第371話・後始末(2) ~第五章エピローグ(3)~

アポラウシウスの魔法技、”拘束する者カウディベリオ”と”切り裂く者コルタール”がインシオンを襲った。

数にして100本に達する漆黒の鎖は、対象を一瞬で覆い尽くしてしまう。



その瞬間、金属や硝子が軋み砕ける様な、無数の怪音が周囲に響き渡る。



「!!?」

確信し確定した光景が、一瞬で瓦解した所為でアポラウシウスは目を見張った。

それはインシオンを束縛し、切り刻み、磨り潰した筈なのに・・・その道具となった漆黒の鎖が瞬く間に消失したからだ。



「我が奥義、天衣無縫・臨の前では、この程度の攻撃・・・無力に他ならない。だが褒めてやろう、私に奥義を使わせたのだからな」

背を向けたままインシオンはそう告げた。

彼の周囲には漆黒の刃が無数に浮遊しており、それがアポラウシウスの魔法技を相殺し消失させたのだった。



否・・・彼の周囲だけでは無い。

インシオンとアポラウシウスを囲うように、漆黒の刃が辺りを覆い尽くしていたのだ。

その刃の数は数百に到達し、アポラウシウスとの戦力格差は明らかであった。



「お互い漆黒を模した武器を携え、多少の親近感は湧くが・・・私の命を奪おうと言うなら容赦はせぬ。今度こそ死滅するがいい・・・」



静かにそうインシオンが告げた刹那、数百に及ぶ漆黒の刃がアポラウシウスに向かって襲い掛かった。

全方位から為る刃の雨は、躱す事など不可能。

そしてその一本一本が神器級の武器である為、受け止め防御するなど尚更に不可能なのだ。



「ちっ・・・!」

アポラウシウスは舌打ちし、即座に撤退する判断を下した。

彼には影に潜み、影を移動する能力がある・・・つまり何時でも逃げ失せる退路を確保していたと言える。

故に強大過ぎるインシオンへ戦いを挑んだ訳であった。



『予想以上の戦力差・・・ここは一旦引かせて貰いますよ』

そう内心で文句を言った刹那、アポラウシウスは身体が影に沈まない事に気付く。

「!!??!」



「残念だったな。卿の影は封じさせて貰った・・・さらばだ」



インシオンの静かな声が聞こえ、アポラウシウスは咄嗟に自身の足元を確認する。

『なっ・・・』

何時の間にか足元の影に、1本だけ短刀の様に矮小な漆黒の刃が突き立てられていたのだった。



「ヌオオオオオオオオォオオオオオ!!」

アポラウシウスの絶叫にも似た雄叫びが周囲に轟く。

それに呼応して身体の周囲から発生させた魔法技、”拘束する者カウディベリオ”と”切り裂く者コルタール”で飛来する刃を迎撃した。



だが足らない・・・補える訳が無い。

圧倒的な飽和攻撃、天衣無縫・臨の刃がアポラウシウスを覆い尽くしてしまう。



そして対象を死滅させ切ったのか、弾き切り刻むような音は瞬時に形を潜めた。




「・・・・・逃がしたか・・・・。この私から逃げおおせるとは、今現在の地上最強も頷ける・・・」

そうインシオンは苦笑いを浮かべ呟く。



アポラウシウスは処理しきれぬ飽和攻撃を一身に受ける寸前、違う別の影に逃げ込んだのだった。

それでもインシオンの奥義から完全に逃げられる訳など無い。

何とか命を繋いだとしても、その身体が無事であるのは到底考え難いと言えた。



「お父様・・・死神を仕留めたのですか?」

船尾から海を眺めたまま微動だにしないインシオンの背に、聞き慣れた声が掛かった。

娘のテユーミアだ。



「いや・・・逃げられた。流石と言うべきだが、一応は保険もかけておいた。それでも飽く迄保険だ・・・期待せぬ方が良いだろう」

インシオンは少し疲れたように告げる。



今現在、プリームスはエスプランドルの王宮に滞在したままで、まだ帰還していない。

その留守を軍司令として預かっていたインシオンなのだが、慣れない役目の所為か気疲れしていたのだった。


加えてスキエンティアもプリームスの御供で不在。

故にこの機会を利用してインシオンは罠を張って、死神を誘き寄せたのだ。

スキエンティアやプリームスと言った、地上最強級の猛者が居ては誘い込めない為である。



「プリームス様は、フィートと繋がる死神に危惧しておられました。これで及び腰になれば良いのですが・・・」



心配するテユーミアへインシオンは静かに言った。

「私の奥義を受けたのだ、只では済まぬ。しんば無事であっても直ぐには動けぬよ。恐らく回復に数年は必要とするだろう」

それは詰まる所、再起不能と言っているに等しい・・・それ程にインシオンは、自身の技の殺傷能力に確信があった。



テユーミアは頷いた。

「そうですね・・・その間、南方諸国が平穏になるのですから、我儘は言えませんね」



南方諸国の裏で画策するセルウスレーグヌムの国王アンビティオー。

そしてその手足となって暗躍する死神アポラウシウス。

これら片方の動きを封じられたのだから、テユーミアの言う様に上々と言えるだろう。



『倒せば、それに代わる新たな脅威が生まれる可能性がある。従って生かしておく選択肢もあるのだが・・・いずれは両者を滅ぼすべき時が来よう』

インシオンは未来を見据え、決意にも似た意思が心中を満たすのだった。





 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※






「ぬ・・・・ぐぅ・・・」

痛みを堪えるような苦悶の声が小さく漏れた。

死神アポラウシウス──彼は命かながら剣聖インシオンから逃げ出し、悲惨な様相を呈していた。



その身体が纏う衣装は切り刻まれた様にボロボロだ。

それだけでは無い・・・左腕は肘から先を消失し、右足に至っては脛の辺りから下が、鋭利な刃物で切断された様に失われていた。



そして彼は箱舟アルカより2km程しか離れていないエスプランドルの海岸を、レイピアを杖にしてヨロヨロと歩く。

影を利用し数百kmもの距離を瞬時に容易く移動する筈の彼が、無様な姿を晒していた。



理由は、生命を維持するために必要な魔力が切迫し、長い距離を影によって移動出来なかったのだ。



「私が・・・この私が・・・こんな・・・こんな無様な・・・。覚えているがいい、剣聖インシオン・・・必ず私の手で同じ目に遭わせてやる!」



呪いの様に紡ぐ死神の言葉に、何者かが答えた。

「それは叶わない。貴様はもう終わりだ」



背後から聞こえた声にアポラウシウスは目を見張り、振り返ると思わず言葉が口を衝く。

「レギーナ・イムペラートム・・・」


それは”王女”と”将軍”を意味し、元王女で有ったフィエルテの名でもあった。



「私と貴女の実力差は明白でしょう・・・死にたく無ければ去りなさい」

アポラウシウスの苦し紛れの言葉は、フィエルテには届かない。

スラリとロングソードを引き抜き、彼女は肉薄するように迫ったのだ。



「くっ!」

アポラウシウスは残された渾身の魔力で、切り裂く者コルタールを1本だけ発現させフィエルテを迎撃する。



「何っ!?」

捉えた筈のフィエルテが視界から消え失せ、切り裂く者コルタールが空を斬り裂く。


次の刹那、それが砂浜の地面に突き刺さったと同時に、アポラウシウスの首を熱い何かが横に走った。

違う・・・走ったのでは無かった・・・鋭い刃が首を薙いだのだ。



「死神よ・・・いつぞやの貸しは返したぞ・・・」

そう告げるフィエルテの声が、薄れゆく死神の脳裏に微かだが届いたのだった。


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