第342話・極 消失の棺

扇情的な真紅のブラウスとスカート、それに相反する様な厳かな漆黒の打掛を纏ったプリームスは、イリタビリスに抱えられ宙を飛んでいた。



その速度は主を気遣ってか、余り速くは無い。

しかし魔法が使えないイリタビリスが、何故プリームスを抱えて飛べるのか?


理由は有事を想定して、プリームスがイリタビリスに持たせた飛行の指輪の効果であった。

それは魔道具あり、この指輪1つで浮遊エオリシー飛行ペタグマーを発動させる事が出来るのだ。



では、2人が宙を飛んでまで向かっている場所は?



2人が向く方向には巨大な断崖が二段になってそびえ立っていた。

一段目の断崖は地面から100mもの高さがあり、地下大空洞の際に沿って左右に広がっている。


そして二段目の断崖は、一段目を基礎に奥まった位置から上に聳え立つのが見て取れた。

要するに地層が水平にズレて、断崖が二層になった景観であった。



プリームスとイリタビリスが目指すのは、そのズレて出来上がった台地の様な場所だ。

またその台地を見渡した先には、地下大空洞のどんつき・・・つまり二段目の断崖があるのだが、そこには巨大な亀裂が不気味に穿っていた。



次元の切れ目である。



プリームスは次元の切れ目を見据え、イリタビリスへ告げた。

「この辺りで良いだろう。少し離れていなさい」


距離にして1000mは次元の切れ目から離れた空中だ。

しかし手を離せばプリームスは自然落下する訳で、それを躊躇ってしまうイリタビリス。



察したプリームスは自身に浮遊魔法をかけ、イリタビリスの腕の中から離れてしまう。

「フフ・・・心配するな。だが何かあって私の浮遊が切れたら、直ぐに助けてくれよ」


そうプリームスに言われたイリタビリスは、後方へ少し下がりつつも頼られたのが嬉しくてなり顔がニヤけた。

「合点承知!」


因みにアグノスとテユーミアは、プリームスが剣聖を連れ帰り次第、直ぐに民達を動かせる様に準備中だ。

剣聖を連れ帰れば後は次元断絶を越えるだけで、その時になって慌ただしく民を集め出しては行動が遅いからである。



それは時間との闘いを意味し、イリタビリスはプリームスへの負担を心配した。

「本当に大丈夫? 無理をしないでね・・・」


プリームスが今から行う事は、身体に負担が掛かるのは明白だった。

だからプリームスは「何かあって私の浮遊が切れたら、直ぐに助けてくれよ」と言ったのである。



少し神妙な面持ちでプリームスは答える。

「次元の切れ目へ完全に蓋をするには、今の私では難しい。下準備に膨大な時間がかかるだけで無く、大量の魔力と特異な魔道具が必要だからだ」


それから直ぐに笑顔をイリタビリスへ向けて続けた。

「だが今回はそこまでは行わない。次元断絶が有るからな。魔神を足止めし、剣聖と民を連れ出す時間が稼げれば問題ない。だから私が無理をする事は無いよ」



イリタビリスは、ホッと胸を撫で下ろす。



身内への配慮を済ませたプリームスは、次元の切れ目を見据えたまま、徐に右手を頭上へ掲げた。

「再びこの技を使う事になるとは・・・。どうも私は魔神との縁が深い様だ」



次の瞬間、掲げた右手の先に巨大な魔法陣が突如顕現する。


「綺麗・・・」

と呟き、魔法陣を見つめるイリタビリス。


それは淡く青い光を放ち形成され、見る者を釘付けにする美しさを持っていた。



「この魔法陣自体が、世界に与える影響は皆無だ。しかし合わせて使用する魔法の効果を極大に増幅する能力ちからがある」



プリームスの説明を今一理解出来ずに、イリタビリスは首を傾げた。

「え? これは魔法じゃ無いんだ?」


少しイリタビリスへ振り返り、プリームスは言った。

