第343話・アーロミーアとプリームス

透き通る煌びやかな物体が、突如プリームスとイリタビリスの前に現れ、2人に警戒態勢を取らせた。

それは人の形・・・明らかに美しい女性の姿を模していた。


またプリームスが極・消失の棺フォリー・イレーズフェーレを放った直後に現れた事から、敵対する存在の可能性が高い。

故にイリタビリスはプリームスと”それ”の間に割って入り、主を守る様に拳を構えたのだった。



『おいおい、こんな空中で拳を振るうなど、当たっても相手に損害を与える事は出来んぞ・・・』

と思いつつもプリームスは、イリタビリスの気概に嬉しさを覚えた。

そして呑気にそう思って居るのは、突如現れた”それ”から殺気を全く感じなかった為だ。



「まぁ落ち着けイリタビリス。こ奴からは殺気も、攻撃の兆しも全く感じられない」

そうプリームスに制され、イリタビリスは拳を下ろしたが、その場から動こうとしない。



敵対の意志を見せない以上、プリームスとしては相手の目的を探らねばならない。

こうして睨めっこをしていても無駄な時間が過ぎるだけで、極・消失の棺フォリー・イレーズフェーレの効果時間を消費し続けてしまうだけなのだ。



「何者だ? 私に何か用か?」

プリームスは率直に、そして端的に尋ねた。



「フフフ・・・貴女が100年目にして漸く現れた救援者であり、超絶者と言う訳か。先程の魔法を見る限り、相当な実力者のようですね」

人を模した美しき”それ”は、そこまで言って失念した事を思い出したように続けた。

「あ・・・名乗り忘れていましたね。私はアーロミーア、魔神王の使者であり調停者でもあります」



プリームスは既に全て見透かした様子で告げる。

「私はプリームスだ。そんな事より、ただ挨拶に来た訳ではあるまい? 目的を言うがよい。だが・・・もし邪魔立てするような内容なら、お主を粉砕して磨り潰すゆえ覚悟しろよ」



イリタビリスは警戒を解かず、逆にそれを増幅させるとプリームスへ言った。

「プリームス・・・駄目だよ此奴は。何だか嫌な感じがする」



恐らくイリタビリスは、絶対の意志アブソリュートセリスの制約を受けていない存在だと直ぐに確信したのだろう。

それは紅蓮の魔神ケーオと同じ存在・・・つまりイリタビリスにとって復讐の妄執を生んだ対象あのだった。



するとアーロミーアは意外な事を口にした。

「私は一人も人間を殺めず、食らいもしていない。純粋に使者として、調停者としての務めを果たしているだけです。紅蓮の魔神あれと一緒にしないで欲しい」



言葉で虚を突かれ、イリタビリスは目を丸くする。

イリタビリスの認識では魔神は等しく危険な存在であり、統一意志から逸脱した存在なら尚更なのだ。


しかし目の前に存在するアーロミーアは、本人が言う通り狂気など内包している様には見えない。

加えて言うなら、その流暢な物言いは人間の様で非常に理性的に感じた。



「面白い・・・。ならば用件を述べてみよ」

プリームスは少し楽しんでいる様子で言った。



そうするとアーロミーアは、まるで目上の者へ恭しく首を垂れる仕草をして告げる。

「調停の条件を2つ提示しに参りました。1つは私を連れ地上へ脱し、貴女が淘汰された存在で有る事を示すのです。2つ目はこの地下世界で魔神を蹂躙し続けるインシオンを倒す事です」



