第378話・派兵準備と急転(2)
「死神を・・・あのアポラウシウスを倒したそうだよ」
そのエテルノの一言で緩んでいた部屋の空気が、一瞬にして緊張感に満たされた。
僅かに目を見開いた後、プリームスは思考する様に視線を泳がせて言った。
「そうか・・・遺体は回収したのか?」
「いや・・・フィエルテ嬢が止めを刺したようだけど、アポラウシウスの身体は勝手に燃え尽きてしまったらしいよ。たぶん自身に何か呪法を掛けていたんだろうね。死んだ後の事まで考えてるなんて・・・流石”死神”だよ~」
そう答えて、エテルノは再びベッドに横になってしまった。
南方諸国最強最悪の暗殺者・死神アポラウシウス。
個人の武力では最強と称され、今まで多くの要人が
また南方諸国を裏から干渉し暗躍する、盗賊ギルドの長とも言われている。
昨今ではエビエニス国王を死熱病で暗殺しようとした疑惑があり、リヒトゲーニウス王国関係者は警戒をしていたのだ。
「セルウスレーグヌム王国とペレキス共和国の諍いの発端は、
そこまで言ってプリームスは、思考の沼へ沈むかの如く言葉が止まる。
今一理解出来なかったエテルノが、
「え?! アポラウシウスが2国間の諍いを誘発したって事?」
と尋ねるが、当のプリームスは思考に集中している所為か聞こえていない様子。
「プリームス様・・・」
何度かスキエンティアが呼びかけて漸く反応するプリームス。
「え? あぁ・・・2国間の諍いは
『なんだ聞こえてたんじゃないか!』
そう内心でぼやきつつも、エテルノは要領を得ず更に問いかけた。
「どう言う事だい? 私は
「すまんすまん・・・え~っと、アポラウシウスは何故かセルウスレーグヌム王国のアンビティオーに肩入れしている。これには依頼者と請負人以上の何かを感じはしないかね? 恐らくだがアンビティオーの為に、セルウスレーグヌムとペレキスの微妙な距離感を調整していたのはアポラウシウスだな」
プリームスに説明されても、まだ良く分からないエテルノ。
長い間、迷宮に籠っていた所為か、地上の世情に疎くピンと来ないのだ。
そんなエテルノに分かり易くスキエンティアが補足し出す。
「プリームス様が守り人一族の件に関わっている間、アポラウシウスもフィートを介して干渉していた可能性があります。つまりアポラウシウスが本来管理していた状況を御座なりにしていたのでは? そして今日の諍いに発展してしまったと・・・」
そこまで聞くと漸く理解出来たようで、
「あっ・・・なるほど。アポラウシウスが裏で2国間の橋渡しをしていたんだね。でも2週間そこいらじゃ・・・状況を放置していたのって、そんなので政治的均衡が崩れるものかな?」
と新たな疑問がエテルノの口を衝いた。
「南方と西方の境目で暗躍していた・・・それが政治的な取引ならそうでも無いかもしれんな。しかしその凶悪強大な武力より脅しに近い行為で、ペレキス共和国の要人に強要を強いていたなら別だろうよ」
そう答えるプリームスにスキエンティアも頷き続く。
「ですね・・・恐らく定期的に自ら赴いて圧力を掛けていたに違いないでしょう。それが2週間も音沙汰がなければ、
エテルノは2人の洞察に感心した。
事前に持ち合わせている情報の如何で、洞察できる範囲と確証性は左右される。
だがプリームスやスキエンティアは情報だけでなく、画策する者の為人を鑑みて見通すのだ。
これは相当な客観性と想像力を必要とする・・・故に感心し驚きを禁じ得ないのだった。
『誰でも出来る事では無いよ・・・皆、自身の常識に執着し、凝り固まった概念が邪魔をする。流石と言うべきだね』
口に出して褒めそうになったが、エテルノは止めた。
他人を褒めるというのは意外と恥ずかしい行為で、自身が劣っている事を認める事でもあるからだ。
超絶者のプリームスやスキエンティア相手に、そんな事を思うのは烏滸がましいかもしれない・・・。
それでも自身を悪く見せたく無い気持ちが先立った。
それは詰まる所、己がプリームスに付いて行ける存在だと思って欲しい・・・そんな気持ちから湧き起こった心の機微だった。
『250年も生きても、私はまだまだだな・・・』
エテルノはそう自嘲し、同時に人間らしい心が自身に残っている事へ喜びを感じた。
「それで王様は、これからどう対応するつもりなんだい?」
すぐに気持ちを切り替えて、エテルノは尋ねた。
「飽く迄、私やスキエンティアが言った事は推測でしかない。なら直接行って確かめるしかあるまい? 実際に対処するのはそれからだな・・・」
と少し面倒さと期待を含んだ声音でプリームスは告げる。
要するに派兵し現地に向かうが、能動的な武力介入はしないと言う事だ。
ノイモンの情報を鵜呑みせず、現地で情報を収集し精査した後に行動する・・・聞こえは良いが、どうもプリームスの煩悩が垣間見えてしまうスキエンティア。
『彼の国は貿易が盛んで、今在る奴隷制度の発祥の地でもある。それに異文化圏が隣接していて、プリームス様にとって非常に知識欲をくすぐる地域・・・。只単に観光気分なだけでは・・・』
スキエンティアがそう危惧していると、賓客室の扉をノックする音がした。
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