第344話・超越者の邂逅(1)

プリームスは断崖と断崖の間に出来た広大な台地に一人立っていた。



遥か先には藤色の衣服を纏った人の姿が見て取れる。

それはアーロミアーアが出した調停条件の対象である、剣聖インシオンだ。



彼とは距離にして500mは有るだろうか、並みの遠隔武器では届く筈も無い。

だがプリームスは躊躇う事無く、携えていた硝子の剣を抜き放った。



「さて・・・この剣の性能と、剣聖の結界がどの程度強力なのか試させてもらうとしようか」

そう呟き、硝子の剣の軽さに驚いてしまう。

下手をすれば鞘より軽いのではないか?・・・とプリームスに思わせた程である。


その透き通る刀身には、何らかの魔術的効果を宿しているのは確実で、醸し出す威圧感が内包する魔力量とそれを物語っていた。



プリームスは剣を徐に振り上げ、告げる。

「先ずは”空裂”だ」



次の瞬間には神速で振り下ろされた剣が残像を残し、乾いた音を響かせた。

そして切っ先から放たれたであろう斬撃が音速を超え、可視化した衝撃波を纏い剣聖目掛けて猛進する。



500m程度の距離など、2秒足らずで渡り切ったプリームスの”空裂”は、背中を向けていたインシオンへ直撃した。

ハッキリ言って遠隔からの不意打ちで、対象であるインシオンからすれば、見ず知らずの人間にされた御無体な行為であった。




「・・・・やはり魔法だけでなく、あらゆる力が抑制される様だな。それに・・・」

プリームスは眉を顰めると、そこまで呟き先を言い淀んだ。



インシオンは全くの無傷。

振り向いた彼は青銅色の陣羽織をはためかせ、身体を半身にして振り向いていた。

またその左手をプリームスに向けた様に掲げていたのだった。



『私の空裂を片手で・・・しかも掌で受け止めたと言うのか?!』

千里眼アルゴンを発動させ、インシオンの様子を確認していたプリームスは目を見張る。


空裂でインシオンに対して多少の損害は与えられると想定していたのだ。

その為、この結果は不意打ち込みで考えて、どう見てもインシオンの防御力は異常と言えた。



インシオンが周囲に展開している結界──仙道の奥義は、物質の劣化や再構成を完全に抑止する効果が有るとプリームスは推測している。

更に今の結果から物質的運動を抑制し、あらゆる攻撃、魔法をも弱めるとも考えられた。



それでも空裂が直撃する瞬間まで、威力は殆ど損なわれていないように見えたのは、神器級の硝子の剣と、プリームスの極まった武の成せる業だからだ。


なのに容易に防がれ、プリームスは驚かずには居られ無かった。



だが、

「フ・・・面白い・・・」

笑顔が零れた。



プリームスの中に、例えようのない喜びが湧き起こったのだ。



今まで1対1サシの戦いで、真に驚く様な事など皆無だった。

それは武を極め、魔術を極めたプリームスにとって、全てが見知った物であったからだ。


しかし今ここで、それが覆されたのだ。

剣聖インシオンが何をして、どうやって空裂を防いだのか?

その上100年もの歳月を老いる事も、疲れる事も無く戦いを可能にした結界・・・仙術奥義の真の能力は?



