第370話・後始末(1) ~第五章エピローグ(2)~

永劫の王国アイオーン・ヴァスリオが国家樹立を宣言して一週間が経過した。



スキエンティアが予想した通り南方諸国は、我先と真偽を確かめる為に使者を送る始末。

しかし箱舟アルカは王都エスプランドルの海岸から2kmの海上に位置し、到達するにも手間がかかった。


更に箱舟アルカの形状は名前の由来通り巨大な箱型をしており、到達した所で乗船もとい入国さえ不可能。

理由は正に箱の如く船体の側面に入り口らしい物が一切見当たらず、傍まで来たところで途方に暮れるだけであったからだ。




この頃、リヒトゲーニウス王国へお忍び訪問をしていたプリームス。

予定通り国王エビエニスと非公式の会談で、円滑に国家承認を取り付けていた。

これはプリームスとエビエニスが親しい仲で有る事も然ることながら、互いの国益に利する事が理由と言えるだろう。



また国家樹立宣言から一週間も経過してからの会談は、プリームス側に理由が有った。



それはシュネイの延命処置が原因である。

アーロミーアが保有する不老不死の英知から、不死者の因子を取り除く事に時間がかかったのだ。

と言っても2つある内の1つ・・・不死王ノーライフキングの英知は、完全に人間とは違う生命階層へ移行する為に使用出来ず。


だが残りの1つ吸血鬼の英知は、人と同じ生体階層に存在し、吸血鬼特有の因子を除けばシュネイの延命処置に耐えうるものであった。

これにプリームスは5日程の時間を費やす。


そして残りの1日、2日は、魔術、魔力を駆使し、疲れた心身を回復させるのに使ったと言う訳だ。









「本当に・・・プリームス様には一生かけても返せぬ恩義が出来てしまった・・・」

ベッドで静かな吐息を立てるシュネイの手を優しく握り、インシオンは呟く。


シュネイは延命処置により体細胞の再構成を行い、その反動で休眠状態にあったのだった。



まさか目覚めれば以前の記憶など失い、違う人格になっているのでは無いか・・・?

そんな不安がインシオンの脳裏に過った。

身体を完全に作り替えてしまえば、肉体に依存する記憶や精神、魂までもが作り替えられる危惧があったからだ。



しかしそんな思いなど蹴飛ばす様にプリームスは言った。

「心配ない。2,3日もすればシュネイは目覚める。私など一週間も目覚めなかったのに、お主は心配してくれなかったであろう?」


その言い様は揶揄している風であっても、優しさを感じた。



加えてプリームスは言ったのだ。

「精神や記憶・・・いわゆる魂と呼ばれるものだが、これは確かに肉体に依存する。だが根底には存在力が関わっているのだ。その存在力を消失せぬ様に私は保護し細心の注意を払った・・・故に大丈夫だ」


あらゆる真理を解明し、超絶然としたプリームスが言っているのだ・・・信用しない筈が無い。



『万が一、シュネイの記憶が無くなっていたとしても、また一からやり直せば良い・・・』

そうインシオンが思えたのは、正にシュネイの根底・・・存在を愛していたからに他ならない。



「ふぅ・・・」

インシオンは安堵から深い溜息を洩らすと、静かにシュネイの寝所から出て箱舟アルカ最後方の甲板へ向かった。



時刻にして夕刻──夕陽が大陸の山々をかすめ、水平線へ沈む最中だ。

美しい情景がインシオンの心中を満たし、同時にその頬を夕陽が赤く染める。

だが、僅かだが不純物が心と情景を侵食した。



「何者だ・・・」

インシオンは静かに言った。



しかし周囲には人影は無く、”何者”かが返事をする訳も無い。



なのに、どこからともなく声がしたのだ。

「フフフフ・・・流石、伝説の偉人。完全に気配を消していたのですがね・・・」



「私がここに居る限り、この箱舟アルカへの侵略行為は許さん。ことの次第に因っては命が無いと思え」

静かに、そして淀みが無い冷静な声がインシオンから発せられた。

それは強い語調では無いが、”剣聖インシオン”を知る者なら震えあがっただろう。



それでも相対する声の主は飄々ひょうひょうと返す。

「フフ・・・恐ろしいお方だ。その言葉通りに、それを実行する実力をお持ちなのだから・・・無暗に強い言葉を使うべきではありませんよ」



その言葉にインシオンは気にした風もなく言った。

「何者だと訊いた筈だ。答えずして海の藻屑になるつもりか?」



するとインシオンの後方10mの位置から、何者かがヌ~っと姿を現した。

正確には物の”影”から迫り出すように、人が顕現したと言えば分かり易いかも知れない。



「申し遅れました。私はアポラウシウス・・・貴方が無き地上で”最強”を冠している者です。親しい方には道化や死神と呼ばれておりますよ」

中性的な良く通る声が、仮面の口元から発せられた。



「・・・ほほう。卿があの死神アポラウシウスか。孫のアグノスを守ってくれたようで感謝している。しかしモナクーシアとの戦いで死滅したと聞いていたが・・・」

先程の冷徹な雰囲気から一変して、その言葉が柔らかくなるインシオン。

だが語調は全く変わらず、とても静か・・・。



それが反ってアポラウシウスの心胆を凍らせた。

「お止めください・・・思っても居ない事を口にするのは・・・」



そう、インシオンは聞かされていたのだ・・・プリームスから”あの程度”でアポラウシウスが死ねない可能性を。



「フッ・・・アグノスを守ってくれた事は本当に感謝している。だが・・・それを言われる為にここへ来た訳ではあるまい?」

インシオンは死神に振り返る事無く、無防備に背を晒し問うた。

まるで”今”の地上最強がどれほどの物かと、軽視するが如く。



「私の雇い主がですね、プリームス様の下に強者が集まり過ぎだと・・・そう危惧しておりまして。こうして私が掃除をしに参った訳です」



アポラウシウスの答えに周囲の空気が一瞬で凍り付く。

インシオンから放たれる殺気が・・・威圧感が周囲を支配したからであった。

「掃除だと・・・? 我が身内を害すると言う事か?」



アポラウシウスは、まるで何かに拘束されるような感覚を覚えた。

その発せられた言葉が言霊のように作用し、最強である筈の死神を逡巡させたのだった。



されど使命を全うすべくアポラウシウスは告げる。

「死神の仕事は人の命を奪う事です。他に何が御座いましょうか!!」



その刹那、アポラウシウスの影から湧き出した無数の何かが、インシオン目掛けて襲い掛かる。

それは漆黒の鎖・・・その先端には鋭利な刃やかぎが備わっていた。


アポラウシウスの魔法技”拘束する者カウディベリオ”と”切り裂く者コルタール”だ。



数はモナクーシアと相対した時の比では無く、本数にして100本に達しようとしていた。

更にその漆黒の様相から空間は、一瞬にして闇に包まれた様に変色する。



どれ程に強固で強大な力を以てしても、この物量には太刀打ちできる訳も無い。

そうアポラウシウスが確信した時、インシオンは闇色の鎖に覆われ姿を消失させたのだった。


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