第369話・国家の名称 ~第五章エピローグ(1)~

インシオンが根本的な問題を忘れていると告げた。

彼ほどの人物が言う事である、それはそれは重要で重大なことだと一同は固唾を呑み、それに言及するのを待った。



「我らが国の名称ですよ・・・」



そうインシオンが端的に答え、プリームスは玉座からずり落ちそうになる。

そして呆れたように声が漏れた。

「・・・決めてなかったのか・・・!?」



すると周囲の面々は互いに顔を見合わせ、不思議そうな表情をするばかりだ。

「え? 誰かが決めてたんじゃ無かったの?」

これはイリタビリス。


「私もそう思って居ました・・・」


「同じく私もです」

同じような反応をするアグノスとフィエルテ・・・。



イースヒースに至っては揶揄する様に呟く始末。

「そんな重要な事を・・・ひょっとして誰も考えて無かったのか?」


「な~にを言っているんですか! 師匠こそ他人に投げっぱなしで、それこそ責任転換でしょ!」

再び弟子のテユーミアに叱責されるイースヒースは、師匠の立場形無しである。



そんな2人を余所にエテルノが楽しそうな表情で言った。

「もう分かり易い様に、プリームス様を守る国で良いんじゃない?」



冗談で言ったつもりだが、ほぼ全員から反感を含んだ異議が殺到する。

「駄目ですよ! 何だか王国議会議員の支援者の集いみたいで嫌です・・・」


「分かり易いけど、語呂が悪いと言うか・・・」


「国籍を名乗る時にそれでは・・・少し恥ずかしいですね・・・」


冗談として伝わらず本気で思案する面々に、エテルノは苦笑する。



しかしこの状況へ一石を投じるが如く、フィートがボソリと呟いた。

「国の方向性は間違ってはいないでしょう? でしたら体裁良く名称を繕えば宜しいのでは?」



これへシュネイが同調するように、思案しながら言葉を綴る。

「守り人一族は王が居ながら、国として名乗りをあげる事は有りませんでした。それは人知れず魔神と戦う宿命を背負っていたからです。ですが今は・・・」


その言葉に続く様にインシオンが言った。

「宿命から解放され、プリームス様と歩む新たな道が示された。ならばそれに誇りを以て、その意味と意義を名称として内外に示すべきだろうな」



プリームスの表情が徐々に曇り出す。

『うわぁ・・・なんだか大ごとになって来たぞ・・・。国の名など当り障り無ければ何でも良いのだがなぁ・・・』


だがここでプリームスはハッとし、考え直した。

人で言えば”名は体を表す”であり、国も又然り──古来より名は”それ”を表現し意味を持たせたのだ。

もしここで適当に名を付ければ、プリームスは良いとしても民が困ると言うものである。



『民が胸を張って国名を告げれる物にしなければな・・・』



皆が首を捻って悩み出した時、満を持したとばかりにスキエンティアが告げた。

「ややこし過ぎ、大仰過ぎるのも良く無いでしょう。ここは騎士団の名称と同じく、永劫の王国アイオーン・ヴァスリオでは如何ですか?」



そうすると全員に好印象だったようで、口々に感想を言い出す。

「いいですね! それにしましょう」


「うんうん、あたしもそれで良いと思う」


「流石、宰相閣下・・・端的かつ分かり易く、威厳がある名称ですね!」


「俺は言い易ければ何でも構わんが・・・古代魔法語か・・・。共通言語で永劫の王国って言えばいいよな?」


「・・・・・」



インシオンも肯定する様に頷くと、苦笑いを浮かべて少し揶揄する事を口にした。

「しかし・・・騎士団名が先で国名が後とは・・・普通は逆ではありますな」



「全くです・・・フフフ」

と同調してシュネイも楽しそうに笑う。




こうしてプリームスの為に存在する事になった国は、”永劫の王国アイオーン・ヴァスリオ”と命名された。

殆どプリームスの意見など無視されて、勝手に決まった感は否めないが・・・。




