第384話・ピスティとプリームス(3)

浴場で立ち眩みを起こしたプリームスは、大事を取って暫く横になる事にした。

しかし幾ら気温が高い地域だと言っても夜は気温が下がり、真っ裸なのだから風邪を引きかねない。


それを危惧したピスティは、寝湯の利用を思い至った。

寝湯は浴場の隅に備え付けられた物で、書いて字のごとく寝ながらにして温泉を楽しめるのだ。


4cm程の深さの窪みを、床2m四方の広さに削ってあり、そこに温泉をかけ流しにする仕組みになっている。

故に仰向けに横になれば、身体の後ろ半身だけが湯に浸かる寸法だ。


そこにプリームスは寝かされたが、真っ裸で外気に晒されているのは変わりない。

その所為か何とも心許無い気持ちになってしまう。


「ピスティ・・・傍に来て、私に寄り添ってくれ・・・」

と弱々しい声音でプリームスは告げた。



まるで母親の温もりを恋しがる子供の様だとピスティは感じ、慌ててその思いを払拭する。

そして確認の為に問うた。

「は、はい・・・え〜と、一緒に横になって寄り添えば宜しいのですよね?」



「はやく〜」

と全く人の話を聞かないで、プリームスは強請ねだるばかりだ。


そうなると、恐らく正しいであろう行動をピスティは取るしかない。

意を決して傍へ横になるが、プリームスの裸体を直視してしまい心臓が跳ね上がる。

そして目を背ける事が何故か出来ない。


浴場の四隅にある篝火かがりびが、淡い燈色の光を放ちプリームスの肌を幻想的に染めていた。

それが余りにも非現実に感じ、夢の中に居るように思わせピスティを虜にしたのだ。


そもそも聖女であり、王であり、そして超絶者であるプリームスの傍に居られる事自体が、正に夢の如くなのだ。

だからこそ思わずには居られ無い・・・現実で在ってくれと。


覚めない夢など無いのだから・・・。



そうこう一人で葛藤していると、プリームスが囁いた。

「腕枕をして・・・ピスティ」


強請るような、それでいて優しく語りかける声音は、さながら魅了の言霊を感じさせる。

故に抗えず、ピスティはプリームスの言葉通りにした。



「し、失礼します・・・」

左腕で優しく頭を支え、自身の右腕をプリームスの首の後ろへ通すピスティ。

その時、プリームスの目の前に胸を晒す状態に・・・。


と言うか、胸を顔に押し付けてしまい、

「わっぷっ!?」

プリームスは小さな悲鳴?にも似た声を上げた。



慌てて身体を離し謝罪を口にする。

「も、申し訳ありません!」


だが気にした風も無く、

「ピスティは随分と引き締まった身体をしているのに、胸も大きくて羨ましいぞ」

と完璧な容姿を持つプリームスが、他人を羨む言い様をした。



「えぇ?! 聖女陛下も十分過ぎる程に大きくて美しいお胸をしてらっしゃいますよ。それに腹筋も薄っすらと割れておられますし・・・引き締まっているかと」

絶世の美を持つプリームスに褒められることは嬉しいが、恐れ多くも有り、何とか話題を逸らそうとピスティは褒め返した。



するとプリームスは、少し不服そうに告げる。

「これは・・・体脂肪が少なすぎて割れている様に見えるだけだ・・・。私の場合は脂肪の殆どが尻か胸にしか無いからのぅ。もっとこう、お主のようにガッチリとしつつも美しさを備える方が、私的には良いのだ」



褒められるだけでなく、本当に羨ましがられるとは思って居なかったピスティは唖然とする。

しかしそれと同時に何故プリームスが、そのような思いに至ったのか気になった。

「聖女陛下は誰もが羨む容姿をお持ちだと言うのに・・・どうしてそう思われるのですか?」



ピスティの問いかけにプリームスは、

「人の容姿とは確かに美しい事にこしたことは無い・・・。だがな、このような脆弱な身体では直ぐに疲弊し壊れてしまう。つまりだ・・・美しさと強靭さは比例しない。だからお主を見て素晴らしいと思い羨ましく感じたのだ」

と自身の細く美しい腕を、残念そうに見つめて答えた。



「わたくしの身体が、素晴らしい・・・のですか?!」

再び沸き上がった疑問がピスティの口を衝く。



虚空に掲げていた右腕を下ろし、その手でピスティの腹部に触れて言った。

「そうだぞ。男はさておき、女は鍛えても中々頑強には為らんし・・・為ったとしても余り美しくはない。なのにピスティは美しさと強靭さを成立させている。これはある意味、奇跡としか言いようがないな」



要するにピスティが絶妙な均衡を保ち、強く美しいとプリームスは言っているのだ。

またプリームスが自身の何に不安や劣等感を抱いているのか、漸く理解に至る。



自身に触れている細く美しい腕にピスティは触れ、

「聖女陛下の強さは、人知を超えた神域にあると聞き及んでいます。それでもこの美しく儚いお身体では、荒事に向かないと言う事なのですね・・・」

そう気遣う様に告げた。



「まぁそんな所だ。それにしても・・・その”聖女”陛下は何とかならんか? どうも仰々しくて呼ばれる度に寒気が走る」

とプリームスは困った顔で言う。



これにはピスティも困ってしまい、

「え・・・ですが、聖女様で在られますし、国王陛下でも在られます。ですので私としては、そう御呼びする他御座いませんが・・・」

などと答え、戸惑う始末。



プリームスは溜息をつき、ピスティに寄りかかりながら言う。

「私にはちゃんとした名前がある。それで呼べ!」


そして少し感心したように、ピスティの身体を擦りながら続けた。

「それにしても筋肉質ではあるが、こうして力を入れていない時は柔らかくて、それでいて張りが有って・・・何とも癖になる感触だな」



少しくすぐったいが、主が心地よさそうにしているので我慢するピスティ。

「さ、左様ですか・・・」

しかしながら主をどう御呼びするか、まだ踏ん切りがつかず色々と戸惑うばかりであった。


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