第397話・共同事業の裏(1)

「まずは・・・現在の状況を語る前に、ペレキス共和国との以前の関係を説明しておく必要があるでしょう」

とアンビティオーは会談の口火を切った。


それは要するに隣国との関係性が悪化した所為で、現在の緊張状態にある事を暗に示していた。



「ペレキス共和国は中央以外の3つの州に因って構成された、巨大な国家です。その国内総生産力はリヒトゲーニウスを上回る程で、経済力だけでなく軍事力も相当な物・・・ですから軍事国家とも言われる所以ですな」



もともと弱小だった都市国家群が外敵から身を守る為に結束し、軍事に注力した結果が今の状況なのだろう。

個々は弱くても集まる事で数を力とする・・・またその最も最小単位である国民に最高決定権があるのが共和制なのだ。

弱さを知るからこそ協調し自分達の為に国を強固にする、正に専制君主制には無い強さと言える。



「恐らく共和制として成長する良い土壌があったのだな。もしそこに専制君主国家を立ち上げようとしたなら、きっと今でも西方は戦乱状態だったろうよ」

そうプリームスは”もしも”に思いを馳せ、それを口にする。



頷くアンビティオーは同調する形で説明を続けた。

「プリームス殿の仰る通りでしょうな。西方の民・・・人種と言えばいいのか、彼らは自立精神が非常に高い。自分達の運命は自分達で切り開き決める・・・それが彼等の理念と言えるでしょう。故に自分達が選んだ元首にしか従わないのです」



類稀なる統率力と求心力を持っていたとしても、その個人が全ての権限を掌握する国家を是としない。

個人の自由と自身で選ぶ事に重きを置いた人種──西方の民・・・だからこそ独裁的な専制君主制は拒絶される。


よってプリームスは、”もしも”を元に”戦乱”と言ったのだ。



だがそんな共和制の国家が”外”に向けて欲を持つだろうか・・・?

プリームスの考えでは否である。


ペレキス共和国が軍事国家と言われるのは、自衛の為に成り得た結果で、他国を侵略する為にそうなった訳では無い。

また共和制体は自他共に公平さを求める傾向がある・・・つまり大義名分無しに外に対して攻撃的になる事は考え難いと言えた。



「共和国であるペレキスが隣国セルウスレーグヌムと揉めるとは・・・単純でない何か複合的な原因があるのだな?」



プリームスがそう問うとアンビティオーは頷き、そしてモーレスへ目配せした。


するとモーレスは、プリームスと話しやすいようにアンビティオーの背後に立つと言った。

「本来は財務長官を務めているのですが、有能な人材が不足しておりましてね・・・実は私がこの件を担当しているのです。ですからここからは私がお話し致しましょう」



『なら私がアンビティオーと会う必要は無かっただろう!』

と言いそうになるプリームスだが、何とか我慢した。

一国の王が訪問したのに、その訪問先の王が顔を見せなければ不遜であり、正当な理由が無ければ列国問題になるだろう。

それを理解していたのでプリームスは口に出さなかったのだ。


『まぁ私もアンビティオーには会って為人を確かめたかったしな・・・先方も同じ思いと言った所か』

そう思う事にして、プリームスは面倒な手順と常識に折り合いを付けた。



相手がそんな風に考えているとも露知らず、モーレスは人の良さそうな笑顔で説明を始める。

「先程アンビティオー陛下が言われた様に、ペレキス共和国は中央以外の3州で構成されています。そして我がセルウスレーグヌム王国と隣接する南洲メリディエース・・・そこの総督と揉めていると言うのが正しい今の現状です」



「え・・・国では無く、州の総督と揉めているって・・・」

有り得なさ過ぎてプリームスは唖然とする。



プリームスの言わんとする事を察して、モーレスは苦笑いを浮かべながら話を続けた。

「無国籍地帯にある地下資源は、もともと南洲メリディエースの行政事業だったのですが・・・副総督だったクピ・ドゥスが事業自体を州行政から買い上げて、個人事業としてしまったのです。それが全ての元凶と言えるでしょうね」



当初この無国籍地帯の地下資源は、セルウスレーグヌム王国とペレギス共和国メリディエース州とで共同調査と採掘を行っていたらしい。

だがつぎ込んだ資金に見合わぬ産出量と質で、メリディエース州行政は事業からの撤退を余儀なくされる。


そこで少しでも資金を回収したい州行政は、民間に事業を払下げた訳だが・・・何故だか見込みの無い事業にクピ・ドゥスが飛び付いたのであった。



「で、実際は豊富な地下資源が発見されたと・・・。だが先方が行政だろうが個人だろうが問題無かろう? それとセルウスレーグヌム側は共同事業から撤退しなかったのか? あ・・・しなかったから今揉めてるのか?」

プリームスは状況がよく理解出来ず、矢継ぎ早に尋ねる始末。



片や説明役のモーレスは、相手がセッカチで困ってしまう。

「聖女陛下・・・いえプリームス様、お待ちください。順を追ってお話し致しますから!」


またアンビティオーはその状況を見て笑いを堪えるのに必死だ。

『ククク・・・プリームス殿は私が想像していた通りに鋭く、そして恐ろしい方だ。だがそれ以上に突飛で女王らしからず、非常に面白い』



プリームスが大人しくなり、ジッと自分を見つめるのを耐えつつモーレスは話し出す。

見つめられれば自然と目が合ってしまい、その美貌に釘付けになってしまうからだ。


「我々はペレキス共和国と友好関係を維持する為に色々根回しし、右派の人間を南洲メリディエースの総督にする事が出来ました。ですが一年ほど前に病死してしまい、副総督だった左派のクピ・ドゥスが繰り上がり新総督になってしまいました」



告げられた情報を咀嚼する様に分析するプリームス。

『右派と言う事は穏健的で他国と協調しようとする派閥か・・・つまりそれらと繋がっていたのが死神(アポラウシウス)だった。だが死神を失い干渉する術も失った所為で、左派の蠢動を許した・・・』


ここまで洞察し、更に導き出した答えをプリームスは呟くように口に出した。

「セルウスレーグヌム王国・・・いやアンビティオー殿はペレキス共和国の右派と結託して、共和国の新体制基盤を南洲に作ろうとしたのではないかね?」



的を射ていたのか、アンビティオーは驚いた様子で目を見開く。



「い、今の情報だけで・・・そこまで見抜かれたのですか?! あっ・・・」

プリームスの言葉を肯定する言い様になってしまったモーレス。

慌てて口を紡ぐが既に遅し・・・プリームスはニヤリと笑みを浮かべた。



「詰まる所、無国籍地帯の地下資源は画策の発端でしかない。資源が豊富だろうが枯渇していようが関係ない。ペレキス共和国の右派と協調する事に意味が有った訳だ」



追い打ちの如く言葉を続けたプリームスに、モーレスはもう成す術が無い。

そしてその画策の首魁であるアンビティオーは、何故か嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。


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