第383話・ピスティとプリームス(2)

何故か傍仕えのピスティと湯浴みをする事になったプリームス。

今や小国とは言え一国の主であるプリームスが、他人に奉仕されるのは当然だ。

しかしどうもノイモンもそうだが、ピスティも胡散臭い。


『こ奴を傍に置いたのは悪手かもしれんが・・・それ以上にこの美しい容姿は魅力的だな・・・』

そう思い自身の甘さと煩悩にプリームスは自嘲する。



酔いで足元が覚束無いプリームスをピスティが抱えて浴場に到着すると、そこは露天風呂であった。

勿論、屋内にも浴場はあるが、

「我が家の自慢でして、是非とも聖女陛下に露天温泉を堪能して頂きたくお連れ致しました」

と恭しくピスティは告げた。



この王都エスプランドルは温泉が出やすい地域の様で、都市の至る所で温泉による大衆浴場を見かける。

そして財がある者は、自身の家へ温泉に因る浴場を設けるのは当然と言えた。

わざわざ大量の水を沸かして、手間と時間を掛ける労働力を削減できるのだから。



「ほほう・・・」

ピスティが自慢と言うのも頷ける・・・とプリームスは感心する。

夜空だけでなく、街の夜景を見渡せる作りになっていたのだ。



王宮もそうだが、内郭は外郭と比べて高い位置に存在する。

つまり内郭の外壁から中心に向けて緩やかな傾斜になっており、王宮を含める主要施設は台地の上に建設されていた。

貴族の邸宅もそれに含まれ、大公のノイモンやクシフォスの邸宅も例に漏れず見晴らしの良い場所に建っているのだった。



ただ大公ともなると要人となるので、保安上の問題により高い壁で庭からは街は見渡せない。

要するにこの露天風呂は、屋敷建物の高い位置に設けられていた。

分かり易く説明するなら、ベランダにある露天風呂と言った所だろう。



露天風呂自体の構造はベランダに備え付けた形なので、それほど大きくはない。

それでも横幅10m、奥行き5m程度はあり、2人で利用するには十分過ぎる広さだ。



こうしてプリームスが値踏みしていると、ソッと漆黒の打掛を脱がされてしまう。

すると布地が少ない真紅のドレスだけになり、扇情的な身体の線と布地の隙間から露になる真っ白な肌がピスティの目を惹いた。


「なんて美しいお身体なのでしょうか・・・。私の様な者が本当に触れても・・・?」

と呆然とした様子で言ったかと思うと、そのままピスティは動かなくなってしまった。



「何を言っておるか・・・触れなければ洗えんだろ」

そう言ってプリームスは自分でドレスを脱ぎだす始末。

プリームスに見惚れた者は暫く固まり、行動不能になってしまうからだ。


こうして我に返った頃には目の前に真っ裸のプリームスが居て、再び固まる事になるピスティ。

絶世の美を持つプリームスの裸体を目の当りにして、正気で居られる者など居る訳が無い。



「はぁ・・・やれやれ、仕方ない奴め。私の世話をしてくれるのでは無かったのか?」

プリームスはぼやきながら、諦めたようにピスティの襟元に触れた。

そして詰襟のボタンを外し、堅苦しそうなドレスを脱がしていく。

これではまるで主従が逆転したようである。



「うおっ!?」と思わず声を上げるプリームス。

分かっていた事だが、ピスティのドレスの下の肉体が筋骨隆々だったからだ。

と言っても女性らしい身体の線・・・つまり膨らみはしっかりと残し肉食獣の様な美しさを感じさせる。


似ている身内で例えるなら、イリタビリスの体形に近い。

だがそれ以上に引き締まっていて、高い背丈も相まって中々の迫力だ。



自身が裸にされている事に気付いたピスティは、まるで乙女の様に小さな悲鳴を上げて屈み込んでしまう。

「きゃっ!?」



「何がキャッだ・・・」

そこから”でかい図体をして・・・”と付け加えそうになったが堪えた。

全体的に肌を覆い隠すドレスを着ていた事から、恐らくピスティは自身の体形に劣等感を抱いている・・・そうプリームスは洞察したのだ。



本人がどう思って居るかは別として、プリームスはピスティの様相全てが美しいと感じる。

「恥ずかしがることは無い、女同士ではないか・・・。何か不安な事でもあるのかね?」

なのでプリームスは赤面して屈み込むピスティに優しく問いかけた。



そうするとピスティは、プリームスを見上げおずおずと答える。

「あ、あの・・・わたくしまでもが裸になるとは思って居ませんでしたので。それにこんな身体・・・聖女陛下にはお目汚しになるかと・・・」



「はぁ・・・やれやれ」

とプリームスは溜息をつくと、ピスティの片手を取り立ち上がらせた。

そして戸惑う傍仕えの身体に身を寄せると、そのまま正面から抱き着いたのだった。



「せ、聖女陛下!? い、一体何を!?」

プリームスの柔らかい餅肌が密着し、その体温と心地よい感触がピスティへ伝わる。

また仄かに甘い優し気な香りが鼻孔を通り越し、脳内を直接刺激してしまう。


こうなると本能に近いその感覚は抑制が利かず、いつの間にかピスティはプリームスを抱きしめていた。



「落ち着いたか?」

そうプリームスに囁きかけられ、正気に戻ったピスティは慌てて身を離そうとする。

が、「かまわん、このままで良い」と制されて、大人しく抱き合ったままになる。



「お前は”お目汚し”と言ったが、私はそうは思わんよ。美しい身体では無いか・・・何故隠す必要がある?」



プリームスのその言い様に驚きを隠せないピスティ。

「私の身体が・・・美しい・・・ですか?!」



「あぁ、良く鍛えられ規則正しく管理された綺麗な身体だと思うぞ。それに出る所はちゃんと出ておるし、女性らしい柔らかさも十分にある」

そこまで言うと、プリームスはピスティの身体を堪能する様に顔を埋めた。


くすぐったいやら恥ずかしいやらで、ピスティは身悶えしてしまう。

しかしプリームスを邪険に押しのける事が出来る訳も無く、されるがままだ。

「お、お止め下さい・・・」



プリームスはニヤリと笑みを浮かべると、

「何だ? こんな事には免疫が無いのか? なら色々と教えてやらんとな」

などと言ってピスティの身体を弄りだす。



「!?」

覚悟していたピスティだが、突如プリームスの動きが緩慢になり、遂には脱力してしまった。


「え? え?! 聖女陛下?!」

床に崩れそうになるプリームスを、何とか抱き留めるピスティ。



「うぅぅ・・・へ、変に動いたから酔いが・・・」

酒精が思いのほか回り、立ち眩みを起こしたのだ。



ホッと胸を撫で下ろすピスティだが、大事を取ってプリームスを横に寝かせる事にする。


『絶世で超絶的なのに・・・この様に”人”らしい所もあるのですから』

そんなプリームスの矛盾した所が可愛らしく感じ、畏敬を超えて愛しいとピスティは思えてしまうのだった。


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