僅かに思考した後、プリームスはアーロミーアへ尋ねた。

「その提示・・・モナクーシアへも告げたな?」



頷くアーロミーア。

「ご明察通りです」



モナクーシアは慕っていたシュネイを救う為に、どうしても魔神王の英知が必要だった。

これを得るには魔神との戦いを終結させ、”使者”に淘汰の証を示さねば成らない。


その証こそが剣聖インシオンを倒すと言う条件であり、モナクーシアにそれを実行も達成も出来る訳も無かった。

モナクーシアにとって剣聖は、一族を救うために身を呈した恩人・・・更にシュネイが愛した相手でもあるのだから。


ならば残された選択肢は”地上へ攻め入る”事しかない。

だが、どちらを選んだとしても矛盾以外の何物でも無いと言えた。



『なんと憐れな事か・・・』

プリームスはここに来て、モナクーシアを気の毒に感じてしまう。

なまじ意志が強く、想いが強過ぎた為に起こった悲劇と言えるのだ。



『もし自分がモナクーシアと同じ立場なら、同じ過ちを歩まない・・・と言いきれるだろうか?』

その気持ちがプリームスを動かしたのは確かで、美しい口が次の言葉を紡ぐ要因となったのかもしれない・・・。

「良かろう・・・私が剣聖を倒し証を示してやろう」



人を模してはいるが、全く人間味を感じないアーロミーアが笑った様に見えた。

それは自身の企みが上手く行った為なのか?、それとも純粋に超絶者同士の戦いが楽しみなのか?

「そうですか・・・では期待しておりますね」

そう端的に告げ踵を返そうとする。



プリームスはその背に言った。

「私は剣聖を倒すと言ったが、どの様な経緯で、どう帰結しても異論は許さんぞ!」



プリームスにしては強い語気で、傍に居たイリタビリスは少し身を強張らせた。



この絶対の意志アブソリュートセリスから逸脱した存在が、自由を求めている事をプリームスは見抜いていた。

このまま提示した調停条件を誰も達成出来ないなら、アーロミーアは調停者としての責を抱え続け、最終的な自由を得られない。

つまりその弱みに付け込み、剣聖を倒すと言う概念をプリームスが勝手に解釈すると告げたのだ。



只1つ言えるのは、必ずプリームスが剣聖インシオンを実力で上回らねばならない事である。

それに対して念を押す様にアーロミーアは言った。

「承知しました・・・でしたら必ず彼を貴女の実力でねじ伏せる事です。そしてその実力を私に示せば問題有りません」



そうしてアーロミアーアは何事も無かったように2人に背を向けると、残像と眩い光の粒を残し一瞬で姿をかき消したのであった。





警戒態勢を解いたイリタビリスが、心配そうにプリームスへ尋ねた。

「剣聖と戦うなんて・・・本当に大丈夫なの?」



不安気な末席の身内へ、プリームスは片眉を上げ少し揶揄う様に訊き返す。

「何だ? 私が剣聖に遅れを取るとでも思っているのか?」



自身の言い様が悪かった事にイリタビリスは気付き、少し戸惑う様子を見せた。

正直な所、プリームスが互角の条件下で1対1サシの戦いをすれば、誰にも負けないとイリタビリスは考えていたからだ。


しかし剣聖は世界最強の存在であり、殺さずに無力化するのは非常に困難なのは明らか。

それをイリタビリスは危惧し、言葉の伝えようを誤ったのだった。



プリームスは手招きをして言った。

「フフフ・・・今の言い方は私の方が意地悪だった。すまんな、お前が言いたい事は分かっているつもりだ。それより傍に来い」



言われるがまま飛行魔法ペタグマーを操作し、プリームスへ身を寄せる。

次の刹那、何故かこの絶世の美少女は浮遊魔法を解除し、イリタビリスを慌てさせた。


「わっ!? 危ない!!」

直ぐに抱き留め事なきを得たが、何をしたいのか理解出来ずイリタビリスは青い顔で困惑する。



「浮遊が切れたら、直ぐに助けてくれと言ったろ? それに魔法を使って少し疲れた・・・戦いの前に私を抱きしめて癒してくれ」

などと言い出すプリームス。



イリタビリスの気功で他人の魔力を回復させる事は出来ない。

だが、そんな事を言っているのでは無いと理解していた。

要は気持ちの問題なのである・・・だからイリタビリスは優しく、そしてしっかりと抱きしめ、プリームスへ自身の体温と感触を伝えるのであった。


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