険な外敵と国民に認識させ、戦い撃退する事で左派は支持を得ようとしている・・・そう考えれば辻褄が合う」



そのプリームスの言葉に、アンビティオーが「成程・・・」と呟いた。



『な~にが成程だ・・・、この少しの情報で私が想像から洞察できたのだ。把握している情報量が私の比では無いこ奴アンビティオーが導き出せない筈がなかろうに』

とプリームスは内心でぼやく。



するとモーレスは遺憾な表情で、

「となると、仮に戦争になりペレキス共和国が不利になった場合、クピ・ドゥスは捨て駒にされる可能性がありますな。負けかければ更迭・・・いや戦犯として差し出し、停戦を申し出てくるかもしれませんね」

と言うが、セルウスレーグヌムが不利や負けると言わない所に随分な自信を感じさせた。



「ではセルウスレーグヌムとしては、どう対応したいのだ?」



プリームスの率直な問いかけに、アンビティオーは少し思案したように間を置くと告げた。

「ペレキス共和国とは友好な関係が望ましい。貿易相手国としては占有率が非常に大きいのでね・・・因って左派を排し、右派との繋がりを回復・強固なものにしたい」



左派を排する──つまりそれはクピ・ドゥスを失脚させる、もしくは倒さねばならない。

右派との繋がり云々以前に、先ずはそれが大前提となる。



「ならペレキス共和国・・・いや南洲に対してセルウスレーグヌムが武力行使するのは不味いな。となると・・・南方連合治安維持軍が介入し調停するか、代理戦争と言った所か」

とプリームスは告げ溜息をついた。

詰まる所、これをノイモンは見越していて、面倒な役をプリームスへ押し付けたのだろう。


しかし裏を返せばプリームスの実力を信用した結果の判断。

そしてぽっと出の新国家アイオーン・ヴァスリオが、その軍事力と外交力を示す良い機会と言えるのであった。


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