第390話・セルウスレーグヌム王国首都 アポイナ

南方諸国の最も西に位置し、西方諸国と境にある軍事国家セルウスレーグヌム王国。

この国にはリヒトゲーニウス王国の王都エスプランドに次ぐ巨大な都市があった。


首都アポイナである。


元々、痩せた土地ばかりで農耕に適さない地域だった為、建国の始祖・奴隷王スクラボス・ソテーリアは、国を挙げて貿易を中心に経済の基盤を固めた。

これにより自国内の生産性に依存しない商業都市を築き上げたのだった。



また貿易以外に盛んな商業は、奴隷産業である。

奴隷と言うと聞こえは悪いが、この国では奴隷と言う概念自体が職業の1つとして成り立っていた。

つまり奴隷の人権は他の国民と同じく保護されており、認められているのだ。


これは奴隷王スクラボスが奴隷だった過去が影響しており、その蔑まれた体験から地位改善を目指したからだと言われている。

故にスクラボスは奴隷たちの救世主として、奴隷王と呼ばれる様になった訳だ。




そしてこの首都アポイナは、南方諸国最大の歓楽街が存在する。

貿易が盛んな事で他国からの旅行者、商人などの旅団が多く訪れ、それらを対象に商いをする業種が急成長したからだ。

因って宿泊施設、飲食関係施設、劇場、更には巨大な遊郭もあり有名な観光地域となっていた。










「はぁ・・・やはりまだ慣れませんね、少し緊張してきました」

タトリクスは鏡を見つめて独り言のように呟いた。


彼女の名はタトリクス・カーン。

透き通るような淡い青銅色の長い髪、陶器を思わせる白く艶やかな肌、誰もが羨む端正な顔立ちと、女性らしい扇情的な肉体を持っている妙齢の女性である。


強いて欠点を上げるなら、一般的な大人の女性に比べて小柄な所と、少し幼さを感じさせる顔付きぐらいであろう。

しかしそれが扇情的な身体との対比で、反って美しさを引き立たせるようであった。



「お嬢様・・・それでは今夜の舞台はお止めになりますか?」

タトリクスの背後に控える背の高い女性が心配そうに訊いた。


背が高いと言っても170cm程で、タトリクスに比べれば随分と高く見えてしまうのだ。

そしてその容姿は肩の位置程まで伸ばした艶やかな黒髪と、吸い込まれそうな黒の瞳が印象的な麗人・・・例えるなら凛々しく美しい女騎士と言えば分かり易いかもしれない。



「何を言っているの・・・バルレ。ここに来て1週間、欠かさず舞台に上がって歌ったから認められたのよ。お金を払って聴いてくれるお客様の為にも、頑張らないと・・・」

そう意気込んで告げるタトリクスではあるが、隠しきれない疲れが顔に現れていた。



それが分かっているバルレは、ソッとタトリクスの背に手を添えて心配そうに言う。

「ですがお嬢様・・・連日の舞台と、明け方までの接待で疲れが溜まっておいででしょう? 体調不良と支配人に言っておきますから、せめて今夜くらいは舞台だけに留めて下さい」



するとタトリクスは困った表情で言い返す。

「もう・・・何度言ったら分かるの? 私は既に貴族でも無く、何の権力も持ち合わせて居ないのだから・・・お嬢様は止めて頂戴」



「はいはい、分かりましたから・・・タトリクス様。これで宜しいのでしょう? それに私も何度でも言いますが、貴女は私にとって何時までも仕えるべき主であり、お嬢様なのです。根底は何も変わらない事を忘れないで下さいね」



溜息をつきタトリクスは化粧台の前から立ち上がる。

「やれやれ、頑固ね・・・。でも貴女の気遣いは何時も感謝しているわ」


そう告げると振り返り、その美しい顔を綻ばせて続けた。

「今夜はバルレの言う事を聞いて大人しくするとしましょう」








 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※








治安維持軍を率いたプリームスは、1週間かけてエスプランドルからセルウスレーグヌムの首都アポイナに到着していた。


軍の人員は5000程で、師団級の規模である。

軍団にも満たない数ではあるが、クシフォスが用意したリヒトゲーニウス正規軍の上、経験豊富な熟練者で構成されていた。


また永劫の王国アイオーン・ヴァスリオからは、永劫の騎士団アイオーン・エクェス直下の魔法騎士団100名が同行し、その指揮を団長であるロンヒがとった。


治安維持軍の全体指揮は、王のプリームスに代わりイースヒースが務めた。

つまりイースヒースは、南方連合治安維持軍 軍司令の肩書を持つ羽目になる。

何とも長ったらしく大仰なので、本人は嫌そうに苦笑いを浮かべるばかりだった。


因みに治安維持軍の最高責任者である総帥は、プリームスが務める。

名ばかりで臣下に業務丸投げだが、旗印として必要な立ち位置と言えた。


何故なら治安維持軍は、今後は南方諸国から集められた多国籍軍になる予定だからだ。

そうなれば管理運用する責任者が必要で、それをプリームスが押し付けられた形になる。



当初は議長国リヒトゲーニウスの国王エビエニスが務める筈だったが、権力が集中し過ぎる事にノイモンが危惧し方針を変えたのだった。


ノイモン曰く、過ぎた権威は他国の蠢動しゅんどうを誘発する原因になる・・・だそうだ。

これにはプリームスも同意見であった。



そして政治的な交渉、調整役としてエテルノが随伴する。

実はこの役割は、彼女自身が買って出た事なのだ。

100年近く迷宮に篭りっきりだったエテルノ・・・彼女は変化した筈の情勢を、己の目で確認したかったのだろう。




かくして治安維持軍本隊は首都アポイナ近郊に野営し、プリームスはセルウスレーグヌムの王族によって丁重に迎えられる。

まずは首都アポイナの名物でもある歓楽街・・・その一画にある劇場でプリームスは接待される運びとなった。


国同士が緊張状態にあるこの時に、何を呑気に酒を飲み交わし、笑劇や寸劇、歌を楽しまなければならないのか・・・。

そう思いつつも自分が悪いのだとプリームスは自覚していた。


「セルウスレーグヌムの市井を知りたい」

などとプリームスが言った所為だ。



リヒトゲーニウス王国の肝入りでやって来たプリームス。

セルウスレーグヌムとしては無下に出来ず、首都アポイナの所以ゆえんが良く分かる歓楽街へ案内せざるを得なかった訳だ。



『こういうのが一番億劫なのだがなぁ・・・』

正直、まつりごとに関する接待は好きでは無いプリームス。

相手方もそうだろうが、自由奔放なプリームスでも気を使わざるを得ない為である。


しかし舞台に立った人物を目にして、プリームスはそんな思いが吹っ飛んでしまうのであった。



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