とはいえ今更だが、プリームスの脳裏に不安が過る。

端的で分かり易く感じるが、”永劫”なる言葉の印象が非常に強く、周辺諸国の反応が怖いと思ったのだ。

これでも随分と簡素にしたのだろうが、ハッキリ言って大仰である。


この言葉は”永遠に近い歳月”、”不滅”や”永久”を意味する。

詰まる所、プリームスの国は何者にも害されない最強の国家だと、暗に言っている様なものなのだ。


『はぁ・・・要らぬ国同士の諍いにならねばよいが・・・』



このプリームスの心配を余所に、スキエンティアは状況を加速させた。

「国名も決まった事ですし、南方諸国へ使者を出し国家樹立の宣言を致しましょうか。順序で言えば真っ先にリヒトゲーニウス王国ですね」



ジト目でスキエンティアを見つめるプリームス。

「それはサッサと私に、エビエニス国王へ会いに行けと言っているのか?」



ワザとらしく両手を振ってスキエンティアは否定する。

「いえいえ、滅相も無い。先ずは諸国へ使者を送り建国を知らせた後、こちらの内情が落ち着くまで鎖国状態にすれば良いのです。まぁ諸国はやきもきするでしょうが・・・」



「リヒトゲーニウス王国も重要だが、他にも1国あろう・・・それは良いのか?」

プリームスが更に問い質すと、それも想定済みなのかスキエンティアは直ぐに答えた。


「魔導院の事ですね、それでしたら既に根回し致しました。近い内に法王陛下が此方へ訪問される予定です。それと魔術師ギルドですが学園の方を支部とし、本部はこの箱舟アルカに置こうかと考えております」



捲し立てる程では無いが流暢に話すその内容は、用意周到に準備された物だと分からされてしまうプリームス。

要するに彼の聡明なスキエンティアが行った事に、綻びなど有る訳が無いと言う事である。



『あぁ・・・もはや私の意志など関係無いのか・・・』

プリームスが勝手に危惧しようがしまいが、優秀な周囲が事を上手く運んでくれるのである。

その為、自分の存在意義とは・・・となるのだ。


そしてそうは思いつつも、スキエンティアは良い塩梅で自尊心を満たしてくれる。

故にプリームスは流されて現状に甘んじてしまうのであった。




「私の事・・・忘れてないですかぁ・・・」

と突如、玉座の背後から恨めしそうな声がした。



「うおっ! 誰かと思えばお主か・・・」

少しお道化る様に姿を見せたのは、プリームスと髪色は違うだけで姿形そっくりなアーロミーアだ。

元は魔神と同じ存在であり、今はプリームスの姿を模したばかりに放っておけない存在となっていた。



「プリームス様が昏倒しているこの一週間、代役で身を粉にして働いたと言うのに・・・ぞんざいな扱いです」



ワザとらしい・・・もはや人間と遜色ない物言いのアーロミーアに、感心しつつもプリームスは溜息が漏れてしまう。

「分かった分かった・・・私の代役、大義である。今暫く私に代わって働いて貰うからな・・・しっかり頼むぞ」

それでも状況や前途を鑑みれば、アーロミーアを頼るざるを得ない。


それはこの箱舟アルカで生活する民に、プリームスが壮健で有る事を印象付ける為である。

実際は体調不良であり壮健では無い・・・故にそんな心配を民に掛けない為にもアーロミーアは必要な存在なのだった。



プリームスの反応に満足したのか、アーロミーアは嬉しそうな顔をすると大人しく傍に控えた。




自身の周りにはべる一同を見て、プリームスはこの世界に来て最初の頃を思い出す。

あの時はスキエンティアと2人きりだったのに、今や身内と呼べる者が10人にも達してしまった。


『やれやれ・・・随分と大所帯になってしまったな・・・』

以前とは規模は異なるものの再び国の長となり、プリームスは前途の不安と同時に、希望に満ちた期待が心中を満たすのであった。


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