「厳密には魔力を使い魔法陣が顕現しているのだから、種別的には魔法と言えるかもな。だが私はこれを魔法では無く、魔力を使った技として名辞した」


プリームスは次元の切れ目へ視線を戻すと言い放つ。

「故に私はこれを"極大増幅陣トメーイギストー"と呼んでいる。そして合わせる魔法は・・・」



魔力と、その感応感覚も人並みなイリタビリスでも感じた・・・恐ろしい程の威圧感を。

それを発しているのはプリームスからでは無く、極大増幅陣トメーイギストーからであった。




極・消失の棺フォリー・イレーズフェーレ




透き通るプリームスの声がそう告げた刹那、更に極大増幅陣トメーイギストーを中心に魔力が膨れ上がる。


加えて、いつの間にか極大増幅陣トメーイギストーへ重なるように出現していた光り輝く球体。

それが余りにも眩しく、イリタビリスの目を逸させた。



そんなイリタビリスを他所に、プリームスは掲げた右手を次元の切れ目へ振り下ろす。

その動きへ呼応する様に光り輝く球体フォリー・イレーズフェーレは、凄まじい速度で放出された。



「きゃっ!?」

びっくりしたイリタビリスは慌てて耳を塞ぐ。

放たれた魔法が音速を超えた所為で衝撃波が発生し、周囲に乾いた爆音を響き渡らせたからだ。



そして真っ直ぐに突進して行った極・消失の棺フォリー・イレーズフェーレは、1秒程で次元の切れ目に到達したかと思うと、炸裂し眩い光を周囲に撒き散らせる。



「む?!」

何か想定していた以外の事が起こったのか、プリームスが眉を顰めた。



炸裂した極・消失の棺フォリー・イレーズフェーレが光を収束させると、そこには只の断崖が姿を現すだけで、不気味に穿っていた亀裂は消失していたのだった。


「おおぉ!? 次元の切れ目が消えたの?!」

驚愕したイリタビリスがプリームスへ問いかける。


だが問いかけられた方は、少し浮かない顔をした。

「う~む・・・剣聖の結界の所為か? 極・消失の棺フォリー・イレーズフェーレの効果が3割程度削がれた様だな。少し魔法強度を強めたのだが、それでも持って3日か・・・」



魔神侵攻の原因となる次元の切れ目を、数日とは言え完全に塞いでしまった。

しかも1000年間、誰も成し得なかった事をプリームスがたった一人で・・・。


この事実をよくよく認識したイリタビリスは、再び驚愕しプリームスへ詰め寄った。

「す、すごいよ! 本当にプリームスは凄い人だったんだね!! でも、どうやって消したのか全然仕組みが分からないよ!?」



プリームスは苦笑しながらイリタビリスの頭を撫でた。

「フフフ・・・。消したのでは無くてだな、限定的な空間を外部から全く認識できない様にしたのだよ。効果時間も3日と限られているしな、そんなに大した事では無いよ」



「じゃあ、さっきの光ってたのが魔法だったんだよね?」

と興味津々で訊くイリタビリス。

今まで隔絶された地下世界に居た為、目新しい物に興味が惹かれて仕方ないようであった。



それを察したプリームスは出来るだけ端的に分かり易く説明する。

「うむ、消失のイレーズフェーレと魔法だ。一定空間の存在力を一時的に零にする。まぁ簡単に言えば、指定した物質を無かった事にする訳だ」



「つまりトメーイなんちゃらで、イレーズなんちゅらを強くして、あのおっきな次元の切れ目を覆って消したんだね!」

そう笑顔でイリタビリスは言った。


かなり大雑把な理解だが、合ってはいるので苦笑いするしか無いプリームス。

「そうだな、まぁそんな感じだ・・・。兎に角、下準備は整ったゆえ剣聖にご対面といこうか」



その時、透き通る煌びやかな物体が突如姿を現し、プリームスとイリタビリスに警戒態勢を取らせたのだった。


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