眼前の彼方に立つ剣聖は、プリームスの眼に未知の存在として映った。

故に楽しくて、嬉しいのだ。



「ハハハ・・・これ程に高揚した事が今まで有っただろうか。面白い、本当に面白いぞ!」

プリームスは湧き上がる思いを隠さず、剣聖へ悠然と歩を進めた。




突如、剣聖が居た場所で何かが閃いた。




屈折する空間エスパースプリエ!!」

攻撃の兆しを察知したプリームスは、無詠唱で奥の手である防御魔法を発動させる。

直後、凄まじい音速を超えた衝撃波が、プリームスの目前で垂直に折れ曲がり宙へと走った。



「フフ・・・ハハハ・・・危ない危ない。成程、ミメーシスが7割程度しか模倣出来なかったのが頷ける。これはもはや人の領域ではないな・・・」

と驚きつつも、進める歩を止めないプリームス。



攻撃をし返した方、それを防いだ方もハッキリ言って人知を超えた存在と言えた。



この2人のやり取りを、台地の隅から見守っていたイリタビリスは驚きを隠せない。

辛うじて視認出来る遠距離だと言うのに、2秒足らずで互いに攻撃が到達するのだから・・・。

「こんなの・・・何か有っても、あたしじゃ助けに行けない・・・」




「貴女も戦いに於いて少しは腕に覚えがあるようですが、上には上が居て頂点が存在するのです。その頂点2人の戦いが見れるのですから、幸福に思うべきなのです」

突如、聞き覚えのある声が背後からして、イリタビリスはギョッとする。


しかし警戒態勢を取る事は・・・しなかった。

何故なら、全く気配を察知できなかったイリタビリスを、容易に不意打ちする事が可能な筈だからだ。

つまり相手は危害を加える意思が無いと言う事であり、警戒するなど今更で無意味だった。



「お前は・・・アーロミーア。趣味が悪いわね、人の背後から忍び寄るなんて」

少し負け惜しみを含みつつ、イリタビリスは揶揄するように言った。



アーロミーアの口角が僅かに上がり、笑った様に見えた。

その水晶の様な身体は人を模してはいるが、とても人間性を感じる存在では無い。

それでもイリタビリスは、何故か人間の仕草や雰囲気を感じた。



「ごめんなさい、貴女を驚かすつもりは無かったの。それよりも楽しみませんか? こんな戦いを見れる機会など、もう無いでしょうし」



そんなアーロミーアの言い様に、イリタビリスは同意せざるを得ない。

だがそれ以上に気になる事が湧き起こり、その口を衝いた。

「お前は何故そこまでして調停の使命に拘るの? 統一意志の制約を受けていない筈なのに・・・」



アーロミーアはイリタビリスの傍に来ると、人間の様な仕草で考え込む。

それは答えるのを躊躇う様子であり、傍で見ていると不思議に感じた。



「魔神王の使者である私の様な存在は、確かに他の魔神が受けている制約に縛られていません。ですが・・・自由を得るの為に、”私”が調停を提示し完遂させる必要があるのです」

結局渋りつつも、そう答えたアーロミーア。



正にそれは、魔神戦争終結の核心に迫る内容で、その根幹の調停者が言い渋るのも頷けた。

要するに、この事実を知った人間側が"使者"を捕らえて、人類が達成し易い調停条件を強要する可能性が考えられるからだ。


実際は”魔神王の使者”もとい”調停者”はイリタビリスを上回る能力を持っており、恐らくはモナクーシアでも倒す事は疎(おろ)か、捕らえる事など不可能だと推測できる。


その上、魔神との戦争に勝利しなければ、その存在を知る事は無いので、”調停者”が捕らわれる危険性を考慮するのは杞憂と言えるだろう。




1つ隠匿した事を吐露してしまえば、2つ3つと明かしても変わらないと考えたのか、

「そして”使者”が顕現する条件は、魔神と人類の戦いに終結が迫っている事なの。だから人類側の勝敗に左右される事は無いのよ」

そう続けてアーロミーアは言った。



話の内容に矛盾を感じ、イリタビリスは怪訝な視線をアーロミーアへ向け言い放った。

「言っている事が変だ。魔神を退けた人類に、”魔神王の英知”を与えるのがお前達アーロミーアの役目だった筈。辻褄が合わない」



そのような疑問へ帰結する事を見透かしていたのか、アーロミーアは人間の様に溜息をつくと告げる。

「そうね・・・貴女の言い様は最もだわ・・・」

それから言葉を続けようとした時、突如爆音が響き渡りそれを止まらせた。



プリームスが放った熱線ゼストシールマを、インシオンが左手で弾き逸らしたのだ。

その逸らされた熱線ゼストシールマは威力を弱める事無く断崖へ直撃し、熔解と大爆発を起こしたのであった。



「答え合わせは、この戦いを見届けてからにしましょう」

そう勿体ぶる様に言ったアーロミーアから、イリタビリスは嬉々とした感情を感じ取ったのだった。



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