第396話・アンビティオーとプリームス(2)

「へっ・・・へぷちぃっ!!」

と素っ頓狂なクシャミをするプリームス。

先程、打掛を脱ぎ捨て薄いドレス姿になった所為で、少し身体を冷やしたようだ。

勿論、今は厳かな漆黒の打掛を羽織っている・・・もとい目のやり場に困るのでモーレスに因って着せられた訳だが・・・。



「おやおや、御風邪を召されましたか? 何か温かい飲み物を用意いたしましょう・・・モーレス」

と微笑みながらアンビティオーはモーレスに指示を出した。

笑みを浮かべたのは、女王らしからぬ素行くしゃみが面白く可愛らしく思ったからだ。



王弟がお茶の用意をするなど普通は有り得ない、故にプリームスは驚いてしまった。

「え・・・侍女か傍付がするのではないのか?」



モーレスは壁際にある簡易的な給仕場で、お湯を沸かしながら答えた。

「今回の会談は機密性を重視しております。ですので万が一、侍女などから外部へ漏れる可能性を排した訳で・・・こうして私がお世話する事になりました」



「なるほど・・・そう言う事か」

『こんな事ならピスティを連れて来れば良かったか・・・だが・・・』

それだけアンビティオーは、自分との話し合いに腹を割ろうとしているとプリームスは思えてしまう。



モーレスに淹れて貰った温かな紅茶を一口すすった後、プリームスは徐に言った。

「さて本題だが相手側の商工連、正しくはペレキス共和国か・・・、どんな状況なのだ?」


現在、セルウスレーグヌム王国とペレキス共和国は、国境にある地下資源の所有権で揉めているのである。

そもそも、その地下資源が在る場所は無国籍地帯で、何方にも領有権は無いのだ。

故に何方が先に唾を付けたかで諍いになったのだろう。



そしてプリームスがエスプランドルを出発して、アポイナ到着までに1週間が経っている。

その間の状況変化をプリームスは問うているのだ。



するとアンビティオーも同じく温かな紅茶をすすった後に答えた。

「聖女陛下が把握されていた頃の状況と、然程変わっていないと思いますよ」


プリームス等の治安維持軍が介入するまで、刺激せぬよう現状維持に努めた様に聞こえる。

詰まる所それは、今回起きている国家間の諍いを治安維持軍に丸投げした形になり、強いてはプリームやノイモンに借りを作る事になるのだ。



『借りを作っても問題無い何かが有るのか・・・それとも駒が足らず、実は対処しようも無かったのか・・・』

腹の内で推測ばかりしても進展はない、なら先ずは鎌をかけてみようかとプリームスは思い至る。



「死神が・・・アポラウシウスが死んだそうだ。私の留守を狙ったようだが、相手が悪かったようだな」



プリームスのその言葉に室内は一瞬音を失くしたかの如く静まりかえる。

だが直ぐに何事も無かったように、

「そうですか・・・」

とアンビティオーが呟いた。



ワザとらしく驚く訳でも無く、逆に心中を隠そうと死神アポラウシウスとの関係を否定しようともしない。

そんな自然体で掴みどころのないアンビティオー・・・だからこそプリームスは確信する。

死神とこの男は繋がっていると・・・。



アポラウシウスなら私以外を暗殺するのは容易と高を括ったのか? それとも貴殿らしからぬ誤算か? 何にしろ調整役だった死神を失い、ペレキス共和国との関係が悪化したのだろう」

何らかの方法で死神アポラウシウスがペレキス共和国の動きを制御、もしくは抑制していた・・・ならば時期的にも辻褄が合う。



見透かしたように問い質すプリームスへ、アンビティオーは僅かに口角を上げて見つめ返す。

そして徐に言った。

「聖女陛下・・・それをここで問い質した所で互いに益は無い。貴女は、こんな事を言う為にやって来たのですか?」



「ふむ・・・確かにそうだな」

アンビティオーの言い様は最もで、プリームスは素直に納得してしまう。

元より鎌かけであり、無理に追及するつもりが無かったのだ。


それにプリームスは治安維持軍を率いて、セルウスレーグヌム王国の窮地を救いに来た立場。

ここでアンビティオーの化けの皮を剥がすのは筋違いに等しく、そもそも会談上では論点がズレているのである。



「と言うか・・・その聖女陛下と呼ぶのは止めてくれんか? 何だかむず痒くて仕方ない・・・」

と一触即発な会話から一転し、素っ頓狂な事を言い出すプリームス。



先程の緊張感がまだ尾を引いていたのか、モーレスは硬い表情で苦笑いを浮かべた。

一方アンビティオーは想定内の掛け合いだったのか、

「では、プリームス殿・・・でよろしいですかな?」

そうニッコリ微笑みながら告げる。



「うむ、それなら構わん。で・・・話を戻すが詳しい状況を聞かせて貰えるかね?」


プリームスにそう言われてアンビティオーは頷くと、

「承知した。まずは・・・」

と真面目な面持ちで説明の口火を切った。



王で在る兄、そしてそれに相対する絶世の美少女の様子に、モーレスは呆れてしまう。

『やれやれ・・・私も随分と交渉事や化かし合いは得意だったつもりだが・・・この2人の足元にも及びそうもない。胆力が異常だ・・・』



和やかな雰囲気から一触即発・・・そこから先程のやり取りなど忘れたかのように2人の切れ者は、状況の把握を共有する為に”本来”の会談を始めるのであった。


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