第345話・超絶者の邂逅(2)

プリームスはインシオンとの距離が400mを切った刹那、身体に違和感を覚えた。


それは身体が重いとか軽いとか、そう言った物では無い。

何かが失われるような、自身を構成する物が損なわれて行く様な感覚であった。



『これは、魔法障壁がかき消されている・・・』

プリームスの身体の表面には、生半可な刃物では傷1つ付ける事が出来ない強力な魔法障壁を展開していた。

加えて自身から50cm程離れた周囲にも、高速で接近する物体に対して発動する魔法障壁も張り巡らせているのだ。


それが徐々に損なわれ、遂には消失してしまう。



『やはり・・・剣聖の結界は魔法の効果を消失させる能力がある。私の知らない仕組みだが・・・恐らく仙術に因って魔法発現を中和、または分解しているのだな』

そうプリームスは洞察し、これが時間依存であるとも推測した。

先程、熱線ゼストシールマを放った際に、その威力が余り減少した様子に見えなかったからだ。



これは熱線ゼストシールマの射速が速過ぎて、剣聖の結界内に留まる時間が短すぎた所為・・・詰まる所、影響を僅かしか受けなかった事を意味しているのだった。



「なるほど・・・故にこの結界は、これ程までに巨大なのだな」

と呟きプリームスは合点がいった様に笑みを浮かべた。



そもそも巨大な次元の切れ目を、覆い被せる結界が必要だったのは言うまでも無い。

しかし剣聖の結界は、彼を中心に半径400mにも及び過剰に巨大なのだ。


これ程迄に巨大だと、次元の切れ目から魔神が顕現し剣聖の元に迫った頃には、魔神が自己に施した付加魔法は完全に消失するのは明らか。

更に生半可な攻撃魔法を放っても同様で、剣聖に到達するまでに威力が完全に殺されてしまうだろう。



用意周到に構成された完璧なまでの戦場。



剣聖インシオンは自己犠牲の精神で、一人で魔神との戦いに身を投じたのではない・・・。

どれだけの軍勢で迫られようとも、勝ち続ける自信が彼には有ったのだ。



「素晴らしい! 100年間、これを維持し続けて来た精神力にも感服するが、それを可能とした剣聖の地力に驚かされるばかりだな!」

プリームスはついつい楽しくなって、言葉が口を衝いた。



そうこうしている内に剣聖との距離はとうとう20mまで縮まり、互いの様相を確実に確認出来る程になる。



ここまで様子を見ていたのか、剣聖インシオンは1度だけ反撃しただけであった。

そして攻撃の代わりに彼は、プリームスをジッと見据えた後にこう言った。

「魔神では無い・・・人間のようだが、何者だ? 何故私に攻撃を仕掛ける?」



その落ち着いた語調は理知的で、プリームスは唖然とする。

常識的に言えば、どれだけ余裕が有ろうと、危害を加える者に容赦など必要なのだから。

『この期に及んで冷静に問いかけるなど、余程、人に対して博愛的なお人好しなのか?』


少し言葉で虚を突かれた感は否めないが、今はそんな事よりもどう返答するかが問題である。

『ここは下手に勘繰られて逃げられては困るゆえな・・・怒らせて本気にさせるしかあるまい!』

そう内心で呟き、プリームスは意を決する。



「私はプリームス。ある者の依頼でお主を倒しに来た」

先ずは端的に答えた。



するとインシオンは値踏みするようにプリームスを見つめ言った。

「次元の切れ目を消し去ったのは、卿が放った魔法か・・・。だが、私の結界”天衣無縫・界”の影響を受けた所を見ると、有限のようだな」



『ムムム・・・?』

プリームスはインシオンと話が噛み合っていない様に思えて眉をひそめる。



それを察したのかインシオンは、

「わざわざ私を倒す為に、一時的とは言え次元の切れ目を封じたのだろう? つまり魔神の邪魔が入らない様にした・・・他に目的が有るのかも知れんが、少なくとも卿の立場は魔神側でも人側でも無い」

と見透かしたように続けた。



シュネイを救うと言うモナクーシアの思いを汲み、プリームスは剣聖インシオンと戦う事を選んだのだ。

それはアーロミーアの利己意識から生まれた調停条件・・・謂わば魔神でも人間でも無い存在から提示された物を、プリームスが受け入れた訳である。


正にインシオンの言い様は核心を突いたのだ。



『こ奴・・・こちらの事情を知っているのか? それとも推測を元に盤外戦を仕掛けてきているのか・・・』

どちらにしろ直接刃を交える前に相手を揺さぶる剣聖は、一筋縄ではいかない強敵だとプリームスは認識する。



『相手の調子に付き合えば貴重な時間が過ぎるだけだ。ここは早々に始めるか・・・』

プリームスは硝子の剣の切っ先をインシオンへ向けて告げた。

「もはや問答無用だ! お主の都合など知らぬ、覚悟して貰おうか!」



それを聞いたインシオンは目を細めると、冷静な声でプリームスへ問うた。

「もし私が倒されれば魔神を阻むものが居なくなる。そうすれば地下世界に取り残された人間は蹂躙され、最後には死滅するだろう。卿の目的はそれか? それとも、そうなっても厭わないと言う事か?」




少し面倒臭そうに小さく溜息をついた後、プリームスは言い放つ。

「何だ、私との戦いに取っ掛かりが付かぬか? ならば答えてやろう・・・お主の言う通りだ。この地下世界の人間がどうなろうと、私の知った事では無い!」




その刹那、空間が凍り付いたような緊張感に覆われる。




「!」

殺気を、攻撃の兆しを肌で察知したプリームスは、即座に硝子の剣を背後へ薙ぐように振う。


直後、金属が衝突し合った甲高い音が周囲に響き渡った。


いつの間にか間合いに入ったインシオンが、プリームスを背後から刀で斬りつけたのだ。

そしてそれをすんでの所でプリームスが剣で受け止めたのである。



並の強者であれば兆しを見切り、相手の攻撃を一挙二動で容易く返り討ちにするプリームス。

しかし実際は兆しを見切ったにも拘らず、インシオンの攻撃を受け止めるのが漸と言う状況だった。



「どうした・・・最初の威勢は何処へ行った?」

漆黒の刀身の向うから、インシオンの煽るような声が聞こえた。



だがプリームスは挑発には乗らず、ニヤリと笑みを浮かべ告げる。

「その余裕の態度・・・私の手で磨り潰してやろう」

自身の脇の下から差し出した左手の指が、剣聖へ向けられ閃いた。



熱線ゼストシールマ


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