第389話・超絶者の振る舞いと羨望

時刻は朝の8時過ぎ、身支度を終えたプリームスとピスティは食堂へ向かう。

到着すると給仕の為に待機していた侍女数人だけで、ノイモンの姿は無かった。


「うん? 来るのが遅すぎたのかな? ノイモン殿はもう朝食を済ましたのか?」

とプリームスが独り言のように呟くと侍女の一人が、業務の為に朝早くに済ませて屋敷を出たと教えてくれた。



恐らくセルウスレーグヌム王国に派遣する治安維持軍の準備で、軍司令部へ向かったに違いない。

そう考えるとノイモンだけでなく、身内にも業務を丸投げして申し訳無いとプリームスは思ってしまった。


『いや・・・今の私の柄では無いか。以前の様に戦乱の世と言う訳でも無いし、のらりくらり怠けるのも良かろうて』

そして直ぐにそう思い直し、プリームスは自嘲した。



本来は何かに掛けて自分が関わって、またあらゆる情報を得ないと安心出来ない質であった。

しかし以前のしがらみから解放され、新たな人生を送る事になった今は、そこまで神経質になる必要も無いのだ。


故に人知れず気ままな生活を送る事を目標としたが、正直失敗したと言わざるを得ない。

『せめて面倒事は身内に丸投げして、いい加減に生きる程度はしないとな・・・』


差し当たってはピスティと親睦を深めると言った所か。

その様に思い至った時、予てより計画していた事が脳裏を過った。

『あ~~駄目だ! やはり私自身が動かねば、やりたい事が進まん』



食事をしながら百面相状態のプリームスに、ピスティは笑みが零れる。

当の本人の心情とは別にして・・・何かに対して思いを馳せるプリームスが、実に楽しそうに見えたからだ。



「食事の後はどうなさいますか? 皆さんは軍司令部の方へ集まられていると思われますが・・・」

2人きりの時間を名残惜しく感じながら、ピスティはプリームスへ尋ねた。



するとプリームスは何やら面倒臭そうな表情を浮かべて答える。

「いや・・・箱舟アルカへ一旦戻る。セルウスレーグヌムに行く前に準備しておきたい事があるのでな」


「え・・・では私もご一緒するのでしょうか?」

と驚き訊き返すピスティ。

方舟(アルカ)は永劫の王国アイオーン・ヴァスリオの本拠地であり、未だ鎖国状態にある。

その為、部外者であるピスティが立ち入れる訳が無いのだ。



「何を可笑しなことを言っておるのだ・・・当たり前だろう。お主は私の傍仕えなのだろう?」

そう呆れた様子で言うとプリームスは、壁際に控えて居た侍女の一人に声を掛ける。


そして封蝋で閉じた書面を侍女に手渡し、

「うちのスキエンティア宰相に渡して欲しい」

と告げて、何事も無かったように食事を再開した。



「左様ですか・・・」

新参者ではあるが身内の一人として認められたのは嬉しい・・・しかしピスティは心配でならなかった。

自分は他国の人間で、しかもノイモンの娘なのだ。


つまり永劫の王国アイオーン・ヴァスリオの機密を漏らすと危惧されても仕方のない立場と言えた。

そうなればピスティを迎い入れたプリームスの立場が悪くなる。

『私の所為で敬愛するプリームス様が悪く思われるのは耐え難い・・・』



ピスティが一人で勝手に葛藤していると、見透かしたようにプリームスが告げた。

「心配性のお主の考えている事など凡そお見通しだぞ。私に身を委ねれば心配いらん。そもそも私の決断で結果がどうなろうとも、お主に責任は無いのだからな」



苦笑い浮かべたピスティは、自身にしては珍しく思う所を主張しだした。

「流石プリームス様・・・何でもお見通しなのですね。ですが私は、”私が”切っ掛けでプリームス様が悪く思われるのは心苦しくて・・・」



「やれやれ」と呟き溜息をついたプリームスは、

「身内と言うには非常に中途半端な者が居てな・・・今のピスティと立場が近い者だ。それで誰憚る事無く、のうのうと過ごしておるぞ。しかも永劫の騎士団アイオーン・エクェスの面子で、我が国の中枢に居るのだ。そ奴を差し置いて、お主程度が憚るのは烏滸がましいと思わんかね?」

とお道化る様に言った。



これはフィートの事を指しているのだが、ピスティは面識が無いので何者か分かる筈も無い。

「そのような方が・・・。では詰まる所、プリームス様のご身内には、一般的な常識が当てはまらないと言う事ですね?」


ピスティの問いかけに、プリームスは僅かに思考して答えた。

「う~む・・・それはどうか分からんが、一般常識を気にしていては好きな事が出来ん。それが他者を貶めたりないがしろにするもので無ければ、問題無いと思っておるよ」



まるで自身を中心に世界が回っているかの様な発言をするプリームス。

普通は他者との違いや、常識から外れる行為は異端視される為、それを行動や口に出そうとするものは殆ど居ない。

だがこの絶世の美少女は、そんな事などお構いなしに常識を踏み外す。


正に規格外、そして超絶者然としたプリームスの振る舞いは、ピスティの目に羨望の対象として映る。

しかもそれが他者を思いやり鑑みた先の行為なのだから、羨望から畏敬・・・更には信仰に近い感情へと昇華してしまう。



これが後々、プリームス個人にとって大変な事になるとは、当事者2人が知る由も無いのであった。


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