第380話・ノイモンとプリームス(2)
陽が落ちてから既に半刻は過ぎていた。
プリームスは豪奢な4頭立ての馬車に乗せられ、レクスアリステラ大公邸へ向かっている最中である。
クシフォスと同じく、ノイモンも王都内郭に屋敷を構えているとの事だが、そんな会話を少ししただけで話が続かず気まずくなるプリームス。
『間が持たない・・・』
と言うか、故意に会話を続けさせない様に感じた。
こうして15分ほど馬車に揺られて屋敷に到着する。
数人の侍女と中年の落ち着いた執事に迎えられるが、案の定プリームスを目の当りにして固まってしまう。
絶世の・・・余りの美しさに呆然としたのは言うまでもない。
何故そうなってしまうのか理解していたノイモンは、苦笑いを浮かべてプリームスへ申し訳無さそうに告げる。
「いやはや・・・暫くお待ちいただけますかな?」
それから2分程待ち、我に返った侍女と執事に平謝りされプリームスも苦笑いを浮かべる。
慣れっこではあるが、初対面相手に毎回お騒がせしてしまって、プリームスとしては逆に申し訳なく思ってしまうのであった。
その後、食堂に案内され、既に用意された豪華な食事を目の当りにする。
横に長く巨大な食卓の席に座らせられるプリームス・・・勿論、食卓を挟んで正面にはノイモンが席につく。
「随分と豪勢で煌びやかな料理だな・・・量も多いし、こんなに食べきれない・・・私には勿体ない気がするぞ」
そうプリームスに告げられて、
「そんな事は有りません。美味しく食される範囲で構いませんから、気になさらないで下さい。それにこれ程に艶やかなプリームス陛下を前に、この程度の料理では些か役不足を感じてしまいますな」
などとノイモンに上手く躱される。
本日のプリームスの様相は非公式の会談とは言え、それなりに厳かな衣装を身に纏っている。
しかし身内の誰の好みなのか厳かな漆黒の打掛の下は、非常に扇情的な真紅のワンピースである。
胸元は大きく開き、裾も随分と膝上な短さであった。
それらを鑑みてノイモンは、”この程度の料理では些か役不足”と言ったのだろう。
『褒めたつもりなのか? 余り女性を転がすのは上手くなさそうだな・・・』
そうプリームスはノイモンの為人を評価し、ほくそ笑んでしまった。
そして堅苦しい初老と、絶世の美少女との晩餐が始まる。
互いに幾らか酒を飲みほろ酔い加減になった頃、ノイモンが徐に言葉を口にした。
「プリームス陛下・・・私の不在時に国を救って下さって、本当に有難う御座いました。貴女様がエスプランドルに来られ無ければ、今頃この国はどうなっていた事か・・・」
プリームスは持っていた酒杯を食卓に置くと、
「いや、礼はクシフォス殿に言うと良い。私は彼の友人として手を貸したに過ぎん。それに、宰相殿の御子息を死なせる結果になってしまった・・・許されよ」
小さく首を垂れて、そう告げた。
これには流石のノイモンも慌てずには居られない。
「お、お止め下さい! プリームス陛下が謝罪されるような事など、一切ございません! 全ては我が愚息ポリティークの自業自得なのです」
そうして項垂れる様に少し俯き続けた。
「ですが、未だに信じられません。エビエニス陛下の暗殺を企てるとは・・・何が息子にそうさせたのか・・・」
以前聞き及んだことを思い出し、プリームスはポリティークの事に言及する。
「クシフォス殿から聞いた話では、幼少の頃の御子息は非常に理知的で大人びていたと・・・。だが私が相対した時、彼の様子はとてもそのようには見えなかった。自尊心が高く、まるで癇癪持ちの子供のようだったぞ」
驚いたような表情を浮かべるノイモン。
「・・・癇癪持ちの子供・・・。そんな・・・”以前”のポリティークは小生が言うのも何ですが、自慢の息子でした。正義感が強く、そして理知的だった・・・なのに何故?!」
自身の血を別けた子が癇癪持ちの馬鹿で、謀叛まで起こし・・・更には命まで落としてしまったのだ。
ノイモンの苦悩は、赤の他人であるプリームスでも察するに難しくない。
もし身内が同じような事を仕出かしたら、流石のプリームスでも心中穏やかでは居られないだろう。
そう考えると、この程度で済んでいるノイモンは相当に自制心が強いと言えた。
『公人として・・・国の宰相の地位に有る者は本当に大変だな・・・』
余りノイモンに対して良い印象を持っていなかったプリームスだが、少し気の毒に思えて同情したくなった。
「飽く迄、推測でしか無いが・・・ご子息が”馬鹿”になった原因に心当たりがある」
その言葉に驚いた後、ノイモンは怪訝そうな目をプリームスへ向けた。
既に
なのにプリームスの言い様は、ポリティークの人格の変化に言及しようとしている。
まるでそれこそが全ての起因かの様に・・・。
「理解しかねる・・・。まるでプリームス陛下の言葉は、別に黒幕が居るように聞こえますが」
少し慌てた様子で否定し、プリームスは付け加えた。
「あ~いや、すまん。言葉が足らなかったな。黒幕は一緒だろう。ただ私が言いたいのは、御子息が自身の意志で謀反を起こしたのでは無い・・・そう言いたいのだ」
増々理解に苦しむノイモン。
何者かに
つまり自身の意志で行った事は明白であり、プリームスが言う事は辻褄が合わない。
「憑かれて人格を操作された可能性がある。私は精霊憑き・・・呼んでいるがね。只これは限定的な環境に限られる故、私が把握する範囲で言えばこの地が原因では無いな」
このプリームスの説明で少し理解出来たのか、
「つまりポリティークの性格ないし意識を作為的に捻じ曲げた・・・と言う事でしょうか? その精霊憑きとやらで操られて謀反を?!」
とノイモンは半ば信じられない様子でプリームスへ問うた。
頷くプリームスは尚も続ける。
「全ての元凶はセルウスレーグヌム王国に在る様に思えてならん。アンビティオーやアポラウシウスも当然そうなのだが・・・、それ以上に彼の地に根本的な”ひと”以外の何かを感じるのだ・・・」
超絶者のプリームスが言うなら、そうなのかも知れない・・・。
ノイモンは深く推測し深追いする事を止めた。
最早、人の域にある自身では、理解も解決も出来ない事態と思えたからだ。
「やはりプリームス陛下に治安維持軍を託して正解だったようだ」
そう言って深い溜息をつくと、ノイモンは申し訳なさそうに続ける。
「小生は貴女様に危険な”闇”を感じました・・・ゆえに危険視し番人としての枷を嵌めようとしたのです。ですが人の域で対処出来ぬ”闇”なら、やはり闇を知る者でしか対処は出来ぬでしょう」
プリームスは小さく笑うと、少しお道化た様に言った。
「卿らの考えなどお見通しではあったよ。ただ私もセルウスレーグヌムには確かめたい事があったのでな、ついでに乗ってやった訳だ」
ノイモンは自嘲する。
「左様でしたか・・・」
そして僅かではあるが互いの本心が見えて、距離が縮まったかのように感じるのであった。
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