第381話・権謀と自然体
食事と酒が進み、互いに随分と打ち解けたノイモンとプリームス。
たわいも無い話題の中に箱舟が上がった。
「あれは・・・一晩で突如現れ、我々は度肝を抜かれましたぞ」
と酔ってはいるが、何とか呂律を維持しながらノイモンは言った。
一方プリームスは随分と酔ってしまって、
「あぁ~あれはだな
と何気にベラベラと喋ってしまう。
こうなるとノイモンは興味津々になり、酔った勢いで他国の機密へ触れようとする始末。
「ほほう! 興味深い・・・で、あのような巨大な物を一体どこに隠していたのですかな?」
「あんな巨大な物、地上には隠せんよ」
プリームスの一言で勘の良いノイモンは、自身で導き出した答えを口にした。
「まさか・・・海中?」
横にゆ~らゆ~らと揺れながらプリームスは頷く。
「うむ、守り人一族の始祖は、今より高い技術を持っていたのだ。1000年もの歳月で、それも遺失してしまったようだがね。だが仕組みが分からなくても”使い方”はちゃんと引き継がれていた様で、今この状態が有る訳だ」
少し遠回しな言い様だが、凡そは理解出来た。
そして酔っていても機密を守る所は流石だとノイモンは感心する。
しかし今の所、呂律は大丈夫のようだが、どうも平常のプリームスとは様子が違う。
『これは少々飲ませ過ぎたかな・・・?』
中身は計り知れない年輪を刻んでいるのは明白・・・それでも見た目は15歳ほどの少女なのだ。
悪酔いさせない様に気遣い、ノイモンはプリームスへ水分補給を勧める。
すると素直な子供の様に従い、侍女に渡されたグラスの水をグビグビと飲みだすプリームス。
その様子が実に可愛く、そして微笑ましく見えた。
『こう見ると幼く見えるのだがな・・・』
そう思ったノイモンは、今この状態なら素直に心中を話してくれるのでは・・・と考えてしまう。
互いに探り合い、駆け引きをするのは権謀の常道である。
それでも協調し合う仲間であるなら、出来れば腹を割って語り合いたいものなのだ。
「プリームス陛下・・・貴女様が目指す先には何が有るのでしょうか? それ程の英知と武力、魔力があれば叶わぬ物など有りはしますまい?」
ノイモンの突然の問いかけに、プリームスはキョトンとした表情を見せた。
それから人差し指をこめかみに当て、少し考える仕草をすると告げる。
「それは私に野望があるのか・・・と暗に訊いているのかね?」
暗に訊いた事へ、率直に訊き返されると流石のノイモンでも困ってしまう。
「あ・・・いえ・・・プリームス陛下がそう捉えたなら、そうなのでしょうか・・・」
答えあぐねた末に、当たり障りなく返事をする。
それを是と捉えたプリームスは、
「達成すべき目標はあったが・・・他者を犠牲にしてまで達せられる野望など、生まれてこのかた持った事などない」
とハッキリ言い切った。
返答に意外さを感じノイモンは戸惑う。
「さ、左様で・・・」
しかし稀に力が有りながら無欲な者が存在する。
それは、そう成らざるを得ない環境や人格・・・または野望などを抱くより、もっと大切な物を持ち得ている場合だ。
この超絶然とした絶世の美少女は、その何方かなのだろうか?
それとも抱いている野望を巧みに隠し、ノイモンを欺こうとしているのか?
危惧より興味が先行したノイモンは、率直に尋ねた。
「今のプリームス陛下は、達成すべき何かが有られるのですか?」
プリームスは小さく首を横に振った。
「今はそんな大それた物など有りはしないよ。只、願わくば敬愛する周囲の者達が、穏やかに暮せる場所を作りたい。私を含めてな・・・」
「では穏やかな場所の為に、邪魔な他者の排除も辞さないと?」
少し辛辣な問い掛けだとノイモンは自覚したが、躊躇わず口に出す。
「何を馬鹿な事を・・・。そんな事をして得た安寧など、砂上の楼閣だ。妄執と遺恨を作り最後には身を亡ぼすだろうよ・・・」
然も当然かの様にプリームスは答える。
その切り返しの速さ、そして語調から、とても偽っている風には感じられない。
「プリームス陛下・・・貴女様は相当な演者か、希代の詐欺師としか思えませぬ。でなければ世捨て人でありましょうな」
そこまで言ってノイモンは慌てて口をつぐむ・・・一国の王に向けて掛ける言葉では無かったからだ。
「も、申し訳ありません・・・失礼な言い様、お許しください」
平謝りするノイモンに、プリームスは苦笑いをして不問にするように軽く片手で制した。
そうして僅かに気怠そうな口調で告げる。
「そんな事よりも、少し眠気が・・・」
食事の所為か、それとも飲酒をした為か・・・どちらにせよプリームスが幼子の如く見えて、あどけなく感じるノイモン。
だがこのまま食卓で眠られても困る訳で、慌てて対処する。
ノイモンが傍に有った呼び鈴を鳴らすと、この食堂と繋がっている隣の部屋から一人の女性が現れた。
歳はフィエルテより若そうで、アグノスやイリタビリスよりは年上に見え実に微妙な年齢である。
また神経質そうな雰囲気を湛え、その端正な顔立ちと相まって氷の様な印象を受ける。
『ほほう・・・随分と美形だな。ひょっとして宰相の娘か?』
などと勝手に値踏みするプリームス。
するとその女性がプリームスの傍に来て、恭しく首を垂れて告げた。
「ノイモン・レクスアリステラの次女、ピスティと申します。聖女陛下の御世話を仰せつかりましたので、お見知りおきを・・・」
『やはりそうか・・・』
状況から察するに、ノイモンの娘であるのは見当が付くと言うもの。
しかしそれ以前に”神経質そうな雰囲気”がポリティークに似ていたのだ。
『それにしても・・・聖女陛下とは・・・』
呼ばれ方などに拘りなどは無いが、流石に大仰過ぎるのは趣味では無い。
因って今後、この様な呼ばれ方をするのであれば、考え方を改めなければならないと思い至るのであった。
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